表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/38

38:建国宣言

 ダナット王国の陥落から二日後。

 大陸全土を揺るがした一報の始まりは、隣国へ逃げたギデオン王自らがもたらした。


 彼はリブレア共和国の捕虜となりながら、不死王の脅威を処刑されるまで訴え続けた。


「《不死の軍勢》は止まらんッ! 我らがエリシア教を捨てない限り……

 奴隷やノーライフを開放しない限り、必ずやあの常闇の王は我らを罰しに現れるのだッ!」


 共和国議会の議員たちはすぐに察した。

 ギデオン・ダナット王はわざと逃がされたのだと。


《不死の軍勢》の脅威を世界へ喧伝するため――

 安易に刃向かえばどうなるかを知らしめるため、隣接する共和国に逃がされたのだと。


 共和国という政治体系が災いし、ギデオン王の言葉は国中に広がった。

 信じる者、信じない者……民の反応は様々だ。


 結果として、少なくない数の奴隷やノーライフが市場に溢れた。

 未知のリスクを背負った彼らの市場価値は徐々に崩れ始め、野に放たれる者も出始める。


 奴隷市場、ノーライフ市場の崩壊。

 だが共和国はその問題にまで手が回らなかった。

 貴族を含めたダナットからの難民対応や、共和国としての方針の協議。

 たった一人から始まった戦いは徐々に大きなうねりとなり、世界を変えていく――



※※※



 ダナット王国の陥落から一週後。

 エリシア神聖国にある大聖堂内にアルカ・アルルナディアの姿はあった。

 荘厳な光が審問会を照らし、彼女を囲むように四つの席が埋まっている。


「異端に敗れるばかりか、同盟国を失うとは由々しき事態ですね」


 創造神の像を背に、一番高い席に教皇が腰かける。

 彼女の言葉に少女は項垂れて動かない。

 

 ダナットで敗れた彼女は教会に回収された後にエリシア神聖国へ送られていた。

 その時点で呼吸が止まっていた彼女を癒し、この世界に留まらせた女がアルカを咎める。


「アタシが何のため、聖刻の末席如きに禁忌階梯の魔法を施したと思ってんの?」


 責める言葉に虚ろな瞳のアルカが顔を上げる。


「何か言いたいことがあるのかい? 言ってごらん」


 優しい男の言葉がアルカの発言を促す。


「一つ……お聞きしたいことが……あります……」


 ぽつりとアルカが呟き、静寂が彼女の問いを許した。


「《友愛(ゆうあい)》……ルシル・ブランシェットの最期についてです」


 空気が凍った。

 聖刻騎士たちの表情は変わらないが、アルカははっきりとそう感じた。


「彼女は本当に……ノーライフに殺されたのでしょうか?」

「そう報告を受けています。 彼女の魂は愛に満ち溢れた天界へと召され、

 創造神様より格別に愛されていることでしょう……」


 アルカの中で、何かが音を立てて崩れていく。

 以前は盲目的に信じられた教皇の言葉が、耳から入っても胸に届かない。



「本当に……私たちの教義は、正しいのでしょうか……?」



 ぽつりとアルカが漏らした言葉に。

 聖刻騎士たちは各々の魔力を滾らせる。


「予め弁解しておくけどさぁ……アタシの治癒は完璧だからね?」

奉献(ほうけん)》はまるで壊れた玩具を見つめるように、冷めた瞳でアルカを見下ろす。


「仮にも死んだ後だ。動揺から言葉が出ても仕方ないよ。怖かったんだよね?」

英雄(えいゆう)》は労わるように、けれど真意を探るようにアルカを見下ろす。


「……異端なり」

静謐(せいひつ)》は初めて口を開き、疑いを口にしたアルカを批難の眼差しで見下ろす。


「……聖刻を賜った騎士のみで行われる最高位の神聖審問会にて、

 まさか創造神様を疑う言葉を口にするとは……前代未聞です」

賛歌(さんか)》は呆れと失望から言外にアルカを叱責する。


 同時に教皇の役職に就く彼女は、《末光(まっこう)》へ今回の処分を言い渡した。


「《末光(まっこう)》アルカ・アルルナディア。

 神聖審問会はあなたを三階級の降格とし、聖刻《末光(まっこう)》の使用を禁じます。

 神聖騎士の一人として再び信仰を積みなさい」


 聖刻騎士たちはその決定を聞き届け、思い思いに離席していく。

 審問会に一人残されたアルカはゆっくりと項垂れた。


「何が正しいのですか……? 何が間違っているのですか……?」


 その呟きに答える者はいない。


(ルシル姉様はノーライフに殺されたのに、何故ノーライフキングの味方を……)


