あ"
本作は実際の出来事をもとに構成したノンフィクション作品 (一部脚色)です。
ただし、プライバシー保護の観点から、登場する地域の名称は一部省略しております。
また、本作は数十年前の記憶を辿りながら執筆しているため、一部の会話や情景描写には著者の記憶に基づく不確かな部分が含まれている可能性があります。
あらかじめご了承ください。
僕は埼玉県の旧Y市で生まれて、中学3年生までの15年間を同市で過ごしました。
幼少期に気づいたけど、どうやら我が家の母方の血筋には霊的な何かを感じる力があるらしく、でも兄にはそのような力はまったくありませんでした。
ただ、僕は母方の血を濃く受け継いだのか、運が悪い事に霊的な何かを感じる力が多少あったようで⋯⋯。
「霊的な何か」というのは自分自身が良く分かっていないからだ。
霊的な何かを感じると、某妖怪のように髪の毛が逆立つわけでも無く、気がつけばそういう "現象" を目の当たりにしているのだ。
その為、自分にはそういう力のようなものはあるけど、自覚はほとんどありません。
それでも子どもの頃から何かと変な音を聞いたり、変なものを見てしまう事も少なくなかった。
けれど、僕の力は母ほどでは無かった。
母の第六感は、今になって思うと凄まじいものだったのだと思う。
昔の話ですが、僕が子どもの頃に住んでいたボロ県営住宅で、母がキッチンから叫んでいるんです。
「臭い!凄い焦げ臭い!どこ!この臭い!絶対火事だよ!」
でも僕には何も匂わないし、家中見て回ったけど出火している感じもしなかった。
外に出て周辺やお隣さんを見回しても何も無い。
母がお隣に住んでいる一人暮らしのおばあちゃんを心配して「火事は大丈夫か?」とお隣さんの家に乗り込んでいたけど、結局は何も無かった。
でも、そこから2~3日後だったと思う。
親戚だか母の友人だかから電話があって、「火事があって家が半焼した」と連絡があったようです。
母の焦げ臭い発言は、もしかしたらこの火事の事を予知してのセリフだったのかもしれません。
また、別の話になりますが、小学生の頃、母と一緒に福島のおばあちゃんの家に行った時、数日過ごしていると母が突然外に出てきました。
辺りを見渡しながらフラフラとおばあちゃんの家から外に出ていくので、庭で遊んでいた僕は「お母さんどうしたの?」と聞いた記憶があります。
すると母は「んー、なんか甘い香りがして」などと言うんです。
そのままフラフラ歩いていくのを見ながら、自分も暇だったので母の後ろをついていきました。
福島の田舎という事もあって辺りには畑と山、川とダム、そして点々と民家しかありません。
そんな中を300メートルほど歩いていると母が立ち止まって一本の木を見つめているんです。
僕は母に訪ねました。
「なんでぼーっとしてるの?」
するとほのかに甘い香りが漂ってきました。
僕はこの香りはなんだろうと思って木の方に近づいてみると甘い香りが一瞬にして、吐き気を催すほどの悪臭へと変わりました。
「うわっ!くさっ!」
手で鼻を抑えて少し離れると、いつの間にか母は木の裏側へ移動していて、眉間にしわを寄せながら「来ちゃだめ、すぐ帰るよ」と僕の腕を強引に引っ張って、おばあちゃんの家へ戻りました。
腕を引っ張られている時に木の裏側から人の手が見えたのを鮮明に覚えています。
おばあちゃんの家に戻ると、親族も含めて大騒ぎになっていました。
すぐに警察や救急車を呼んで、暫くの間警察がおばあちゃんの家に出入りしていました。
その後、自分が大人になってから1度だけ親戚の集まりに参加した時に、ふと昔の事を思い出して、母に昔の話を聞いてみたんです。
昔、おばあちゃんの家で警察や救急車呼んだ事が1度あった事。
甘いような腐敗臭がした木の事。
僕自身、何があったのかは何となく察していましたが、はっきりと母から聞きたかったのです。
