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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第13章:愛を信じて《後編》

【SIDE:志水亜美】


 人生でたった一人の異性しか好きになった事がない。

 私にとって結城さんは優しいお兄さんだった。

 今でも思い出す出来事がある。

 それは私にとっては大切な思い出のひとつ。

 

「――え?」

 

 それは私がまだ14歳だった頃のお話。

 中学校から帰ってきた私はリビングのソファーで眠る結城さんを見つけた。

 テーブルにはお菓子とジュース、それに勉強中のノートが散乱している。

 きっと亮太兄さん達と勉強でもしていたんだろう。

 その当の本人はおらず、なぜか結城さんだけがここにいる。

 玄関に靴はない、鍵も閉まってから寝てる結城さんを放って出かけてしまったんだ。

 

「もうっ、兄さんも寝かせてあげるならタオルケットくらいかけてあげればいいのに」

 

 季節は夏の終わり、9月初旬。

 何もなしでクーラーの効いたこの部屋では風邪を引いてしまうかもしれない。

 私はクーラーの設定温度を変更して、自室からタオルケットを持ってきて結城さんにかけてあげることにした。

 疲れているのか、目覚める様子はなく、静かに心地よそうな寝息をたてている。

 私は無防備な結城さんに近づいてその様子を眺めていた。

 整った容姿、穏やかな優しい性格の結城さん。

 

「……結城さんの寝顔って初めてみるかも」

 

 好きという気持ちはあるけども、それ以上に奈々子さんと付き合ってる事実を重く感じていたので、表に態度で示す事はなかった。

 私がテーブルの後片付けをしながら、彼の寝顔ばかり見つめてしまう。

 他に誰もいないこの場所では私と結城さんだけ。

 私はちょこんっと彼の眠るソファーに座る。


「す、少しだけならいいよね……?」

 

 私は眠る彼に指先だけ触れてみる。

 それだけでもドキドキするのに、彼が私の方へと身体を預けてくる。

 

「うっ、あぁっ……ど、どうしよう!?」

 

 思わぬ展開に私は動揺する。

 しかし、寝ている彼を起こすわけにもいかず騒げない。

 うぅ、これはまずいよぅ、そんなつもりじゃなかったのに……。

 肩に結城さんの頭が当たっている今の状況。

 嬉しいけど喜べない、だって、これからどうすればいいの?

 逃げ場がなくなった私はとりあえず、その幸せを満喫中。

 だけど、結城さんが起きるか、それとも亮太兄さん達が戻ってきたらその時点でアウト。

 

「はうぅ、結城さん~っ」

 

 困り果ててしまい、私は身動きできない。

 ……こんな風に結城さんとの距離が近いのって久しぶりかも。

 小さな頃、私はよく彼に抱きついたりしていた。

 膝の上に乗ったり、甘えるように抱きつくのが当たり前だったの。

 彼も私を抱きしめてくれて妹のように接してくれた。

 

『結城お兄ちゃん大好きっ。私、結城お兄ちゃんと奈々子お姉ちゃんが好きだよ』

 

 実兄の亮太兄さんはあまり優しくなかったので私はずっと結城さんと奈々子さんが兄と姉のように感じていたの。

 まぁ、亮太兄さんが昔から私に素っ気なかったのは別に私が嫌いなわけじゃなく、彼が不器用な性格なだけでちゃんと私を想ってくれたのは後に分かるんだけど。

 私を可愛がってくれる人がいる私は幸せ者だと思うんだ。

 大事な人たちが傍にいてくれる。

 それって何よりも大事なことでしょ。

 人から愛されるという事、私は彼らからたくさんの愛情をもらっていた。

 返しきれないくらいの恩もある。

 どうすれば、その恩を返せるのかずっと考えていた。

 

 

 

 

「んっ……?」

 

 私が目を覚ますとなぜか目の前に私を見つめる結城さんがいた。

 

「結城お兄ちゃん……」

 

 寝ぼけていたので、つい昔のようにクセで呼んでしまう。

 今は恥ずかしいので彼をそう呼ぶことはない。

 彼は穏やかに微笑みながら私の髪を撫でる。

 

「おはよう、亜美ちゃん。ぐっすり寝てたね」

 