 もし。

 もしも。


 アスラの言葉通りノーライフが人間ならば。

 彼らは使い潰していいような存在ではない、アルカたちと同じ人間ならば。


 アルカや教会が長い歴史の中で行ってきた所業は――到底許されるものではなくて。


「……っ!」


 こみ上げてきた吐瀉物をアルカは飲み込む。

 恐ろしく不快な眩暈がした。


「……僕たちはどうしようもなく、人間なんだよ」


 アスラの言葉が脳裏に響く。


「私の信じた光は、どこにあるというのですか……?」


 アルカは彼女を見下ろす創造神の像は。

 これまでと変わらず沈黙のまま、迷える信徒を見下ろしていた。



※※※



 城塞都市ルーティカ。

 改め――《王都アライブ》。


 辺境伯の屋敷が建っていた丘は整備され、新たな城が建てられていた。

 上層部に設けられた玉座の間に集まるのは魔将たちだ。

 アスラは王座に腰を下ろし、並び立つ彼らを見下ろす。


「みんなお疲れ様。

 おかげでダナット王国はなくなって、僕たちの国がすぐに攻められる可能性はなくなったよ」


 フィリオの連れた魔物たちが居座り、ダナット王都は復興不可能だ。

 戦いにおけるノーライフや元奴隷の死者はゼロ。

 一般国民たちは隣国へと流れ、戦いは《不死の軍勢》の完全勝利に終わっていた。


「王様としてみんなの功績を讃えないとね。まずは……セレスティナ」


 セレスティナはうやうやしく一礼する。

 愛する人から褒められる幸せに、彼女の心は今にも踊り出しそうだ。


「《夜天の宮殿(ナイト・パレス)》で王様に襲い掛かった罰を与えるね」

「ぅぇあ!? あの、ワタクシは……褒めてくださらな……え?」

「あれ意識なくても普通に謀反だよね。何か言い分はある?」

「おかげでアスラ様への愛が深まりましたわ!」

「すがすがしいくらい反省してないね! 僕の寝室から永久出禁です」


 膝から崩れ落ちるセレスティナ。

 アスラは表情を引きつらせる狼の獣人を見下ろす。

 その獣人は、謀反に心当たりがあり過ぎたからだ。


「次にフィリオ。

 勝手に《不死の軍勢》を抜けたいとか言い出した挙句、神殿に独断先行した罰を与えるね。

 しばらく子犬くらいの大きさで生活して。出来るでしょ?」

「ぐっ……それは流石に、俺の嵐狼(フェンリル)としてのプライドが……」


「あとマキシアって誰なのか後で聞かせてもらうからね。

 次にマークス。ダナット軍撃滅の功績により工房の予算を大幅に増額。

 資材も優先的に回すね!」

「――歓喜。アスラ様こそ至高の王。これからも期待に応え続けよウ」


「思いきり私利私欲じゃああああっ!」


 項垂れて役に立たないセレスティナとフィリオを押し退け、声を荒げたのはゼィリルだ。

 彼女は《不死の軍勢》筆頭幹部として、時には王を諫めなければならない。


「マークスの工房を潤わせて遊び易くする気じゃな!?

 次はどこを吹き飛ばす気じゃ!? 筆頭幹部として見過ごすわけには……」

「文句あるの? じゃあまた僕を刺す? 主を間違えるって普通に謀反だよね?」

「くうう~……っ!」

「でもまぁ……ゼィリルにはお咎めなしかな」


 アスラは玉座から立ち上がると、肩を落とす彼女の前に立った。


「初めて声を掛けてくれてから、戦いの手伝いに国の管理……いつもありがとう」

「あ、当たり前のことをしたまでじゃ!? 改めて申すでない!?」

「……ん」


 アスラの広げた両腕にゼィリルの眉が(ひそ)められる。


「……何のつもりじゃ?」

「だってゼィリル、僕のこと大好きでしょ?

 だからご褒美の抱擁。今だけだよ?」

「く、くうう~……っ!!」


 その甘い言葉に促されて。

 数秒の躊躇いの後、ゼィリルはアスラの腕の中にすっぽりと収まる。


「ワ、ワタクシにもご褒美ぃぃぃぃっ!?」


 ゼィリルの服を引っ張り、血の涙を流して嘆くセレスティナ。

 アスラは筆頭幹部の耳元にこっそりと囁く。


「もう僕を試すような真似はしないでね? どきどきするんだから」

「妾はアスラ様を試してなど……」

「じゃあ《堕魂の(ウィスプオブ)鏖殺者(スロータ―))》のくせに僕の魂の状態を見誤ったの?」


 僅かに見開かれたゼィリルの瞳がその答えだった。

 いくつもの試練を突破し続ける魂が、彼女にはたまらなく喜ばしい。


「ゼィリルの悪い癖だよね。伯爵の屋敷でも僕を試して……」

「妾からも問わせてもらうが……アスラ様はいつ聖具の存在に気付いた?

