序章:私の初恋、14歳の冬
【SIDE:志水亜美】
初恋は実らない、そんなジンクスがある。
初めての恋、“大好き”という一言を“彼”に言えたらきっと自分を変えられると思う。
それができないから、私は今も片想いを続けている。
私、志水亜美(しみず あみ)は先月に誕生日を迎えて14歳になったばかり。
学校から帰り、自宅に戻ると玄関に男物の靴が置いてある事に気づく。
その靴を見て、私は慌ててリビングへの扉を開く。
「あっ、おかえり、亜美。今日は早かったんだな」
「ただいま、亮太兄さん。部活がお休みだったから、早めの帰宅だったの」
私の兄である志水亮太(しみず りょうた)がソファーに座っていた。
その横にはカッコよくて、素敵な男の人がいる。
「やぁ、亜美ちゃん。おかえりなさい」
「た、ただいまです。結城さんも来ていたんですね」
私は緊張して、少し声を上擦らせながら答えた。
結城和輝(ゆうき かずき)、兄の幼馴染で21歳の大学3年生。
モデルのアルバイトをしているだけあって、とてもイケメンな私の憧れの人。
初恋相手ではあるんだけど歳が離れすぎているので、相手にされないだろう。
私は彼にとって妹程度、告白できない理由はそれだけじゃないけどね。
私が告白できない、致命的な理由が存在するんだ。
今の関係で十分満足しているし、それ以上を望みもしていない。
ふたりはテーブルの上に何かのパンフレットを開いて見てるようだった。
「……何のパンフレット?またどこかに旅行でも行くの?」
「あぁ、これか。そうだ、今度はスノーボードでもしに行こうかって和輝と話をしていたんだ。出来れば温泉地がいいなって。ここなんてどうだ?」
「うーん。そこは以前に行ったことがあるからな。出来れば初めての場所がいい」
亮太兄さんと結城さんは旅行が趣味で高校時代からふたりでよく行っている。
アルバイトでお金を貯めて長期休暇に旅行三昧。
楽しそうでいいなと思うけど、私も混ぜてなんて我が侭は言えない。
だって、男二人の旅行についていきたいなんて、そんなの言えるはずがないじゃない。
「――いいなぁ、私も行きたい」
でも、その時に限って口からそんな本音が漏れた。
できるならばもちろん、結城さんと一緒に旅行がしたい。
パンフレットに目を通していた結城さんは顔をあげて、私に言う。
「亜美ちゃんも一緒に行く?今回はスノボーがメインだし、普段と違って安全、安心だ。ついてきても大丈夫だよ」
「え!?あ、えっと……私の事は気にしないでください。おふたりの邪魔をする気はないんです。ごめんなさい、変な事を言ってしまって」
「別に変じゃないよ。どうだ、亮太?」
「ついでに奈々子も誘ってみればいい。4人で旅行は1度もした事がなかっただろ」
高梨奈々子(たかなし ななこ)、兄さん達の幼馴染でもあり……私の片思い相手である結城さんの恋人でもあるんだ。
私が彼に恋をした時には既に付き合っている奈々子さんがいた。
結城さんと奈々子さん、亮太兄さんの3人は小中高だけでなく大学まで一緒で、幼い頃から遊んでもらってる私にとってホントの兄と姉のような存在なんだ。
「アイツは毎回誘っても『男の旅行についていく気はないからお土産よろしく』って言うだろ。今回はどうだろうな?」
「亜美も一緒なら絶対に行くっていうだろ」
「確かに。奈々子は亜美ちゃんが好きだし、誘うだけ誘ってみるか」
何やら私も行くと言う方向で話が進んでいく。
私は控えめながらも結城さんに言うんだ。
「あの、私の事はホントに気にしないでいいんですよ?」
「何を遠慮してるんだ。大丈夫、費用なら俺が出してあげるから」
「そ、そんなのダメですっ!余計にダメです」
「たまには妹に甘えて欲しいじゃない。俺は亜美ちゃんが生まれた頃から知ってるのに、最近はめっきり甘えてくれなくなって寂しい。昔は『結城お兄ちゃん』って甘えてくれたじゃないか。俺にとっては嬉しかったんだよ」
私の頭を撫でてくれる結城さんに私は照れてしまう。
この人は私にとってもうひとりの兄、昔は亮太兄さんよりも甘えていた。
でも、恋心に気づいてからは素直に甘えられなくなってしまった。
「……おいおい、実兄の僕を差し置いて兄面するな。僕の立場がなくなるだろ」
「こういうのはみんなで楽しむものだ。たまには皆で旅行もいいだろ」
本当に結城さんは優しい人だ、恋愛ポイントさらに上昇。
ますます、私は彼が好きになってしまう。
「どこに行くか決めてしまおうか。長野県辺りにしようと思うんだが、それならちょうど学生向けの格安ツアーもあるし」
「ここなんてどうだ?値段のワリに施設は結構いい感じだぞ」
再びパンフレットに目を通すふたり。
私も連れて行ってもらえるんだ……ドキドキするなぁ。
私は結城さんの横に座って、その様子を眺めていた。
私たちの旅行は12月下旬にバスの車中泊を含めて3泊5日という旅行に決まった。