「ふぇ……あっ、ご、ごめんなさいっ」

 

 そこで目が覚めて自分が何をしてたのかを理解する。

 

「何をそんなに謝るんだい?」

 

「だって、私……結城さんの横で寝ちゃっていて」

 

 私は顔が真っ赤になっているに違いない。

 恥ずかしさで何も言えない。

 

「いいじゃないか。別に俺は気にしてないけど?」

 

「私が気にするんですっ。うぅ~っ」

 

 ただでさえ、どうして横に寝てるのかとか微妙な疑問があるはずでしょう。

 しかもその寝顔を見つめられていたなんて。

 

「小さい頃ってよく亜美ちゃんは俺の横で寝てたじゃないか。遊んではしゃぎ疲れて、よく俺や奈々子の手を掴んだまま離してくれなくたりして」

 

「昔と今は違うんです。わたしだって中学生なんですよ」

 

「俺は亜美ちゃんが成長しても昔のように接してほしいけどね」

 

 いつまで経っても私は結城さんの妹。

 その関係はいいけど、ちょっとは女の子として意識もして欲しい気持ちもあったりする。

 

「まぁ、昔と違うと言えば、亜美ちゃんはもっと可愛くなったかな。寝顔、可愛かった」

 

「またそう言う事を平然と言うし。結城さんって口がうまいです」

 

「そういうつもりじゃなくて、ホントの事を言ってるだけなのに」

 

 反則だよ、そう言う事を笑顔で言うのは……。

 私はますます彼を好きになってしまう。

 何気ないことだけど、私の結城さんの思い出のひとつ。

 彼は今でも私の事を妹としてしか見ていないのかな?

 それとも、私をひとりの異性としてちゃんと見てくれているのかな。

 今でもそこは不安になるの。

 もうあの時とは違う、私は妹のままじゃ嫌だ。

 ちゃんと一人の女の子として見て欲しいんだ。

 結城さんの事が大好きだから――。

 

 

 

 

 過去を思い出してた、何気ない過去の思い出。

 私ホントに思い出せば結城さんに甘えてばかりだった。

 甘えっぱなしの私は今、彼の役に立てているのかな?

 

「ねぇ、亜美おねーちゃん。パパとおねーちゃんってどーいうかんけーなの?」

 

 麻尋ちゃんとのお風呂タイム。

 彼女の髪を洗ってあげていると麻尋ちゃんから質問された。

 うーん、私と結城さんの関係かぁ。

 

「私と結城さんは幼馴染なの」

 

「おさななじみ?それってどういうかんけーなの、おねーちゃん?」

 

「幼馴染って言うのは小さな頃からずっと一緒に仲良くしている関係のことだよ。私は結城さんや奈々子さんから兄妹みたいに付きあえていたの」

 

「パパは亜美ねーちゃんにとってのおにーちゃん?」

 

 結城さんは私にとってのお兄さんでもあり、大事な存在だ。

 

「そうだよ。私のお兄ちゃんみたいな人なんだ」

 

「亜美おねーちゃんがいてくれるから楽しいよ。パパもうれしいんだって」

 

「麻尋ちゃんは私の事、お姉ちゃんみたいに思ってくれていいんだよ」

 

 そう言うと彼女はちょっとだけ黙り込んでしまう。

 ……あれ、お姉ちゃんじゃダメかな?

 私はまだそこまで信頼されていない?

 

「わたし、亜美おねーちゃんはママになってほしいなぁ」

 

「麻尋ちゃん……」

 

 この前も、麻尋ちゃんは私にそう言ってくれた。

 ママになって欲しいって、麻尋ちゃんに言われるのはすごく嬉しい。

 私だって、結城さんと結婚したい気持ちはあるし、麻尋ちゃんのママにもなりたい。

 麻尋ちゃんと接するのも毎日変化や成長があって、今の生活はとても楽しくて満たされている。

 

「はい、目を瞑ってね。シャワーかけるよぅ」

 

「あいっ」

 

 私も考えを変えていかなくちゃいけないのかな。

 このままずっとは無理だもの。

 勇気を出して一歩を踏みこまなくちゃダメなんだ。

 

 

 

 

