第17章:そして、私は貴方と再会する
【SIDE:志水亜美】
大事な人が私の傍にいてくれることの幸せ。
しばらくの間、結城さんが出張で出かけてしまう。
留守中に何も問題がないようにしたいと私は思っていた。
「……あれ、結城さんかな?忘れ物でもしたのかも」
玄関で誰かが来た様子なのですぐに向かう。
扉を開けた先には一人の女性が立っている。
私はその女性の事をよく知っていた。
「――な、奈々子さんっ!?」
「――えっ……?亜美よね?どうして、亜美がここにいるの?」
そこにいたのは私の大事な幼馴染のお姉ちゃん、奈々子さんだったんだ。
お互いに驚きの声をあげて、私達は4年ぶりの再会をすることになる。
私が彼の家の中から出てきたという時点で何も言い訳なんてできない。
「そう言うことなのね。最近、亮太から亜美に恋人が出来たって聞いてたけど……まさか和輝が相手だったなんてびっくりしたわ。こんなことになっていたなんて」
「奈々子さん……」
「そんな顔をしないで。別に責めたりしてないもの。そんな資格は私にはないから。ただ、和輝には文句ひとつは言いたいわ。私の亜美とそんな関係になっていたなんて、手が早すぎるわよ。もうっ」
あの頃と何も変わらない軽い口調。
奈々子さんのそういう所に私は思わず笑ってしまう。
彼女は私の事を気にしてくれている様子を見せた。
「とりあえず、中へどうぞ」
玄関でそのまま話すのも何なので私は室内に案内する。
彼女はどういう事情で結城さんに会いに来たんだろう。
それも気になるもの、もしかして……ううん、今はちゃんと話を聞こう。
リビングに案内して私はテーブルに紅茶のカップを並べる。
いい香りのする紅茶を飲みながら私はこれまでの経緯などを話した。
奈々子さんの話はまだ聞けていない。
話すタイミングって言うのを待つしかないないよね。
「恋人になって、ふたりは同棲しているの?」
「……はい、今、一緒に暮らしています」
「そうなんだ。麻尋は元気にしてる?」
「えぇ、寝ちゃってますよ。会いますか?」
それは勇気のいる一言だった。
彼女がどんな気持ちで結城さんと離婚して、麻尋ちゃんと離れる事になったのか。
その理由を聞くのがすごく怖かったから。
「ううん。寝ているならいいわ。帰りに顔ぐらいは見たいけど。それより、和輝はいないのかしら?あの人に話があってきたんだけどね」
「ついさっき、出張があるって出かけたばかりなんです。帰りは明々後日ぐらいになると言っていました。結城さんに何の用があったんですか?」
「彼にサインしてもらいたい書類があったのよ。ちょっと面倒な手続きがあってさ。まぁ、それなら近いうちにまた来るわ。せっかく、亜美にも会えたからもう少し話をさせて。まずは……亜美に言わなきゃいけない事があるの」
私に言わなきゃいけないこと。
それは彼女達の別れの理由と過去。
何が起きて、ふたりは分かれるようなことになったのか。
「以前から亮太経由で私に会いたいって言ってくれていたのに全然会えずにごめんなさい。離婚してから生活が忙しくて、精神的にも荒れていたから亜美に会う自信がなかったの。ようやく最近落ち着いてきて、近いうちに会う予定だったのよ」
今回の事はまさに偶然と言ってもいい。
私としても予想外の再会だもの。
彼女は私に離婚についても話してくれた。
「私達の離婚の話はしても暗くなるだけなんだけど。まぁ、端的に言うとお互いに愛情を感じあえなくなったのよ。以前、結婚について亜美が私に聞いたことがあったわよね。あの時、私は漠然とその不安に気づいていた。いつか終わりが来るなって」
「そんな……でも、おふたりは結婚までしたじゃないですか」
「そうね。だけど、するつもりがお互いにあったかと言われたらどうだろう。私達が結婚するきっかけになったのは麻尋が生まれたからよ。ずっと、あの子が私と和輝の絆だった。いつか壊れてしまう、そんな予感がずっとあったの」
彼女は私に言うんだ。
愛していなかったわけじゃない。
けれども、愛を信じ続けることができなかったって。
それは結城さんから聞いてた話とほとんど同じ物だった。
私にはそう言うことがよく分からない。
それは私の愛は結城さんだけしか体験したことがないからだ。
「……和輝と離婚して、麻尋と別れることになったのは寂しかったけど、仕方ないわ。このままお互いに傍に居続けることは何の意味もなかった。彼が理解ある女性と再婚でもして麻尋をきっちり育ててくれたらいいって思っていた」
「麻尋ちゃんはいい子ですよ。ホントに可愛いですから」
