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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第18章:子を持つ親として

【SIDE:結城和輝】


 出張先のホテルで宿泊中、俺はかつての妻から電話を受けた。

 奈々子と会話するのは数日ぶりだ。

 約3ヶ月ぶりに連絡を受けたのはつい先日の事だ。

 要件はひとつ、麻尋の親権に関する書類にサインをしろという内容だった。

 それさえ終われば俺と奈々子はもう関係なくなる。

 麻尋にとっては実母として、関係は続くが、自分にとっては他人に戻るのだ。

 離婚という現実世界にありふれた言葉の重みを俺は感じていた。

 

 

 

 

 あれから数日、俺は仕事帰りに奈々子と駅前のカフェで会っていた。

 亜美ちゃんには今日は遅くなるとだけ伝えておく。

 家で会うのは避けたかったので外で会うことにした。

 テーブルに並べられた書類に俺はサインを始める。

 

「……この前、うちにきていたんだって?」

 

「そうよ。会いに行ったけど出張中だったの。仕事、頑張ってるのね」

 

 その事を聞きたいわけじゃない。

 俺が気になるのは奈々子と亜美ちゃんとの遭遇だ。

 あの二人、何の話をしたのだろうか。

 亜美ちゃんは「特別な事はありませんでしたよ」と言っていたが、実際に何もなかったという事はないと思う。

 

「……サインを終えた、これでいいのか?」

 

「オッケー。それでいいわ。手間を取らせたわね」

 

「俺にも、麻尋にも関係する大事なものだ。気にすることじゃない」

 

 俺はコーヒーを飲みながら答えた。

 彼女はその書類をバッグに仕舞いこむ。

 

「さぁて、これはこれで置いといて。私は和輝に聞きたい事があるのよね」

 

「大体、想像はつくが……。亜美ちゃんの事だろう?」

 

「そうよ、亜美の事よ。何で、アンタが私の亜美に手を出してるわけ?言ってみなさいよ。どういう卑怯な手を使って亜美を落としたの?」

 

 えらい言われようだ。

 自他共に彼女の姉だと言い張るだけあって、亜美の事になると彼女は子供の頃からムキになる。

 そこは昔から変わっていないようだ。

 

「……偶然だよ。たまたま麻尋と買い物に出かけた先で出会って、食事とか作ってもらってるうちに、あの子が気になりだして付き合う事になった」

 

「亜美が言っていたわ。前からずっと和輝が好きだったんだって。中学の時からずっと……。私は気づいてなかったなぁ。正直言って、憧れ程度でしかないと思ってた。あの子の事、一番理解しているつもりだったのに」

 

 言葉の端々に彼女は悔やんでいるように思えた。

 

「俺が彼女の気持ちを知ったのは5年前だ。皆でスキー旅行したことがあっただろう。あの時に告白された。亜美ちゃんが俺をそういう目で見ていた事に初めて気づいたんだ最初は戸惑ったが、変わらないままでいて欲しいと言われたから何も変わらずにいた。それが彼女を苦しめているという自覚はあったよ」

 

 だけど、あの頃の俺は他に亜美ちゃんにしてあげられることなんてなかった。

 俺に出来たのは今までと同じ妹的な立場で接することだけだ。

 彼女がそれを望んだから、俺にはそれ以上してあげられなかった。

 

「……亜美は強いわよね。一途に和輝だけを見ていて、他の人に移ろうともしない。その真っ直ぐな気持ちは強いわ。私とは大違いね?」

 

 彼女は自嘲的な笑みを浮かべていた。

 俺と奈々子の関係は初めから純粋な恋愛感情では動いていない。

 “誰か”の代わりを求めた奈々子と、“誰”でもよかった俺。

 お互いにあったはずの愛情を見失うのに時間はそうかかなかった。

 

「過去の関係よりも今を大切にしてよ。これだけ一途に想ってくれる人間がいるのなら、その信頼に応えてあげて。言っておくけど、亜美を泣かせたらひどい目に合わせるわよ。言葉にできない非情な行動をとってやる」

 

 警告とも取れる言葉に俺は「変わっていないな」と思っていた。

 姉妹のように確かな絆で繋がれている亜美ちゃんと奈々子。

 

「泣かせないように努力はするさ」

 

「そうよ、努力してあげて。一度私で失敗しているんだから、もう一度失敗なんてしちゃ嫌よ。麻尋があんなに懐いている子なんて、亜美以外にはいない。そして、何よりも亜美は和輝が好きなんだから」

 

 初恋だと彼女は言っていた。

 初めての恋だからこそ、不安になるのだろう。

 初めての恋だからこそ、大切に思うのだろう。

 俺は初恋を大事にしていなかったのかもしれないな。

 だから、この関係は崩れてしまった。

 生まれて初めての恋を大事にするかしないかで、その後の恋愛観を大きく変えてしまうのだと改めて考えさせられる。

 

 

 

 

 俺が奈々子と話を終えて家に帰ると、麻尋はお風呂から出たてなのか、亜美ちゃんに髪の毛を拭いてもらっているところだった、お風呂上りの亜美ちゃんは色気があるな。

 

「あーっ、パパだぁ!おかえりなさい」

 