すると母からは想像通りの返答がありました。
「首吊りの死体があったよ
お母さんの知ってる人だった」
そう教えてもらっている内に、母は他の親戚に呼ばれて席を立ちました。
でも近くにいたおじさん(母の弟)が不思議な事を言うんです。
「うちの姉ちゃんさ
遺体見つけてすぐにばあちゃんち来て
叫んでたじゃん
○○さんが首吊ってる、ってさ」
「あー、騒いでたのは覚えてます」
「あれさ、おかしいんだよね」
「何がですか?」
「死後数週間が経っていて
夏だったからあの暑さでしょ
腐敗がかなり進んでてさ」
「うわぁ⋯⋯」
「顔見て知り合いだなんて分かる訳ないんだよ」
「え、そんなに原形を留めていなかったんですか?」
「うん、身元が判明するまで少しかかったしね
だから、○○さんが首吊ってるなんて
最初の時点で分かるわけないんだよ」
「あー、なるほど⋯⋯
でも服装とかで分かったとか?」
「それは無いなー
知り合いって言ったって
姉ちゃんが高校生の時に
しつこく絡んできていた人だし⋯⋯
だからそれ以降会った事も無いみたいだから
服装で分かるような身近な関係では無いはずだね
10年か20年くらいは会って無かったんじゃないかな」
「という事は、いつもの第六感とかですかね⋯⋯」
「そうかもしれないけどこっちとしてはまいったよ
姉ちゃんが容疑者扱いになっちゃうんだもん
なぜ○○さんだと分かったのかって警察に問い詰められてたなぁ」
そんな話をした覚えがある。
母は何かと察しが良くて、僕が悪さをして200メートル離れた隣のマンションの5階に逃げても、すぐに見つけるんです。
GPSなど存在しない時代なので、居場所を特定されるようなガジェットはありません。
今思えば、そういう部分も含めて霊的な何かを感じていた故の "察しの良さ" だったのかな?と思っています。
そんな母の力を、もしかしたら自分も受け継いだのかもしれません。
歳を経るごとにこの力は弱くなっているのか、最近では霊的な現象を体験する事はほとんど無くなりました。
でも30歳付近まではとにかくおかしな現象に遭遇していたのです。
今でも鮮烈な記憶として覚えています。
階段に座る子ども(埼玉県O市)
ガソリンスタンドの車の下の女(埼玉県O市)
金縛り中に横を通り過ぎる男(埼玉県O市)
近づくと石碑になり遠くなると人になる石碑(福島県I市)
山中であいさつする声(福島県I市)
お盆に追ってくる人(福島県I市)
ダムから落下してくる人(福島県I市)
入浴中に扉のスモークガラス越しに立っている誰か(福島県I市)
川に反射した自分の後ろにいる誰か(福島県I市)
ホテル10階の窓にいる誰か(東京都M区)
近づくノック音(福岡県F市)
突然動く物干しハンガー(福岡県F市)
⋯⋯軽く思い出しただけでもこれだけの体験があります。
ですが、これらの体験はほとんどが危害も無くオチも無かったものばかりです。
そんな中で、唯一実害のあった体験をこれからお話しします。
◇◇◇
小学⋯⋯何年生だったのかは覚えていませんが、確か低学年でした。
前述の通り、当時の僕は埼玉県の旧Y市に住んでいて、小学生を満喫していました。
僕の小学生の時期はSMAPの下敷きが女子の間で流行り、男子の間では光GENJIが流行っていました。
その他にもフレフレロッキーというシャープペン、ビックリマン、キン消し、チョロQ、ミニ四駆 (シューティングスター)、ファミコンが流行っていて、特に今までテレビゲームという存在の無かった少年少女の目の前に、突如現れたファミコンという存在はとてつもなく異質で神々しい、キングオブおもちゃでした。
うちは親がファミコン禁止を宣言する家庭だったので、暫く友人の家で遊ばせてもらっていましたが、ドラゴンクエストⅢの発売と同時にツインファミコンを買ってくれたのを今でも覚えています。
ついに我が家でもファミコンが解禁となったのです!
