29:閉ざされた未来
前半はアルカの回想です。
それは、よく晴れた日のこと。
雲一つない青空の下で、幾度となく剣が振られる。
「遠征後に鍛錬? アルカは熱心ね」
汗を滴らせ、肩を上下させる少女の背後にいつの間にか師が立っていた。
「ルシル様……」
「姉様と呼んでくれないの?」
「しかしここは鍛錬場ですし……」
エリシア王国の騎士鍛錬場にアルカとルシル以外の人影はない。
青空の下で暖かな風が吹き、緑色の芝生を揺らしていた。
「……ルシル姉様」
「それでよろしい」
三つ編みに結われた髪を揺らし、ルシルが優しく微笑む。
武でも心でも、アルカは師に遠く及ばないことを痛感した。
「山賊団の討伐は大活躍だったと聞いたわ。少しくらい休みなさいよ」
「私は……まだまだです。創造神様より《聖刻》を賜りましたが騎士としては未熟そのもの……」
「山賊に捕まっていた奴隷の話は聞いたわ」
アルカは中隊を率い、長年悪さを働いていた山賊団のアジトを叩いた。
山賊は壊滅。騎士たちに怪我人はなし。
作戦としては大成功だ。
しかし山賊団のアジトを調べた際にアルカは見てしまったのだ。
「アルカ。人間とはどこまでも残酷になれる生き物よ」
山賊団に捕まってしまった人々と、使われていた奴隷たちの末路。
犠牲者の具体的な数は山賊が焼いたか埋めたため不明だ。
生き残った人も楽しまれた後であり、彼らは誰一人正気を保っていなかった。
助けた騎士から剣を奪い、自らの喉を突いて全員が死んだ。
まだ齢十三になったばかりのアルカの目の前で、である。
「私がもっと強ければ……もっと早ければ……彼らは死を選ばなかったかもしれない」
山賊団の討伐は教会の優先度が低かった。
散々後回しにされ、今回ようやくアルカの嘆願で討伐の運びとなったのだ。
「……一試合頼めるかしら?」
「ルシル姉様とお手合わせ出来るなら嬉しいですが……?」
ルシルは腰から短剣を抜いてアルカと相対する。
深呼吸の後に見開かれたルシルの鋭い相貌は、
もう四年も前から師事していたアルカには恐ろしいことこの上なかった。
「……っ!」
一息でルシルが肉薄する。
アルカが振り下ろした刃を紙一重で避けた彼女が短剣を突く。
(どうして、こんなにも……重いのですかっ!?)
アルカが短剣を横から弾くと、ルシルは自由な左腕を重心にして間合いを諦めない。
剣を振りながら後退しようとしたアルカへ、ルシルは連続で刃を叩きつける。
「反撃していいのよアルカ?」
上段から下段、自在に軌道を変える攻撃を捌くのがアルカの限界だった。
同じ聖刻騎士といえど、これだけ力量に差が生じる。
自覚した未熟さにアルカの肩が入った時だった。
「雑念が混じってるよわよッ!」
手のひら程の刃渡りから繰り出される四連撃。
体の捻りとバネを利用した斬撃にアルカの剣が震える。
(まだまだ、私だって……ッ!)