目的地は長野県の某有名スキー場、その近くのホテルに宿泊する。
「亜美~っ。見て、このウェア可愛くない?」
「奈々子さんに似合いそう。私はこっちにしようかな」
「相変わらずピンク色が好きなんだ。亜美はホントに可愛いわ」
私を抱きしめて笑みを見せる女の人。
子供の頃から私を妹として接してくれている奈々子さんだ。
美人な容姿なのでどこへ行っても周囲の視線を釘付けにする。
今はさんと一緒にスノボーのウェアを選び中。
はじめはレンタルで十分だって思っていたんだけど、兄さん達がウェアなどのお金も出してくれることになり、結局、ボードだけを借りる事にしたの。
そして、今日は奈々子さんと一緒に買い物をしている。
「手袋と帽子、ウェアも揃ったし、あとは何が必要だっけ?」
「えっと、確か次は……」
亮太兄さんから渡された紙に書かれたものを買いそろえていく。
私はスキーなら経験はあるんだけど、スノーボードは初体験。
まぁ、スキーも子供の頃に家族で旅行をした時以来なので慣れてはいないんだ。
「奈々子さんもスノボーは初めてなんですか?」
「高校の修学旅行でしたことはあるわよ。多少の経験はあっても自分からしたいと思ったことはなかったからね。亮太と和輝はよく2人で毎年のようにしに行ってる。ホントならあの二人の旅行に付き合う気はなかったんだけど、今回は大好きな亜美も一緒だっていうでしょう。それならって参加することにしたのよ」
結城さんと交際しているのに奈々子さんは妙にそういう所でベッタリしない。
普通の恋人同士なら一緒にいたがると思うんだけど違うのかな?
その事を彼女に尋ねると奈々子さんらしい言葉が返ってくる。
「心配しなくても私は和輝が好きよ。だからこそ、その性格もよく分かっているの。彼は亮太と一緒に旅行するのが趣味でしょう。ほら、男2人の中に女が一人入れば、色々とあるわけよ。彼らの楽しみを邪魔するのも嫌だし、それにあのふたりって変なところに行きたがる時があるじゃない」
「えっと、今年の夏には登山をしに行ったんですよね」
「ただの夏山登山ならマシよ。絶景の温泉を探しにとか言ってどこかの山奥に行ったまま1週間帰ってこなかったじゃない。さすがにあれには呆れたわ」
誰も簡単に行けない場所にこそ素晴らしいものがある。
そんなことを言って、本当に秘境みたいな場所にある温泉に入ってきたらしい。
写真だけを見せられたけど、周囲が山奥過ぎて何だか怖かったの。
そういうことに楽しさを覚える彼らは純粋に男の子なんだなって思えたんだ。
「今回はさすがに私と亜美がいるから無意味に困ることはないはずよ」
「私もついて行ってよかったのかなって思ってしまいます」
今更ながら思ってしまう。
私が我が侭を言ってしまった事。
私は彼らによく我が侭言って困らせている気がするの。
「良いに決まってるじゃない。亜美は私たちの妹なんだからそんな事は気にしないで。それにこんなことができるのも今だけよ。来年は就職活動、卒業論文、とかいろいろと面倒なんだから」
億劫といった様子で苦笑いを浮かべる。
兄さんもそうだけど、就職活動って言うのは大変らしい。
大学生は勉強だけじゃなくて大変だなぁ、って兄さん達を見ていれば分かるの。
「だから、思い出が欲しいのよ。亜美、付き合ってくれるわよね?」
「そう言う事なら……。でも、奈々子さん。就職とか言ってますけど、卒業したら、結城さんと結婚したりしないんですか?」
普通なら自分から言うのは辛いセリフ。
でも、彼が交際している相手は私も認める奈々子さんだ。
別に今さら彼との関係をどうこうしたいわけじゃない。
思うだけでいい、傍にいてくれるだけで、他は何も望んでいない。
諦めに似ているかもしれない、手が届くはずがないからと……。
「結婚か。子供でも出来たら出来ちゃった婚でするかもしれないけど、お互いに結婚は急いでないわ。それに……」
「それに?何ですか?」
彼女はそれを言ってはいけないと言った顔をする。
「いえ、これは亜美に対して言うべきことじゃない」
「ん?結婚したくないんですか?」
「そういう単純なものじゃないのよ。結婚っていうのはね」
“それに……”続く言葉は一体、何だろう?
あまりいい言葉ではない感じだけど……。
私が気になっていると、私のお腹を奈々子さんがプニっと揉んでくる。
「ひゃんっ!?いきなりお腹を触らないでくださいよぅ」
「いいじゃない。亜美はどこを触っても柔らかくて可愛いもの。でも、亜美は少しやせ過ぎかな?」
彼女はその話を無理やり終えてしまう。
「ほらっ、そんな話は置いといて。亜美、次の買い物に行くわよ」
大好きな人たちが結びあっているのだから、その想いを否定する気にはなれなかった。
私の初恋は実らない、それでいいんだ。
それが私と結城さんの“運命”だと思っていたんだ――。