30:宣戦布告と血まみれの開戦
ダナット王国王城、玉座の間に一人の兵士が駆け込む。
「通信魔法により伝令! ラナン森林区にて《不死の軍勢》と会敵!
我が軍の損害甚大ッ!」
知らせを受け、玉座の間に集った国の高官たちは天を仰ぐ。
派兵したのは王国軍四師団の精鋭たちだった。
一師団で《魔界の庭》から溢れた魔物を抑え込める実力者たちに何が起こったのか、彼らには知る由もない。
「ぐぬ……どういうことだッ!? 魔物如きに後れを取る鍛え方はしておらんぞ!」
ダナット王国軍で将軍を務めるゴルディオスは歴戦の指揮官だ。
整えられた髭に屈強な肉体。
眼光は魔熊を思わせる程に鋭く、一般人なら震え上がる程の威圧感をその身に纏っている。
「これは由々しき事態ですぞ、陛下ッ!」
平民から成りあがった彼は指揮だけでなく武の才もあり、王家からの信頼も厚い。
ギデオン・ダナット王は玉座から離れ、窓際で街を見下ろして眉間を揉んだ。
「……《末光》殿の見解を聞きたい。余は妙な胸騒ぎを覚えているのだ」
呼ばれたアルカはその場で片膝を折る。
「ノーライフキングは軍を二つに分けたかと。ルーティカの守りに彼は残っていないでしょう」
「それは何故か?」
宰相の問いにアルカは迷いなく答える。
「王都に私がいるからです」
「……余が配したのであったな」
「異論はありません。教会は王国の元で活動を赦されておりますので、
令とあらば私はここで陛下をお守りしましょう」
「そのための策が、張り終えた神聖魔法による広域防御結界か」
ふんっ、とゴルディオスが大きく鼻を鳴らす。
アルカの力は認めていても、外様が自分の領域で好き勝手することが気に食わないのだ。
「ではなぜ、魔物ごときを相手に後れを取るのだ?」
「ただの魔物の群れではありません。六百年以上前、世界を征服しかけた軍勢なのです」
ですが、とアルカは言葉を続ける。
「ノーライフキング……アスラには守らねばならない物が多いように見受けられました。
それにこちらには人質がおりますので手出し出来ないでしょう」
「そうか。そうであったな……」
玉座の間にいる全員の視線が、離れた位置にいる女性に注がれる。
ただ黙して立つゼィリルはアルカの指示通り、その場で忠実に在り続けていた。
「王都への侵攻を止めるためにも、ルーティカへの攻撃は有効に……ゆう、こうに……」
「どうした、《末光》殿」
「……ッ!」
アルカは見てしまった。
振り返ったギデオン王の背後。窓の外に浮かぶ小さな影を。
「あれは……ッ!」
ざわつく玉座の間をそのままに、アルカは駆け寄った窓を開け放つ。
王都を覆う半円状の広域防御結界の外。
深紅の翼を腰から広げ、その少女は凄惨に笑っていた。
「《始血夜姫》セレスティナ・ディアクロイツがここに……
血まみれの開戦とダナット王国の滅亡を宣言させて頂きますわッ!」
瞬間、彼女の小さな体から噴き出す膨大な量の血液。
それは巨大な球体を成し、王都の半分に影をもたらした。
右腕を頭上に掲げた彼女は、躊躇うことなくその血を放つ。
「――《屈せよ紅き血の終末領域》」
ゆっくりと落ち始めた攻撃を前に、アルカは窓枠を掴むとその体を持ち上げた。
「っ……何てことをするのですか……ッ!」
アルカは王城の外壁を走って上っていく。
その間も、刻一刻と深紅の球体は王都に近づいていた。
空の明滅は広域防御結界が軋んでいる証。
それは最後に大きく光ってから、せめぎ合っていた球体の通過を許した。
完全な力を取り戻したセレスティナの一撃に、防御結界は耐えられなかったのだ。
「何だ、何だあれッ!?」
「知るかよ、逃げろ逃げろォォォ!」
地上の混乱が遠い。
アルカは迫る脅威を前に迷いなく剣を正眼に添えた。
落ちればどうなるのか。
それは間違いなく、凄惨たる結果をもたらすに違いなかった。
「聖刻開放――《末日に我が剣よ残響する光となれ》」
王城の頂に辿り着いたアルカは惜しむことなく聖刻を開放。
一息に三つの斬撃を重ね合わせ、終わりの一閃を巨大な球体の中心に定める。
アルカは踏み込んだ足を城に突き刺し、己の全てを開放した。
「《光臨剣・末日》ッ!!」
振り下ろされた光の斬撃は光線のように一直線に伸び、球体に直撃する。
骨が軋み、肉が魔力で熱を帯びる。圧し掛かる超重量にアルカの体が悲鳴をあげていた。
(……ルシル姉様、お力をお貸してください……ッ!)