ただの一度も見破れたことのない剣撃をしかし、アルカは初めて三連撃まで耐えた。
後ろにあった重心を前へ移せたのは意地だ。
大きな踏み込みはしかし、まだルシルには遠く及ばなかったが。
「な、あ……」
アルカの喉元に短剣の刃先が添えられていた。
握っていた筈の剣は手から離れ、くるくると舞った後に近くに刺さる。
「あと一歩、足りなかったわね」
ルシルは涼しい顔で短剣を鞘に収める。
一気に力が抜けてしまってアルカは尻餅をついた。
「その一歩が遠いのです……」
「僅かな差よ。それを感じて欲しくて手合わせしたんだけどね」
ルシルはアルカへ屈んで目線を合わせた。
人懐っこい笑みを浮かべてはいたが、ルシルの目は真剣そのものだ。
「勇気と信心で踏み込むの。そうすれば……あなたは誰よりも強い光になれるわ」
「誰よりも、強い光……」
「あなたが賜った《末光》は未熟な光の意味じゃない。
騎士たちの背を守り、希望で闇を照らす崇高な光。あなたは己の理想で世界を照らしなさい」
ルシルは立ち上がるとアルカへ手を伸ばす。
「そしてもし私が倒れたら……私の夢はアルカが継いでくれると嬉しいわ」
「誰もが平和に暮らせる優しい世界……姉様らしいです」
「創造神様は私の夢に相応しい聖刻を授けてくださったわ。
きっと創造神様はいつも私たちを見ていてくださるのよ……」
師は誰よりも神に愛されている。
アルカはこの時、確信めいた予感を抱いていた。
《友愛》ルシル・ブランシェットの訃報が届いたのは一か月後のことだった。
エリシア神聖国の上層部は犯行に及んだノーライフを処刑。
アルカの手元に残ったのは事後報告書とノーライフへの強い怒り。
そして師であり姉のようでもあったルシルの理想だけだった。
※※※
神殿都市クィージナと城郭都市ルーティカの間にある大自然――ラナン森林区。
二万のダナット王国兵が森を抜けたのは正午過ぎだった。
四師団を指揮する総師団長のヨーゼフは、開けた草原で隊に停止の号令を飛ばす。
「あれが《不死の軍勢》か……なんて数だ」
悪夢が現実を侵食したかのようだ。
スケルトンから腐りかけのオーク、ゴースト系など実体が定かでない者もいた。
「数は我らの師団と同じか、それ以上か……」
ヨーゼフは馬を操り背後の軍へ振り返った。
「聞けーッ! ここで魔物を止めねば、蹂躙されるは我らが王都だッ!」
弓兵、騎士兵、騎馬隊、魔導隊。
共に修羅場をくぐってきた仲間の視線が、魔法で声を拡散させるヨーゼフに集まる。
「敵はノーライフキング率いる《不死の軍勢》。相手にとってこれ以上の不足なしッ!
今日、我らは死を踏み均し新たな伝説となるのだッ!」
割れんばかりの歓声が軍の士気を高める。
ヨーゼフは剣を抜き、切っ先をノーライフキングの軍勢へと向けた。
「総員、戦闘開始ィィッ! 魔物どもを薙ぎ払えぇぇぇッ!」
だが、しかし。
轟音と爆風が大地を揺るがした。
「な、何が……星の礫が、落ちたのか……?」
辺りに立ち込める土埃。
薙ぎ払われたのは、ダナット軍の魔導部隊だった。
死屍累々の兵たちは出鼻を挫かれたせいで混乱状態にあり、中には森へ逃走する姿もあった。
「総師団長! 上です、上からの攻撃です!」
「あれは……魔物なのか?」
ヨーゼフの見上げる空に、重装甲の甲冑があった。
軽量化された魔導砲を両手に抱え、彼は感情のない声で侵攻軍を見下ろす。
《不死の軍勢》が一角。
自ら進化するその鎧は、伝説の中でこう語られている。
《無創の虚鎧》。
それは何の慈悲もなく、人類史上最も多くの街を焦土と化した最悪の鎧。
「――戦闘開始。マークス・ナイン。鏖殺を開始すル」
※※※
ルーティカから逃げた人々により実しやかに囁かれていた噂は、
いよいよ現実のものとして国民に知らされていた。
「号外! 号外だーッ!」
記者たちが街中で情報をばら撒くが――
「ルーティカへ二万の兵が侵攻……ルーティカってあれだろ? アンデッドが暴れたとかいう」
「魔物との戦争ってことか? 討伐だろ?」
「王家に箔をつけたいんじゃないか? まぁ俺たちには関係ないことだろ」
――拾った号外を読むと、人々は興味を失ってそれを投げ捨てる。
失敗したのは国であって自分たちではない。
今以上に何か悪いことが起こっても、責任を取るのは王家だという思いが彼らにはあった。
王都に住む誰もがまだ気付いていなかったのだ。
《不死の軍勢》にとって、この世で生きる人間が等しく同罪であることを。
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