27:聖刻開放
「不死王を殺しなさい――《堕魂の鏖殺者》」
影から伸びた青い炎の剣が、アスラの胸部を貫通する。
手が、腕が、肩が――筆頭幹部が炎の光で影を強引に押し広げて顕現していく。
「――ゼィ、リル?」
瞳に宿るは光の環。
その顔には一切の表情がなく、道具のようにアスラを貫き続ける。
「調べて分かったのですが……六百年前。
この聖具《赦しの楔》のおかげで私たちは《不死の軍勢》を退けられました。
ノーライフキングは臣下たちに裏切られ、敗北を余儀なくされたのですよ」
剣を引き抜かれ、崩れ落ちていくアスラ。
筆頭幹部は無情に、冷酷に、王の体を見下ろしていた。
「アスラ様ッ!? 血迷ったかゼィリルッ!」
ヴィクトルの糸を切り裂いて風のように駆けるフィリオ。
彼は拳でゼィリルを殴り飛ばすと、倒れる王の体を受け止めた。
「なぜか《堕魂の鏖殺者》も貴方も、過去に打ち込まれた楔が消えていました。
記憶もなかったということは……長い時間が術式を劣化させたのでしょうね」
「そんな馬鹿なことが……まさか俺も……」
「ではなぜノーライフキングが敗れたのか答えられますか?」
アルカの指摘通り、フィリオの記憶は欠落していた。
殿を命じられた筈なのに、気付けばアスラに受肉させられていた。
彼だけではない。
魔将の誰一人、敗因を尋ねたアスラに答えられなかったではないか。
「そして歴史は繰り返す。貴方も私たちの手先となり、今回もノーライフキングを滅ぼすのです」
「アミュレットを砕けば……」
「術式は魂に刻まれる故に解除不可能。この聖具を破壊しても意味はありませんよ」
フィリオの腕の中でアスラが血を噴く。
治癒魔法はかかっているが、その命は瀬戸際だった。
「舐められたものだ。アスラ様に手をかけるくらいなら……俺は俺の喉を裂くッ!」
「その忠義お見事です。私も応えなければなりませんね」
渦巻くアルカの魔力。
光属性に変換されたそれは、フィリオの全身の毛をじんわりと炙る。
「――我が背に退路なし。ゆえに光となりて天への道を照らしましょう」
それは天へと捧げる祝詞だった。
それは真の力を引き出す祈りだった。
「ちょ、隊長っ! こんなとこでソレを使ったら――」
ヴィクトルが静止しようと叫ぶがもう遅い。
アルカの額に現れた印が輝きを解き放ち、聖なる光を顕現させる。
「聖刻開放――《末日に我が剣よ残響する光となれ》ッ!」
天より与えらえたその刻の真名を叫び。
眩い光属性の魔法がアルカを中心に爆発する。
余波を受けたカラガンたちは虚脱し、騎士たちに排されていく。
十秒にも満たない時間だ。
光は現れた時と同様、一瞬でアルカへ集束して消えた。
アルカが着ていた鎧の上から、新たに現れた光の衣が全身を覆う。
《聖衣》。
それは彼女が手にする剣と対を成す防御の光に違いなかった。
アルカの額にある聖刻が輝きを増し、呼応するように手にした剣が輝く。
「最悪の、目覚ましだね……」
「気付いたかアスラ様! 聖刻騎士による《聖刻開放》だ……ッ!」
うっすらと目を開くアスラ。
自力で立ち上がれない彼へ、アルカは狙いを定めていた。
「フィリオ……逃げて、いいよ?」
アスラは微笑んでいた。
フィリオを許した時と同じように微笑んでいた。
だから――男の覚悟は定まった。
「……俺が耐えている間に少しでも傷を癒されよ」
フィリオはアスラの体を優しく抱きしめる。
何をしようとしているのか、悟るにはその温もりで充分だった。
「フィリオ……また、死ぬ気だね……?」
「この事態を招いたのは俺の責。ならばこの命を以って忠を示すのみッ!」
二人を暴風の壁が包むと同時。
「ルシルより継いだ奥義……その身に受けなさいッ!」
アルカがその場で放った一撃目は横薙ぎの一閃だ。
光の斬撃は剣を離れて宙に滞留し、次なる刃が重ね合わされる。
【お供しますぞフィリオ殿オオオオオォォ!】
【骨身を粉にして盾になりましょうぞおおおおお!】
【カラカラッ! 骨ガード最強なりぃぃぃッ!】
アスラの影から這い出たカラガンたちが、次々と折り重なってフィリオを包む。
二連撃へ更に重ね合わせて三撃目。
流れるような演舞は見る者を圧倒する美しさで、終の一閃を刻む。
「何人たりとも……アスラ様には手出しさせんぞおおおおおぉぉッ!」
そして《末光》は腰だめに剣を構え――解き放つ。
「――《光臨剣・末日ッ!」
踏み込まれた一歩と共に、二つ名を冠したその奥義は放たれる。
一つ一つが絶技。
織られた四連撃は一つの斬撃となり、さながら光線のようにフィリオの背を焼き尽くす。
「ぐおおおおおおおああああああッ!」
「フィリオ、止めて……命令だよ……王様が命令してるんだ……」