アルカは祈りと共に、ありったけの息を吸う。
吐き出すのは魔力と共に。
「はあああああぁぁぁぁッ!」
光が貫いた球体は――液体ではなかった。
破片は上空で粉々に砕け、王都の至る所へ散っていく。
「はぁ、はぁ、間に合いましたか……?」
疲労から肩を揺らすアルカ。
人々を守れた安堵はしかし、セレスティナの声に砕かれる。
「さぁ、起きなさい……ワタクシの《眷属》たち!」
悪夢は終わらない。
飛び散った彼女の血の欠片は人型となって起き上がる。
鋭く尖った手足を器用に動かし、顔のない頭で動く姿に恐怖するなという方が無理な話だ。
《夜天の宮殿》で技研警備隊を惨殺した怪物たちは、
より俊敏な動きでもって敵意ある者たちを次々に屠っていく。
だが成すすべなくやられる者だけではない。
「王都を守るは王国兵の志。民を守り怪物を退治するのだッ!」
城を出たゴルディオスの号令で兵士たちが眷属へ斬りかかっていく。
怒号と人々の悲鳴を耳に、アルカは聖刻を解除した。
(やられました……っ!)
既に空にセレスティナの姿はなかった。
額から流れる玉のような汗を拭い、アルカは肩を落とす。
――だが、最悪はまだ終わらない。
「ウオオォォォォォォォンッ!」
防御結界を失った王都の正門が爆ぜる。
粉塵を纏いながら現れたのは大柄な狼男――《幽昏の嵐狼王》フィリオ・ハウルダートだ。
彼の背後から現れた魔物の群れが、手薄になった王都へと雪崩れ込んでいく。
【フォッフォッフォ! 急な声かけでしたが数は揃ったようで何より】
王都へ堂々と侵入したフィリオの肩にフクロウが止まる。
世界が揺れる時を最前列で見られると持ち掛けられ、悩みもしなかった庭の賢者だ。
「不甲斐ない姿ばかり見せられん。今こそ憂いなくアスラ様のお役に立つ時ッ!」
四足の獣からオークに竜の亜種。
飢餓暴走を彷彿とさせる暴力は兵士の詰め所を踏み潰し、家屋をなぎ倒していく。
だがアルカが最も危機感を抱いたのは後続の者たちだった。
【カラカラカラッ! 祭りの時間じゃァァァッ!】
【獣共に後れをとるな。我らアンデッド族の意地を見せる時ぃぃ!】
【お嫁さぁぁぁんっ! お嫁さぁぁぁんどこぉぉぉぉっ!?】
フィリオが突破した道に後れ、亡者たちが雪崩れ込む。
実体のないゴースト系に腐れ系の魔物たち。
無機物を纏う魂たちまでもが、熱を帯びて王国民に惨劇を押し付ける。
「なんで王都に魔物が、やべぇぞ逃げ、やめ、やめろぉぉぉぎゃあああぁぁぁっ!」
「お終いだぁっ! 王都もルーティカの二の舞になるんだぁぁっ!」
高い位置から事態を凝視していたアルカは悔しさから奥歯を噛みしめる。
アスラを討つ聖務があるため、彼女には自由に人助けをする選択肢はないのだ。
〈……防御結界の状況はどうなっていますか?〉
〈完全破損です。再展開には少々お時間が……〉
通信魔法から届く部下の声は渋い。
現場の混乱を声色から聞き、アルカは目頭を揉んだ。
〈最優先で防御結界の再構築を進めてください。
あれにはノーライフキングを討つための秘策が含まれています〉
〈隊長、俺たちは事前に決めた配置でいいんですかい? あの将軍と連携して動きますが?〉
割り込んだ声は副隊長ヴィクトルのものだ。
既に王都中に配備されている彼らは、迎撃の準備を済ませている。
〈手筈通りにヴィクトルへ《末光隊》の指揮権を移行します。騎士を率いて街の人々を守りなさい〉
〈了解。隊長一人で大丈夫ですかい?〉
〈……誰に聞いているのですか? ノーライフキングは私以外に討ち取れません〉
通信魔法を切り、アルカは城を滑り降りていく。
(魔物はヴィクトルたちと王国兵に任せるしかないようですね。
それより問題なのは……貴重な聖刻開放を一回使わされてしまったこと)
アルカは剣を鞘に収めてからゆっくり呼吸を整えていく。
(……どうやら私も守らなければならない物が多かったようですね)
アスラに聖刻の使用回数を教えてしまったのは彼女自身だ。
うかつだったと自戒しながら玉座の間に体を潜り込ませる。
「な、なんとかするのだ聖刻騎士ッ! それが貴様らの役目であろう!?」
アルカを迎え入れたのは、動揺一色のダナット王国の面々だ。
中でも国を失いかけているギデオンは狼狽を隠そうともしていない。
「落ち着いて下さい、ギデオン陛下。
今回の《不死の軍勢》はノーライフを守ることを大義としています。
彼らを肉の壁にすることで被害拡大を防げるでしょう」
「し、しかし……」
ギデオン王をはじめ、宰相や国の高官たち、護衛兵士たちも何か言いたげだ。
アルカは彼らが口を開くより前に問いかけを重ねる。
保身――彼らの大事なものを、齢十六の少女はよく分かっていた。
「陛下、この城にどこか安全な場所はありますか?」
「地下はどうだ……っ! 酒を収めた地下の蔵が!」
宰相の発案にアルカは頷く。
「ではそこへ隠れてください。まもなくここは――」
斬撃が扉を切り裂き、躯の兵士たちが玉座の間に雪崩れ込む。
アルカの手は慣れた所作で自然と剣の柄へと置かれていた。
「――戦場となるでしょう」
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