28:敗走と王都侵攻会議
「情けない男共ですわッ! 傍に控えておいてアスラ様に傷を負わせるなんてッ!」
「弁解するつもりはない。全て俺のわがままが招いた結果だ」
「マークスもマークスですわ! 助けに入らず高みの見物ですの!?」
「――弁解。己はアスラ様の合図を待っていた。人間が蟻のように小さかっタ」
「聞いてませんの黙ってくださいまし!?」
セレスティナの怒号に萎縮するフィリオと悪びれないマークス。
神殿での激闘から数時間後。
ルーティカの冒険者ギルドに臣下たちの姿はあった。
酒場も兼ねたその場所にはテーブルが並べられ、即席の寝台とされている。
「ゼィリルが操られるなんて……アスラ様の傷が致命傷でなかったのはただの偶然ですわ」
治療を引き受けたのはセレスティナだ。
フィリオは彼女の血液操作とアスラの治癒魔法により起き上がれるまでに回復している。
問題はアスラだ。
運ばれている間に気を失った彼の容体は依然として不安定で、未だ目を開いていない。
自らの傷に加えて、フィリオへ優先させた治癒魔法の行使。
その前に精神的な消耗をしていたアスラは、誰よりもぼろぼろだった。
「ああお労しやアスラ様……その傷、ワタクシが引き受けて差し上げたいですわ……」
セレスティナの細く綺麗な指先が彼の頬を撫でる。
荒い息遣いの彼を見下ろす臣下たちは、口にせずとも理解していた。
アスラは負けた。
挙句、《不死の軍勢》は指揮系統を失って半壊状態なのだと。
「――自省。底知れないアスラ様に……己らは気付かず頼りきっていタ」
マークスの容赦ない指摘に幹部たちは言葉がない。
かつて大陸中に混沌をもたらした《不死の軍勢》。
聖刻騎士も、冒険者も、魔物も――全て彼らの敵ではなかった。
それなのにたかが一国。
アスラなしで戦わなければならないことに、幹部たちが感じたのは――紛れもない不安だった。
静寂に圧し掛かる重い空気。
それを破ったのは控えめなノック音だ。
「カラガン殿に呼ばれてきたんだが……アスラ様はどうだい?」
冒険者ギルドの扉を開いて現れたのはドワーフの二人。
ディンセントとブランだ。
「……カラガン。どういうつもりですの?」
【カラカラッ! 揃ったようですなぁ】
セレスティナの問いに応えるように現れるカラガン。
横たわるアスラの影から這い出た彼を、幹部たちの鋭い睨みが迎える。
「王を守れない兵が何のつもりですの?
いい加減、手先でなく貴方の本体が出張るべき――」
【アスラ様が気を失う直前に召喚魔法経由で伝言を受けましてな】
「それを早く言いなさいっ! アスラ様はなんと……?」
ごくりと唾を飲むセレスティナ。
その場にいた全員が、一語一句聞き逃しまいと耳を傾けた。
【ダナット王国との最終決戦が始まるとのこと。それぞれの配置を伺っておりますぞ】
カラガンの空虚な眼窩はマークスに定められる。
【マークス殿は進軍するダナット軍から街の守護を。
アスラ様は影を開いたままにして下さるとのことで、魔の者を率いて対処に当たれと】
「――承知。必ずや全てを撃滅しよウ」
【ただし敵が投入したノーライフは生かして保護が必須。
《サンダーレイ》なる武装を使っても良いとのこと。
ゼィリル殿がいない故、好き勝手やってもバレないから平気平気……と】
「――承知。必ずや全てを撃滅しよウ」
理解したか怪しかったが、カラガンは構わずフィリオとセレスティナへ向き直る。
【お二方は明朝よりダナット王都へ侵攻。とにかく暴れて敵の注意を引いて欲しいと】
「聖刻騎士に神聖騎士……ダナット軍も引き受けろと? くくっ、面白い」
「アスラ様のため、王都を深紅に染めて差し上げますわ」
【特にセレスティナ殿にはド派手な一撃を最初にお見舞いして欲しいとのことですぞ】
「まぁ! 愛する王が望むのでしたら期待に応えなければなりませんわね!」
凄惨で凶暴な笑みを浮かべる幹部たちは気付いていなかった。
アスラからの言伝というだけで、不安だった心に容易く火を点けられたということを。
「――疑問。ゼィリルはどうすル? 見捨てるカ?」
「魂に刻まれる術式だと聖刻騎士は言っていた。解除方法などあるのかどうか……」
「では元になった肉体から離れても意味がありませんわね。
それにしても信じられませんわ。ワタクシが裏切っていたなど……」
「――疑問。かつて操られていたとして……なぜ術が解けていた?