「アスラ様を……友をッ! 俺はもう二度と失わんぞおおおぉぉぉッ!」
絶叫はやがて光に飲み込まれて消えていく。
神殿の無事など省みない攻撃だった。
眩い光は神殿を両断し、クィージナの街を大きく裂く。
残されたのはアルカと神聖騎士たち。
射線から外れていたゼィリル。
そして――全身を焦がし、意識を失っても尚アスラを抱える忠義の魔将。
神殿の天井が崩れ始めていた。
光の余波は静かに天へと消えていき、アルカは払った闇を見据える。
「……まさか私の聖刻開放を受け、まだ姿を保っているとは」
アスラが片膝をついて体を起こせたのは、フィリオが稼いだ時間のおかげだった。
傷ついたフィリオを労わるように、アスラは影の中へ彼を沈めていく。
「治癒魔法を臣下にも同時に走らせたようですが……無理をしますね」
「ぼろぼろの僕たちも仕留められないなんて大した切り札だね」
「私の聖刻開放は日に二度使えます」
アルカの額で再び聖刻が輝く。
その光景にアスラは笑うしかなかった。
「はははっ……馬鹿なんじゃない?」
アルカが一撃目を放つより先に。
アスラは裂けて青空を覗かせる天を指差す。
「僕の臣下はね……ゼィリルとフィリオだけじゃないんだよ」
指先から放たれたのは圧縮された魔力弾だ。
空の彼方へ飛んでいくと同時、裂けた天井から降ってくる影があった。
それは宙で落下軌道を変えるとアスラの眼前に降り立つ。
銀色の甲冑は一回り大きくなり、その背には火を噴く箱が背負われていた。
アスラと共同開発し、彼の膨大な魔力が込められた新装備だ。
「――報告。マークス・エイト……改めマークス・ナイン到着」
《無創の虚鎧》マークス・ナイン。
心がないと自認する彼は、どんなにアスラが傷つけられても助けに入らなかった。
しかしそれ故に無暗に介入せず、聖刻開放に照らされてもいなかった。
虚を突かれたアルカは未だに一撃目を放てない。
「飛行系の魔物でもないのに飛べるとは驚きました」
「――解説。己は進化する鎧であル」
「逃げるよマークス。僕を抱えて」
マークスはアスラを抱えると装備を点火。
その体は徐々に宙へと浮き上がっていく。
「――確認。ゼィリルはどうすル?」
「今は……助られない」
撤退に動くアスラたちを見上げ、アルカは手にした剣をようやく下げた。
「逃げるのですか? 負けを認めるのですね?」
「僕たちはまだ負けてない。王都で我が軍勢に怯えていろ……なんてね」
悪役らしいセリフをその場に残して。
マークスは白い雲を残し、アスラを空へ攫っていくのだった。
「隊長、追わなくていいんですかい?」
聖刻を落ち着かせたアルカにヴィクトルが駆け寄る。
逸る部下の姿を見て少女は剣を鞘へと納めた。
「追いつけないでしょう。それよりも王都の守りを固めた方が現実的かと」
「それじゃあ後手っすよ。許可貰えれば俺の部隊で……」
「随分とノーライフキングの臣下に手を焼いていたようですね」
「相性の問題っす。銀の糸じゃあ嵐は止められねぇ」
一言で威勢を制されたヴィクトルだが、それでも彼は食い下がる。
「……もう隊長が聖刻使ってルーティカ落とした方が早くないですかい?」
「聖刻を使った場合、復興不可能なほど滅ぼしてしまうでしょう。
ダナット王国の教会に対する心象は悪くなり、本国からも何を言われるか……
とにかく、政治的な要因で私は動けません」
「面倒っすねぇ聖刻を与えられるってのも」
「信仰心を疑いますねヴィクトル。聖刻を面倒呼ばわりとは」
「言葉の綾ってやつなんで聞き逃してください」
神聖騎士の数は三分の一に減っていた。
補充を頼もうにも、到着まであの不死王が待つとは思えない。
「予定通り、ダナット王都に神聖魔法による広域結界を張ります。
軍の力も借りて《不死の軍勢》を迎え討つのです」
「そう簡単に事が運びますかねぇ」
「彼には取り戻さなければならない臣下がいますから」
アルカの傍には以前、ゼィリルが控えている。
俯きがちの彼女がどういう存在なのか、動揺したアスラを見れば明らかだった。
「私たちに負けは許されません。
敗れればノーライフキングは世界征服の足掛かりを得、
ダナット王国に住む何の罪もない人々が不幸になるのですから……」
光が差し込む青空を見つめるアルカ。
その視線の先は、これから始まる戦争に定められていた。
「アスラ……新たなノーライフキング……」
少女の小さな双肩に圧し掛かる、人々の安寧と平和。
部下たちの不安と期待を背に、彼女は小さく祈りを捧げるのだった。
「必ずや勝利はこの手に――創造神エリシア様のご加護があらんことを」
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