 お風呂から出た私は麻尋ちゃんの髪をタオルでふいてあげていた。

 彼女は奈々子さんみたいに綺麗な髪をしている。

 将来は絶対に美人さんになるんだろうなぁ、間違いない。

 

「あっ、パパだ。おかえり、パパ~っ」

 

 玄関が開く音がして、彼女は結城さんのもとへと駆け寄る。

 麻尋ちゃんは本当に結城さんが大好きなんだ。

 

「おぅ、ただいま。ちゃんと大人しくしてたか?亜美ちゃん、今日もありがとう。ようやく仕事がひと段落ついたんだ。面倒をみてくれたおかげで、仕事もうまくいったよ」

 

「そうですか。それじゃ、例の動物園のお話は?」

 

「あぁ、今週の土曜日はどうかな?亜美ちゃんも付き合ってくれるんだろう」

 

「はい。よかったねぇ、麻尋ちゃん。今週末は皆で動物園に行くんだよ」

 

 彼女は小さな手を叩きながら「やったぁ」と喜ぶ仕草を見せる。

 私はまだ濡れている髪をふくのと同時につい抱擁してしまう。

 んー、ホントに麻尋ちゃんって可愛すぎるわ。

 

 

 

 

 ……数十分後。

 誕生日に私があげたぬいぐるみを抱きしめて、ぐっすりと眠ってしまった麻尋ちゃん。

 無垢な子供の寝顔を見ていると癒されるの。

 

「麻尋ちゃん、ものすごく喜んでいましたね」

 

 しばらくして、彼女を寝かしつけた後、私は遅めの結城さんの夕食を作る。

 出来あがった料理を食べ始める結城さん。

 

「全部、亜美ちゃんのおかげだよ。仕事がうまく行ったのも、麻尋を寂しい思いをさせずにすんでいるのも、すべては亜美ちゃんがいてくれるからだ」

 

「ふふっ。私は結城さんのお役に立てていますか?」

 

「十分すぎるほどだよ。亜美ちゃんのいない生活は想像できないくらい頼りにしている」

 

 何だろう、結城さんの言い方は何か引っかかるようなものを感じる。

 

「仕事もひと段落ついて、これからはまた普通にいられる。保育園の送り迎えも、生活の方も何とかしていけると思う」

 

「……それはもう私は必要ないって、来ちゃダメってことですか?」

 

「違うって。そういう意味で言ったんじゃないんだ。俺も考えてみた。これからも亜美ちゃんに頼っていくことはいいのかって。亜美ちゃん、最近はずっと自分の時間を作れていないんじゃないのかな?」

 

 この生活をはじめてもう1ヵ月くらいになる。

 自分の時間というよりは、友人達と遊びに行くことは少なくなった。

 

「そんなの関係ないです……私は自分に無理なんてしていません」

 

「亜美ちゃんがいてくれると助かるし、俺も麻尋も嬉しいよ。だけど、キミをこれ以上束縛し続けるのは本意じゃないんだ」

 

 その言葉が私にとってはものすごくショックだった。

 しょせん、私は結城さんの幼馴染で家族じゃない。

 

「結城さんは私のこと、家族みたいには思ってくれていないんですね」

 

「そんなことないよ、亜美ちゃん」

 

「だったら、傍に居させてください。これは私の我が侭です。私が結城さんや麻尋ちゃんのお世話をするのは、ただ二人の傍にいたいからなんです。それ以上の関係は望んでるわけでもありません、重荷になるつもりもないんです」

 

 恋人や結婚という事が結城さんの脳裏によぎっているのかもしれない。

 これから先の未来、どうなるかなんて分からないから。

 

「この話はお終いにしましょ?保育園の送り迎えはこれまで通り、私にさせてください。結城さんはお仕事があるんですから、負担もあるでしょうし。そういう風に他人みたいに距離を置かれるような言い方をされると悲しいです」

 

「……あぁ、それじゃお願いするよ。変な事を言ってごめん。傷つけるつもりで言ったわけじゃないんだ。本当に感謝しているんだよ、亜美ちゃん」

 

「はい、分かってます。……あ、お茶を入れますね」

 

 この生活をいつまでも続けられるかなんてわからないと何度も不安になる。

 今の関係のままじゃダメだということも分かっているのに動けない。

 私はその事が不安に感じ始めていた――。

 

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