本当に時間による摩耗かどうか検証せねバ」
【あいにくその時間はありませんぞマークス殿。
ゼィリル殿に関してはアスラ様が直々に手を下すとのこと。
処刑だとわくわくしますな!】
冗談か本気か分からない言葉にカラガン一人だけが笑っていた。
【刃向かうものに容赦は不要。鏖殺せよ――僕も遅れて参戦すると】
「……まるで目を覚まされる時が分かっているかのような物言いですわね?」
【アスラ様は今……ノーライフキングと対峙しております】
全員の視線が眠ったままのアスラに集中する。
専用武器を作るための最後の素材《黄泉の宝珠》。
その在り処は彼の魂の中にいるノーライフキングだった。
【より深く魂を知覚するためには、他の感覚は邪魔かもしれないと】
対峙するのは今回が初めてではない。
アスラは《魔界の庭》に捨てられ、満身創痍で死にかけていた。
体も精神も限界を迎えていたからこそ、魂の領域に意識が向けられたと考えたのだ。
【答えを知りに行くついでに宝珠取って来る……と、アスラ様は声を弾ませておられましたな!】
それは軍勢の負けを考えていない、彼らしい伝言だった。
「まったく、無茶をしますわね……ワタクシたちの王は」
「放っておけば死んでしまいそうだ。しかしだからこそ俺たちが支えねばならない」
「――疑問。アスラ様は一人だと死んでしまうのカ? 目を離せないのカ?」
今も戦う王を見下ろす幹部たち。
少し離れた位置でドワーフたちが顎鬚を撫でる。
「カラガン殿、そろそろ俺たちを呼んだ理由を話してくれんか?」
「大方、打てと命じられた剣のことだろう?」
【ご名答! これを届けろと仰せつかりましてな!】
カラガンが影から出したのは黒光りする鉱石だ。
アルカの襲撃が始まるより前に、自身の影へと落とした僅かな量である。
両腕で持ち上げられる量にドワーフたちの双眸は細められた。
「《堕ちた星》か! しかしこの量……剣を一本打てるかどうかギリギリの量じゃのう」
「くくっ、がははははっ! 王は仰られておるのだ! 失敗は許さないと! 儂らの腕を見込んでの挑戦じゃ!」
カラガンから受け取った星を抱え、彼らは豪快に笑い続ける。
「舐められたものじゃ! 一欠けらも無駄に出来んくらいで儂らが臆するとでも思うたか!」
「アスラ様が目覚めた時、必ずや最強の剣をその手に届けると約束しよう!」
上機嫌なドワーフたちは鍛冶場へと駆ける。
離れていく笑い声の中、釣られて笑い始めたのはセレスティナだ。
「ふふふっ……まるで始めから、アスラ様はこうなる可能性を考えていたかのようですわね」
「あながち間違いとは思えんのが恐ろしいところだ」
「――否定。ゼィリルは敵の手中。全て偶然の可能性が非常に高イ」
【カラカラッ! お目覚めになられたアスラ様に、我らの亡骸を晒すわけにはいきませんなぁ!】
未だに眠り横たわるアスラを前にして。
その王命を果たすべく、魔将たちは自然と膝を折り傅くのだった。
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