「ただいま、麻尋。亜美ちゃんもいつも大変そうだな」

 

「いえ、麻尋ちゃんと一緒にお風呂に入るのは楽しいですよ。すぐに食事の用意をしますね。それじゃ、麻尋ちゃん。ベッドに先に行っていてね」

 

 亜美ちゃんは麻尋の母親代わり、いや、もうすでに気持ちは母親なんだろう。

 愛情を持って接してくれるからこそ、麻尋も懐いている。

 それは奈々子の言う通り、他の誰かでは想像できない。

 

「あーい!パパ、あとで絵本をよんでね」

 

「あぁ、分かったよ。読んであげるから大人しくしておいて」

 

 麻尋はタオルで自分の髪を何とか拭きながら自室へと戻る。

 今や、俺にとって麻尋の世話をしてくれる亜美ちゃんの存在はなくてはならない。

 彼女のおかげでこちらとしてはずいぶん楽にさせてもらっている。

 やはり、仕事をしながらの子育てには限界がある。

 その負担を軽減してくれるだけではなく、何よりも俺自身も彼女には助けられている。

 

「……亜美ちゃん。ちょっといいかな?」

 

「はい?何ですか、結城さん?」

 

「その、俺も色々と考えて想うことがあるんだけど」

 

 彼女の存在そのものが俺は愛しいと感じている。

 奈々子との離婚を引きずっていた俺は亜美ちゃんと接していくうちに彼女に惹かれて、愛情を求めるようになっていた。

 この子にはずっと俺達の傍にいて欲しい、と。

 

「そうだ、まずはその結城さんってやめない?」

 

「え?だ、ダメですか?私、多分、出会ってからずっと呼んでいたんですけど?さん付けじゃ不満でした?」

 

 いきなり戸惑う彼女、変にまじめなところが可愛い。

 俺の意図している意味には気づいてないようだ。

 

「どうしましょう。それじゃ、結城さま?」

 

「違うってば。そう言うんじゃなくて。名前で呼んでくれないか?」

 

「名前ですか?結城さんの名前って……?」

 

「あれ?俺の名前、もしかして知らない?」

 

 そうだとしたらものすごくショックな事だ。

 さすがに知らないはずがないと思うが……?

 

「ち、違います。和輝さんですよね、ちゃんと知ってますよ。名字より名前の方がいいんですか?」

 

「まぁね。俺も亜美ちゃんとこれからずっと一緒にいたいと考えているから。今はすぐは無理だけども、いずれはって考えている。だから、結城じゃなくて和輝と呼んで欲しいんだ」

 

 ようやくその意図を理解してくれたらしく、彼女は気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「え?あ、あの、結城さん。それって?」

 

「いつまでも結城って呼ばれてるままじゃ前には進めないだろ?」

 

「……嬉しいです。私の事もちゃんと考えてくれて」

 

「亜美ちゃん。その言い方だと俺が亜美ちゃんの事を考えていないみたいだけど、俺ってそんなダメな奴だった?」

 

 彼女は慌てて首を横に振る。

 どうやらそう言う意味ではないらしい。

 

「結城さんが考える優先順位は麻尋ちゃんの事だと思ってます。私もそうです、麻尋ちゃんを寂しくさせないであげたい。彼女を守ってあげたい、初めは結城さんに好きになってもらえるとか希望を抱いていたわけじゃないんです。私は……ただ、あの子の笑顔を守ってあげたかった。だから、結城さんから愛してもらえて嬉しい」

 

「亜美ちゃん。確かにキミは麻尋にとって必要だ。そう言う意味でもキミの存在を求めている。だけどさ、初めに言ったよね?俺は恋とか正直、苦手な方だ。恋愛なんてしばらくしないでおこうと思ってた。だけど、すぐに亜美ちゃんに惹かれてしまった。運命ってあるんだと思ったんだ」

 

 俺は亜美ちゃんを抱きしめてあげる。

 彼女はいつも自分を2番手に持ってくる子だ。

 一番最初、本来なら人間は自分を最優先する。

 それが普通なのに、彼女はいつだって誰かのために行動する。

 他人のために行動できる子なんだ。

 俺はそう言う所が好きではあるけど、少しくらい自分のためにも幸せを願って欲しい。

 

「……亜美ちゃんの笑顔が好きなんだ。ずっと俺達の横で笑って欲しい」

 

「はい、結城さん……か、和輝さん」

 

 照れながらも彼女はようやく俺の名前を呼んでくれる。

 どこかこそばゆい、そんな俺達の関係。

 最初の一歩をようやくと言っていい、踏み出せた気がするんだ。

 

「うー、亜美ママ~っ。パパ~っ。いつになったら絵本をよんでくれるの?あーっ、ぎゅってしてる。わたしもするのっ!」

 

 麻尋が部屋から出てきて、俺達に甘えてくる。

 甘えたがりな麻尋を亜美ちゃんは抱き上げた。

 

「……麻尋ちゃん」

 

 麻尋は亜美ちゃんの抱擁に嬉しそうな笑みを見せた。

 俺の目指した幸せがここにはある。

 大事な家族がひとつになる。

 俺はそんな事を感じながら大切な人達を見つめてた――。

 

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