色気がないと婚約破棄されましたので、殿下好みのドレスをやめました
王立学院の卒業夜会。
十八歳を迎えた卒業生たちが集う大広間の中央で、王太子アルノーは婚約者へ告げた。
「エマ・ハルト。君との婚約を破棄する」
楽団の音が止まった。
呼ばれた少女は、静かに王太子を見る。
茶色の髪は隙なく結い上げられ、濃紺のドレスは喉元から手首まで肌を覆っている。
宝石も小さな耳飾りだけ。
六年間、ずっと同じだった。
「理由を伺っても?」
「君には華がない」
アルノーは隣に立つ伯爵令嬢へ視線を向けた。
明るい金髪。
胸元の開いた桃色のドレス。
柔らかな笑顔。
「女性なのだから、もう少し華やかであってほしかった。愛嬌も、色気も。君はあまりにも堅苦しい」
「左様でございますか」
エマは頷いた。
怒らない。
泣かない。
それすらも、アルノーには面白くなかったらしい。
「そういうところだ。何を言っても澄ました顔をしている。君は昔から――」
「殿下」
エマは遮った。
「ひとつ、確認してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「婚約は、たった今、正式に解消されたのでございますね?」
「ああ」
「では」
エマは微笑んだ。
「もう、殿下のお言いつけを守る必要はございませんね」
「……何?」
エマは近くの卓へ歩み寄った。
銀の食事用ナイフを一本取る。
周囲がざわめいた。
だが彼女が刃を向けたのは、自分ではない。
ドレスだった。
喉元を覆う布へ刃を差し込む。
ぷつ、と糸が切れた。
「エマ!?」
さらに切る。
襟を。
胸元を覆う厚い布を。
六年前、アルノーが言った。
――未来の王太子妃が胸元を晒すものではない。
エマは切った布を床へ落とした。
白い鎖骨が現れる。
もう一度、背へ手を回す。
留め具の下へ刃を滑らせた。
――背中の開いた服など品がない。
布が裂ける。
肩から背中へ、大きく肌が現れた。
「な、何をしている!」
「殿下のお嫌いだったものを、元に戻しておりますの」
最後にエマは裾を摘まんだ。
刃を入れる。
膝。
その上。
片脚に沿って、深いスリットが開く。
――脚を見せるな。
布に隠されていた長い脚が、歩くたびに覗く。
そしてエマは髪へ手を伸ばした。
髪留めを抜く。
茶色の髪が、背中へ一気に流れ落ちた。
大広間から、完全に音が消えた。
アルノーが呆然と呟く。
「……エマ」
彼女は振り返った。
「それも、殿下がお決めになった名前でしたわね」
「何を……」
「エマルヴェルは長すぎる。ブラウンハルト公爵家の名を学院で振りかざすな。エマ・ハルトと名乗れ、と」
六年間。
エマルヴェルは従った。
髪を隠した。
肌を隠した。
身体の線を隠した。
宝石を外した。
家名を縮めた。
名前まで縮めた。
その結果。
華がないと言われた。
エマルヴェルは、小さく笑った。
「まさか殿下ご自身がお隠しになったものを理由に、婚約を破棄されるとは思いませんでしたわ」
アルノーの唇が動く。
だが言葉は出なかった。
エマルヴェルは床に落ちた濃紺の布を跨いだ。
深く切った裾が揺れる。
「改めまして」
背筋を伸ばす。
もう、王太子の望んだ女ではない。
「ブラウンハルト公爵家長女、エマルヴェル・ブラウンハルトでございます」
そして美しく一礼した。
「以後、どうぞお間違えのないように」
その夜。
最も華やかな令嬢が誰だったのか。
少なくとも、誰一人として迷わなかった。
はい、夜勤明けです。
首が痛い。
腰が痛い。
眠い。
でも、なんか勢いが欲しい。
飲んでからの勢いじゃなくて、
飲む前の勢いが欲しい。
ということで、キーを叩きました。
その結果がこれです。
エマルヴェルさん、だいぶ勢いよく切りましたね。
ドレスを。
なお、まだ寝ません。
昼のビールを飲むまでは。