 そうでなければ忠が移るようにはせぬじゃろ?」


 彼女が指摘したのは軍勢を壊滅させかけた教会の切り札だ。

 臣下の心がアスラ個人を慕っていなければ、戦いは敗北に終わっただろう。


「僕はみんなと仲良くなりたかっただけ。ただの偶然だよ?」

「仲良く……?」

「魔の者は力に従う……最初に聞いた時に思ったんだ。そんな主従関係は嫌だなって」


 抱擁を終え、アスラとゼィリルは至近距離で見つめ合う。


「僕はみんなの心も欲しかったから」

「たわけめ……とっくに妾たちの心はアスラ様の虜じゃ」


 勘が鋭すぎる王にバレまいとして。

 ぼそっと呟いてから、ゼィリルは嬉しそうに微笑むのだった。


【カラカラカラッ! 皆、アスラ様のお言葉を待ちわびておりますぞ!】


 木製の扉を開け放って現れたのはカラガンだ。

 彼は場の空気など構いもせず、今日も快活に骨を鳴らして笑っていた。


「じゃあ……始めようか」


 アスラは臣下たちを伴ってバルコニーへと出る。

 そこから見渡す限りの広場や道には、民の姿があった。

 姿を現した王を目にすると、彼らは割れんばかりの喝采を送る。


「なんか……聞いてたより国民が増えてない?」

「王都の奴隷やノーライフたちに加え、アスラ様の噂を耳にした流浪の民が集った結果じゃ」

「半吸血鬼もおりましてよ? いずれはワタクシの警備隊に加えますわ」

「そっか……ようやく僕の国は始まるんだね」


 見渡す限りに国が広がっていた。

 人間も魔物も分け隔てなく暮らし、笑い合い、自由を謳歌する国があった。

 歓声はやがて沈静化していき、王都アライブは静まり返る。


 民は待っていた。

 自分たちの上に君臨するに相応しい王の言葉を待っていた。


「うわぁ緊張するなぁ……こんな大勢の前で話すの初めてだよ」

「格式を重んじる必要もなかろう。アスラ様の言葉を皆が待っておる」

「よし、じゃあ……僕流で!」


 アスラはゼィリルの言葉を受け、バルコニーの手すりに勢いよく飛び乗った。


「ふふ……はははははっ! あーはっはっはっ!」


 無尽蔵の魔力で拡散された声が街の隅々まで響き渡る。

 その不格好な笑い声に野良猫は何事かと跳ね起き、何羽かの鳥が油断から家屋にぶつかって失神した。


「今日、僕は建国を宣言するッ!」


 民たちは両耳から手を放し、歴史に刻まれる一ページを仰ぐ。


「ここは世界に居場所がない皆が自由に笑い合える国だ!

 面白おかしく暮らして、使い潰された仲間や友達、家族の分も生きよう……ッ!」


 たった一人から始まった反乱だった。

 見捨てられた命の在り処を守る戦いは死者の思いも継いで今、一つの形を成す。


 大陸の東の果て。

 確かにそこには不死王が治める国があった。

 虐げられた誰もが自由を謳歌する国があった。


「で、肝心の国の名前だけど……《アスラ帝国》とか《大アスラ様を奉る国》とか、《血で血を洗う魔王国》とか《【募】お嫁さん王国》とか、却下ね却下ッ!

 みんなセンス磨こうねッ!?」


 民たちは一斉にブーイングだ。

 忠誠心もかくやという光景だがアスラも民も皆、一人残らず笑っていた。


「じゃあ今から魔将大絶賛だった僕考案の名を発表するよッ!」


 フィリオは誇らしい友の背を頼もしく見つめ。


 マークスは名の良し悪しが分からず首を傾げ。


 セレスティナはうっとりと愛する背に見惚れ。


 ゼィリルは永遠の忠誠を胸に王へほほ笑みを送る。



「僕たちの国の名は――」



 そしてアスラは、声高々にその国の名を叫ぶのだった。


これにて一旦の終わりとなります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われた方は、ぜひ下の☆評価をよろしくお願いします!

【追記】GAノベル様より書籍化決定しました!5月刊行予定です!

https://www.sbcr.jp/product/4815631352/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