「その相手がね、亜美だったことはよかったと思うの。亜美なら安心できるもの。こんなセリフ、私が言える筋合いなんてないのは分かってるけども言わせて……麻尋をお願いするわ。亜美、あの子を見守ってあげて」
それは子を持つ母の顔、本気でそう言う台詞を口にしていた。
彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「自分で麻尋ちゃんを育てるつもりはなかったんですか」
「……離婚ってそう単純なものじゃないの。両家の関係とかぎくしゃくしちゃうし、子育てする前に先ず就職しなくちゃいけない。感情だけでどうこうできるものじゃないのよ。それを私は思い知らされたわ」
離婚することになって麻尋ちゃんと離れ離れになってしまう。
もしも、私が逆の立場なら考えられない。
それは私の考えが甘すぎるということなのかな。
「それにね、いずれ再婚する相手の事、あぁ、亜美の事なんだけど、そう言うのを考えたらちょくちょく会うわけにもいかないじゃない」
「麻尋ちゃんの事を考えての行動だ、と」
「まぁね。いずれ、私は親であって親じゃなくなる。新しい生活をはじめた亜美達の幸せを邪魔したくはないの。私にも私の生活があるんだもの。別れるってそう言うことでしょう。亜美の生活を壊すつもりはないわ」
うぅ、何も言うことができない。
これは私がどうこう言える話じゃないもの。
悩んだり苦しんだりして、彼らが出した結論。
それが離婚という現実、私には想像できない出来事だ。
心の整理ができているのか奈々子さんは淡々と台詞を呟く。
「それに、もうひとつだけ私は亜美に言えない事がある」
「それは何ですか?」
「ごめん。そちらの報告はもう少しだけ待って。私自身、まだちゃんと受けとめきれていないところもあるの。ねぇ、亜美。今度はこちらの質問をしていい?」
「はい、いいですよ」
彼女は紅茶のカップを口につけて柔らかい口調で私に言う。
「いつから和輝の事を好きだったの?偶然、会ったぐらいじゃ好きになんてならないわよね。貴方の言い方だともっとずっと前から好きだった風に見えたの」
彼女は勘がいいからすぐにバレてしまう。
私の想いもきっと当時から気付いていたんじゃないかな。
「お察しの通りですよ。私は中学生の頃から結城さんの事が好きでした。奈々子さんが彼と付き合っていた時、私は勝手に片思いしてました」
「やっぱりそうだったの。気がついていたわけじゃない、確信とか全然なかったもの。だけどね、時々、亜美の和輝を見る目が恋する女の子のものに見えた。ただ幼馴染に憧れているだけに思えたから恋をしているとは言い切れなかった」
「私はずるいんです。兄さんや結城さん、奈々子さん。3人に囲まれて遊んでもらったりして皆の妹として扱ってもらってきました。そんな関係だからこそ、私は何も言わずとも自然に傍にいる事ができたんです」
好きだと彼に告白したあの夜を除いて、私は表にこの気持ちを見せた事はなかった。
奈々子さんに言えずにいる私の裏切り。
「……そう。変に我慢させちゃってたんだ」
彼女はそんな私を責めるわけでもなく、立ち上がってぎゅっと抱きしめてくる。
久しぶりに感じる姉の温もり。
どうして、こんなに優しくしてくれるの。
私は……奈々子さんに優しくされる資格なんてない。
ずっと貴方の恋人を好きだった、それのに――。
「ごめんなさい」
「いいのよ、そう言う気持ちって誰にでもあるものじゃない。亜美は優しいわ。私には真似の出来ない優しさよ。想いを告げようとか思わなかったの」
私がどんな思いを抱いていたのか、責めることをしない彼女。
実際は私は告白してるけど相手にされなかった。
その事を私は包み隠さず話す、嘘はつきたくないから。
「私は結城さんも奈々子さんも大好きだったんです。それなのに、ふたりの関係を壊すなんて想像もしたことありません。それだけはホントの事です」
「私なら……きっと壊してたよ。好きな人がいて、その人に振り向いて欲しいから。どんな犠牲と結果が待っていても我慢なんてできない。私は我がままで自分勝手な人間だもの」
「奈々子さん……?」
彼女の言葉は辛そうに聞こえる。
何かに苦しんでいるようなそんな感じがした。
「亜美は悪くない。悪くないよ」
そう言ってくれた、私は長年感じ続けていた罪悪感が薄れていく。
私にとってこの事はずっと罪のようなものだったから。
そのあとも私達は長い時間をかけて話をしたの。
帰り際、奈々子さんは麻尋ちゃんの寝顔を見てこう言ったんだ。
「――時間だけはどんなに頑張っても取り戻せないのよね」
その一言に込められた想いとは何なのか。
私はまだ彼女の本当の想いを知らずにいたの。