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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第11章:優しさに甘えて

和輝視点のお話です。

【SIDE:結城和輝】


 今から数年前、大学生だった時の俺達は満たされていた。

 幸せもあり、何気ない日常に楽しさも溢れていたから。

 大学の授業中、こっそりと俺と奈々子の座る席にやってくる亮太。

 

「ういーすっ。奈々子、代返しておいてくれたか?」

 

「ちゃんと出席の紙にチェックはしておいてあげたわよ。今日は遅刻?」

 

「バイトが忙しくてな。和輝、あとでノートをコピーさせてくれ」

 

「あっ、当然、私の分もね」

 

 腐れ縁の幼馴染同士、長い付き合いで分かるのは彼らがいかにマイペースかという事だ。

 バイトで授業をさぼりがちな亮太、授業にでてもノートを取らない奈々子。

 その二人の面倒をみるのはいつも俺の役目だった。

 放っておくわけにもいなない、これもまた幼馴染としての宿命か。

 

「今のバイトはそんなに忙しいのか、亮太?」

 

「かけもちでふたつしている。昼は牛丼屋、夜はコンビニ、勤労青年だろ」

 

「……その勤労はすべて旅行のためっていうのがねぇ」

 

「何だよ、奈々子。汗水出して働く僕に文句でもあるのか?」

 

 小声で言い争うふたり、仲はいいのだが、すぐに衝突する。

 奈々子は少々あきれた様子を見せながら、

 

「別に。自分が働いた金で何をしようが構わない。それで、今度の夏はどこにいくつもりなわけ?秘境?ジャングル?それとも……」

  

「お前は俺達がどこに旅行に行くと思っている。さすがにそんな冒険家になったつもりはない。亮太と話しているのは、秘湯めぐりでもしようかって思っている」

 

「それもただの秘湯じゃないぜ?文字通り、滅多に人間の訪れない山奥の秘湯だ。現在、候補を決めてどこにするか悩んでいるんだ」

 

 奈々子は「十分、冒険じゃない」と失笑している。

 男のロマンは女の子には分からないらしい。

 授業を説明する教授はのんびりと教鞭をふるう。

 こちらが多少うるさくしない限りは注意もしない。

 

「奈々子はいかないのか?」

 

「行くわけないじゃん。貴方達と一緒に旅行してもつまらないもの。亜美と一緒にならどこへでも行きたいけどね」

 

「ホントに僕の妹を溺愛しているな」

 

「当たり前よ。亜美は私にとっての実妹みたいなものだもの」

 

 奈々子は幼い頃に実妹を事故で亡くしている。

 だから、亮太の妹であり、俺達の幼馴染のひとりでもある亜美ちゃんには姉妹のように仲の良い関係を築いていた。

 亮太はやれやれと肩をすくめる。

 

「亜美も亜美だ、奈々子に言い様に振り回されて大変だな」

 

「そういう貴方はどうなの。亜美がよく言ってるわよ。『横に連れている女の子が毎回違うんです。女の子遊びが激しいの、注意してあげてくれませんか?』ってね。亮太、私の亜美に悪影響のある事はしないで」

 

「してねぇよ。……女遊びって、ただ女友達が多いだけっての」

 

「そのうちの半数に手をだしてたら十分でしょ。何で亮太みたいな外見だけの男になびくかな。皆、騙されているのよ。和輝もそう思わない?」

 

 いきなり俺にふられたので「そうだな」と答えておいた。

 亮太にはここ数年、恋人が入れ替わりしているのは事実だ。

 だが、彼の性格は見た目と違い一途なので、周りが見るほどではないと思うが。

 

「いい男にはいい女がつきものだろ?」

 

「自分でいい男って言うのは詐欺師かしら?」

 

「何でだよ、お前だってよく自分はいい女って言うじゃないか」

 

「あら、私はいいのよ。だってホントのことだもの。亮太とは違うの」

 

 また何やら話がそれていく、それもいつものことだ。

 

「はいはい、そこまでにしておけ。奈々子も亮太も魅力的な人間だ」

 

「和輝に言われると何だかなぁ」

 

「ねぇ?その上から目線の余裕が何かムカつくわ」

 

「……お前ら、ホントに仲いいのな」

 

 二人が言い争い、それをなだめるのも俺の役目。

 恋人の俺と違い、亮太と接する時の奈々子は自然体の感じがする。

 俺とはこういう風に言いあいにはならない。

 奈々子と俺の付き合いは特別なものなんかじゃなかった。

 今になって改めてそう感じている。

 俺は本当に彼女を愛していたのだろうか、と。

 ただ一つ言えるのはあの頃にはもう戻れないといういことだ。

 青春も恋愛も、人生そのものが満たされていたあの頃には――。

 

 

 

 

 仕事が終わり、帰る頃にはすっかりと辺りは暗闇になっていた。

 夜の10時過ぎ、久しぶりに仕事を満足に終えられた気がする。

 やはり、頭のどこかで麻尋の事を考えてするのとは違う。

 亜美ちゃんに任せている安心感もあるし……。

 

「ただいま。……ん?」

 