これは個人的な歴史的瞬間でした。
1日1時間まででしたが、ゲームがプレイできるようになったのです。
21世紀を生きる方々からすると信じられない事かもしれませんが、当時 "ゲームは1日1時間まで" が結構なご家庭で主流だった気もします。
しかし、1時間までという制約を守った子どもは果たしていたのかどうか⋯⋯。
実際はどうだったのか、僕には分かりません。
さて、そんな魅力的なおもちゃが諸々出現し始めてきていた時代のある時、近くの神社でお祭りがある、という噂を聞きつけたのです。
僕は心躍って、仲の良かった しんちょ を誘ってN神社に行く事になりました。
親の許可をとった後、当日は しんちょ と2人で19時頃に祭りに向かったと思います。
一通り露店のお菓子や食べ物を満喫して、宝物だったボトムズ、ダグラム、ゴーグの "チョロQに変形するおもちゃ" を袋に入れて、何故かN神社の土の中に隠してから帰ろう、という話になりました。
何故隠したのかは分かりません。
当時、秘密基地とか "秘密" が好きだったので、その影響で「ここに宝を隠す」という秘密にスリルや特別感を覚えたのかもしれません。
僕らが帰る頃には、もうほとんど人がいなかった気がします。
僕がチョロQを土の中に隠すのに拘ったからか、随分と帰りが遅くなってしまいました。
N神社の出入り口は、階段を降りるAルートと、木が両端にあって枝や葉がアーチ状になっているBルートの2個所があります。
僕たちはなんとなくBルートから帰る事にして、神社の出入り口に向かったんです。
『ぁ』
Bルートの出入り口付近にくると、木のアーチ状になった部分があって、その真下に差し掛かかった時、何かが聞こえました。
僕は無言で立ち止まったのを、今でもはっきりと覚えています。
僕がじっと身動きを取らなくなるから しんちょ が僕の方に振り返り すーくん と呼ぶのです。
『あ』
でも僕はそのままじっと立ち止まっていました。
絶対に何か聞こえたはずなんです。
『あ⋯⋯』
ほら、やっぱり聞こえる。
「しんちょー、なんか声聞こえない?」
「え、聞こえないよー、怖いこと言うなよー!」
しんちょ には聞こえていないみたいだから、僕だけが音の発生源を探していました。
『あ"っ』
「すーくん かえろーぜー」
「ちょっとまってちょっとまって
なんか声みたいの聞こえて怖いの」
『あ"』
相変わらず辺りを見回しても何かおかしなものは見当たらない。
でも音の出どころが分からない。
でも良く言うでしょ?
周りを見て何もいなければ上を見よう、って。
だからなんとなく上を向いたんです。
上をじっと見たんです。
アーチ状になった木を暫く凝視していました。
時間でいえばおそらく5秒くらいだったと思います。
それでも、僕には10分にも20分にも感じるほどの時間、凝視していました。
しかし、上にはアーチ状になった枝と葉っぱしかありませんでした。
それでもしつこいぐらいアーチ状の葉っぱを見つめていると、そこには真っ赤な顔があったんです。
僕は静かな声で しんちょ に話しかけました。
「しんちょー⋯⋯あそこ、あそこいる」
「なにが?」
「ほら、あの葉っぱのところ」
「え?何もいないじゃん」
「あそこ!あの葉っぱのところ!真っ赤な顔がこっち見てるじゃん!」
「うわっ!うわっ!うわぁぁぁああああああ!」
しんちょの叫び声と同時に、2人でがむしゃらに走って逃げました。
N神社から自宅までは歩いて10分くらいだったはず。
逃げ惑う中でお互い必死だった事もあって、気がつくと しんちょ とはぐれてしまいました。
はぐれたと言ってもそれほど遠くまで逃げてきた訳では無く、振り返れば視界の中にN神社が見えるくらいの位置にいました。
僕は霊的なものには慣れてはいましたが、怖かったです。
やはり怖いものは怖いのです。
しんちょ とはぐれた事に気づいた時に振り返ってN神社の方を見ましたが、僕の視界にはまだ赤い顔がいました。
こういう類のものを見る事は慣れていたけど赤い顔に追われる事なんて無かったので、実際かなり焦っていて若干パニックになっていた記憶があります。
自宅まではまだ距離があったけど、とにかく一生懸命に走りました。
自宅に帰るまでに信号機が1つあったのですが、赤信号で待ちながら後ろを見て警戒していると赤い顔がいないんです。
てっきりついてきているものだと思っていたので、拍子抜けはしたものの気を抜く事はありませんでした。
僕は意を決して素早く見上げると、そこには電線越しに夜空が広がるだけで、恐ろしい赤い顔はいませんでした。
だから安心して自宅まで歩いて帰ったのかと?