 家の中に入ると亜美ちゃんの姿はない。

 リビングではなく寝室の方にいるのかもしれない。

 麻尋が寝ているはずなのでそっと顔をのぞかせると、

 

「ふみゅぅ……」

 

 ぐっすりと眠る娘の麻尋、それを優しく穏やかな瞳で見つめる亜美ちゃん。

 子を見守る母のような姿。

 優しさに溢れている彼女の姿に視線をそらせない。

 

「ただいま、亜美ちゃん。今日はありがとうな」

 

「おかえりなさい、結城さん。いいえ、楽しかったんですよ。今日は麻尋ちゃんと一緒にお料理をしたりして、とても仲よくできました。あっ、お腹すいてません?夜食くらいなら準備できますけど?」

 

「それじゃ、頼もうかな」

 

 今日はもう遅いので彼女を家まで送ろう、と俺は決めた。

 キッチンに立つ彼女。

 亜美ちゃんの料理はかなり美味しい。

 本人は奈々子に教えてもらったというが、すでに彼女を超えているようだ。

 

「料理は趣味みたいなものなんです」

 

 俺が褒めるとそんな言葉が返ってくる。

 

「普段から作ったりしているんだ?」

 

「そうですね。これまでも朝は必ず私が作っていました。はい、どうぞ」

 

 テーブルの上に置かれたおにぎりを食べながら俺は思う。

 彼女の存在はいつのまにか自然になっている事に。

 それは亜美ちゃんにとってはどうなのだろう?

 

「お仕事は忙しいようですけど?」

 

「あぁ。特には今は数日後に迫ったプレゼンの準備が忙しくて。悪いんだけど、あと3、4日は麻尋の事を頼めないかな?」

 

「はいっ。結城さんに頼りにされて、ホントに嬉しいです」

 

 亜美ちゃんに頼るのは今日に限ったことじゃない。

 いつだってこの子には助けられているんだ。

 

「……俺は亜美ちゃんに頼りっぱなっしだよ。麻尋のこともそうだが、俺自身もずいぶん亜美ちゃんに救われている」

 

「私でも結城さんの役に立てていますか?」

 

「当然だ。今の俺は亜美ちゃんのおかげでずいぶんと楽になっている。麻尋も亜美ちゃんに懐いている。あの子の寂しさを癒してくれているんだ」

 

 それは俺一人にはできなかったことでもある。

 

「亜美ちゃんはいつのまにか、俺達の中で大きな存在になっている」

 

 それは4年前とは違う事でもある。

 あの時の俺は奈々子が一番の存在だった。

 亜美ちゃんは大事な妹、守ってあげたい存在だったのに。

 今は少しずつ、その妹という思いから変わっている気がする。

 

「……結城さんにそう言われると、何か照れますね」

 

 そっと頬を赤らめる亜美ちゃん。

 いつしか俺の方が彼女に守られているようだ。

 

「そうだ、麻尋ちゃん。動物園に行きたいって言ってました」

 

「動物園?あぁ、そういや前に行きたいって言ってた。しまった、忘れていた」

 

「今度こそ、約束を守ってあげてくださいね。私もお付き合いしますから」

 

「……来週にはちゃんとした休みが取れるから。その時に行こう」

 

 麻尋が動物園に行きたいって言っていたのは奈々子と離婚する前だ。

 確か保育園の他の子が行ってきたとかで、麻尋も行きたいって言いだした。

 

『パパ、あのね、あのね!どーぶつえんにつれていってよ!!』

 

『動物園?いいよ、それじゃ……今度の休みのときに行こうか』

 

『うんっ。どーぶつさん、みたいのっ!』

 

 その後、奈々子との離婚の騒動でうやむやになってしまっていた。

 あれ以来、俺もすっかり忘れていた。

 麻尋との約束、忘れてしまうとは……。

 

「結城さん。麻尋ちゃんは怒ってませんよ?」

 

「……え?」

 

「約束破ってしまったな、って言う顔をしています。麻尋ちゃんはこう言っていました。『パパは約束を破ったりしない。いつかちゃんと守ってくれる』って」

 

 あの子は……約束は守るべきものだと信じてくれている。

 

「いや、俺は破ってしまっているんだ」

 

 そう、俺は子供との約束を破っている、だってあの時、麻尋が言った言葉は……。

 

『パパとママ。みんなでいっしょにいきたいのっ!』

 

 離婚間際、喧嘩ばかりしていた俺と奈々子の関係に麻尋は何か感じ取っていたのか。

 幼いながらも、事情は分からずとも恐らくは家族という意味であの子はきっと……。

 麻尋は、俺と奈々子、ふたりと一緒に行きたいと言っていた。

 離婚した今、その約束は叶わない。

 でも、きっと亜美ちゃんとなら許してくれるかな?

 

「亜美ちゃん。キミの優しさに甘えさせてもらってもいいかい?」

 

「はいっ……」

 

 俺が誰かに甘えたり、寄りかかる事は当分ないだろうと思っていた。

 だけど、亜美ちゃんが俺にとって特別になり始めていたんだ――。

 

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