いえ、全力疾走で帰りました。
あの信号機から自宅まではそう遠くない距離だったので、早く親のいる自宅に帰りたかった事もあって、車に気をつけながら何度も後ろを振り返って帰路に着きました。
5分後くらいには自宅について、玄関の鍵を開けて室内の明かりを点けて振り返って扉を閉める。
この扉を開けてから閉めるまでの一連の動作が心底怖かった記憶があります。
扉を開けて奴がいたらどうしよう。
家に入って振り返って奴がいたらどうしよう。
扉を閉めながら隙間から見える外に奴がいたらどうしよう。
緊張しながら閉めて、閉め切った時に周りを見渡して何もいない事を確認すると、やっと安堵の声が出た記憶があります。
玄関から入ってすぐキッチンになっているので、キッチンの水道で手を洗って、濡れた手をタオルで拭いた後、居間に向かいながらキッチンの勝手口の窓をなんとなく見ました。
うちの勝手口から見える景色は鬱蒼とした林が広がっていました。
住居である県営住宅の庭にあたる部分ですが、ミニ森林のような場所ができあがっていて、その林の中に秘密基地を作れるくらいでした。
その林をキッチンからじっと見つめて、あの赤い顔がいないか、ついてきていないか、しっかりと確認して、いない事が分かると居間に向かいながら、もう1度林の方を見ると林の奥に赤い顔がいたのを覚えています。
赤い顔はずっとついてきていたのです。
僕は怖くなって居間に敷いてある布団に潜り込んで寝ました。
狭い間取りだったので、僕の布団の横には母の布団があった事もあり、安心したのか疲れていたのか、僕はすぐに寝てしまいました。
その日以降、僕は10年も20年も、その赤い顔の事を忘れた事はありません。
あの赤い顔に追われた祭りの日の数日後、僕は小学校のお昼休みの時にジャングルジムに登って遊んでいましたが、ジャングルジムのてっぺんに到達した時、突然聞こえてきたんですから。
『あ"』
その声と同時に何故か僕は足を払いのけられたかのようにジャングルジムから真っ逆さまに落ちてしまい、気を失ってしまいました。
気がつくとジャングルジムの横に寝転んだまま、母親と友人が横にいました。
顔中血だらけ、口の中は砂利だらけ。
救急車を呼ぶところだったのですが、一旦保健室前の水道で顔を洗って、口もすすいだ後、僕が病院を拒んだようで、無理やり連れていかれるところを頑なに拒否した記憶があります。
何故拒否したのかはもう覚えていません。
今も覚えているのが口の中の砂利を噛み締めてジャリっと嫌な音が骨を通じて鼓膜に届いたあの不快感です。
結局、僕は病院にいかず、学校の保健室で治療を受けてその日は下校しました。
きっと僕の事なので、病院に行かなかった理由は学校をさぼって家でゲームができる!などと思ったのでしょう。
まあ、熱が出てゲームどころでは無かったのですが。
今思えば、あの神社から追ってきた赤い顔は僕に怪我を負わせる事を目的としていた悪霊なのか、もしくは顔に怪我をするぞという警告を出してくれていた守護霊なのか、今となっては何も分かりません。
というよりも世の中で発生する心霊現象自体が僕には良く分かりません。
起こるべくして起こっているので、自分にはどうしようも無い事象の1つ、という認識です。
あれから15年くらいが経った時に、一緒に祭りにいった しんちょ とたまたま会う事があって、しんちょ に当時の事を聞いてみたんです。
祭りの事、赤い顔の事、声の事。
しかし、しんちょは祭りの事は覚えていても声も赤い顔も覚えていないんです。
声は実際に当時も聞こえていなかったようなので、分かります。
しかし、赤い顔は一緒に逃げていたんだから、何故忘れてしまったのか⋯⋯。
それともあの出来事は僕の妄想だったのか。
心霊現象と遭遇する度に「自分の頭がおかしくなって妄想しているだけでは?」と疑う事も多くあります。
でも小学生の頃に赤い顔に追われて、数日後にジャングルジムから落ちて負傷をした事が妄想だったなんて思いたくないんです。
だって、落下した時に負傷した顔⋯⋯いや、鼻は今でも折れたままなのですから。
そして、今でも忘れません。
今だって突然あの声が聞こえてくるのでは無いかと考えてしまう事があります。
あの声は一体なんだったのか、一生知る事は無いのでしょう。
最近はめっきり心霊現象に遭遇する事も無くなったので、あの声を聞く事はもう2度と無いでしょう。
もう1度聞きたい、などとは思いませんし、怪我をした事を考えるなら聞こえなくて喜ぶべきなのだと思う。
それでも、あの声が何かのメッセージだったとしたら?
そう思うと、少なからず邪険には扱えない体験だったのかと考えてしまいます。
その後、N神社の土の中に隠した「ボトムズ、ダグラム、ゴーグの "チョロQに変形するおもちゃ"」は、何度同じ場所を掘り返しても見つかりませんでした。
誰かが持ち去ってしまったのかもしれません。
読んで頂きありがとうございました。




