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23/36

23:侵攻、神殿都市

「もう少し南に行ってみよう。透き通るような海があるって話を聞いたんだ」


 その少年は、彼の記憶の中ではいつも笑顔だった。


「フィリオは海で泳いだことがある?」

【グルルル……?】


 白く風のように柔らかな毛並みを揺らし、フィリオは喉を鳴らす。


「動物って水にぬれると萎むからさ、フィリオが泳いだら……ぷふっ」

【ガルルルル】


 少し不機嫌になって、フィリオは鼻先で少年を転がす。

 十メートルはあろうかというフィリオの体躯に、少年はなす術もなかった。


「ごめん、ごめんって。つい想像しちゃってさ」

【ウォフッ!】

「ともかくさ、見に行こうよフィリオ。僕たちならきっと楽しいよ?」


 フィリオ・ハウルダート。

 それが友の名付けた嵐狼(フェンリル)の名前だった。


 風の一族。森に君臨する獣の王。

 フェンリル種最後の一頭だったフィリオの毎日は戦いの連続だった。

 冒険者、光の者、密猟者……彼を討ち取り、富と名声を得ようとする者ばかり。


 人間は敵。

 その考えが普遍的なものになった時、フィリオは一人の旅人と出会った。


 マキシア・エフォード。

 彼は戦争で家を失い、独り身で世界を見て回るはぐれ者だった。

 その旅の後をつけ始めたのはただの暇つぶしだ。

 いつしか彼に見つかり、一人と一匹は寝食を共にするようになっていた。


「……フィリオ、もし君と言葉を交わせたら……もっと楽しく旅できるのになぁ」


 ただの暇潰しは、いつしかフィリオにとってかけがえのない時間になっていた。

 巨狼の首をマキシアは抱きしめる。

 人語を話せない喉がフィリオは恨めしかった。


 人間は敵。

 その価値観を飛び越えたマキシアは――フィリオにとってたった一人の友だった。


 ――あぁ。

 ――お前と言葉を交わせたら、どんなに嬉しいか。

 ――お前と旅が出来る幸せを、どうすれば伝えられるのか。


「いっひっひ……対価に《堕ちた星》を集めなァ。そうすれば望みを叶えてあげるよ?」

 フィリオの魂に強く刻まれた願いの先に。

 しわくちゃの顔を歪め、魔女が妖しく笑うのだった。



※※※



 神殿都市クィージナ。

 その街は王都と城郭都市ルーティカの間に位置し、敬虔なエリシア教徒巡礼の地でもある。


「神殿は刻名《末光(まっこう)》の名の元に封鎖されている。巡礼は控えよッ!」


 鎧を着こんだ神聖騎士の声に、教徒たちは渋々踵を返していく。


「はぁ、せっかくここまで来たってのに……」

「待ってりゃ封鎖は解かれんのか? 何が起こってんだ」


 平時は巡礼目的の旅の者で賑わう神殿へ続く大通りだ。

 しかし数日前から教会によって封鎖され、辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。


「巡礼には時間も金もかかる。同じ教義を信じる者として、追い返すのは心苦しいな」


 小声で不満を漏らす信徒の背中に、騎士たちがため息をもらす。


「暴動など起こらねば良いが……」

「この街で暴れようなどエリシア様の冒涜も同じ。流石にないとは思うが……」

「まぁ憂いても仕方ない。《末光(まっこう)》様が到着されれば信徒も納得するであろうさ」


 騎士が口にした刻名は街に厳戒令を敷いた少女の二つ名だ。

 彼女によって、クィージナに駐在する五倍の騎士が教会より派遣されていた。


「しっかし伝説のノーライフキングなぁ……本当にいるのか?」

「馬鹿お前知らないのか? ルーティカは攻め滅ぼされたって話だ」

「《魔界の庭》から溢れた魔物の飢餓暴走(スタンピード)って聞いたぜ。

 それより……っておい!」


 世間話をしていた騎士たちの横を通り抜けようとした、三人の教徒たち。

 外套を纏った彼らは、槍で進路を塞がれて足を止める。


「《末光(まっこう)》様の令により神殿への道は封鎖されている。巡礼ご苦労であったが……」

「通してくれる? 僕たち教徒じゃないけど神殿に用があるんだ」


 被ったフードの奥で少年が微笑む。

 騎士は自分たちの誤解に気付くが――遅かった。


「ゼィリル、フィリオ」

「「御意に」」


 青い爆炎が爆ぜ、打撃が生む衝撃が騎士たちを吹き飛ばす。

 数秒遅れ、飛び交う人々の悲鳴と怒号。

 殺到した騎士たちは各々の武器を構え、三人を取り囲んだ。


「貴様ら……まさかノーライフキングの手の者かッ!?」

「くっ……名乗れ! タダでは済まさんぞ!」


 騎士たちの殺気を一身に受け、少年は纏っていた外套を脱ぎ捨てる。


「ははっ、あーっはっはっはっはッ!」


 迸る魔力と共に、彼は高らかに笑い声をあげた。


「僕はアスラ。ノーライフキングの力を継いだノーライフだッ!」


 沈黙は数秒。

 我に返った神聖騎士たちは、一斉に光剣を発動させた。


「不死王を名乗る賊だ! 神殿に近づけるなッ! 続けぇぇぇぇッ!」


 外套を燃やしながらゼィリルが敵意に火をくべる。

 接近戦に持ち込もうとした騎士たちは吹き飛び、鍛えた体を宙に浮かせた。


「誰も僕がノーライフキングって信じてくれないんだよね。寂しいなぁ」

「まったく……派手に名乗ったものじゃ!」


 ゼィリルの放った炎の剣が騎士を串刺しにし、アスラの歩む道を拓く。

 数十名の騎士たちをものともしない堂々たる彼女の姿に、慄くなという方が無理な話だ。


「え、遠距離だ! 魔法を撃てぇぇぇッ!」


 放たれた光球はしかし、次々と宙で爆ぜていく。

 暴発とも違う異変に騎士たちは目を丸くするよりなかった。


「――《狼重爪(ウルズサイス)》ッ!」


 魔法の次は、それを放った騎士たちへ。

 まるで斬撃を伴った意思ある嵐だ。

 地面を、壁を蹴り高速移動を繰り返すフィリオの爪は、騎士たちを次々と黙らせていく。


「二人は名乗らないの? みんな大騒ぎで反応してくれて面白いのに」


 周囲で巻き起こる暴力を気にせずアスラは歩みを進める。


「《不死の軍勢》らしい格好良い名乗りが欲しいよね。最初に忠誠を誓ってくれた時みたいな」

「アレは威圧的じゃからの。アスラ様に相応しいかは疑問じゃ」

「それ僕が頼りなく見えるから不釣り合いって言ってる?」

「「……」」


 途端に忙しくなったのか、騎士たちの抵抗を無言で捌き続けるフィリオとゼィリル。

 アスラがじっとりとした瞳で見つめる先に、目的の神殿はあった。


 この世全ての汚れを排した純白だ。

 世界から浮いているとさえ思える様相は、この街の特別感を引き立てている。

 神殿自体に二階はなく、大人三人でも抱ききれない柱が整列して巨大な屋根を支えていた。


「さてと……フィリオ。

 君が何のために命を落とそうとしてるか、そろそろ聞かせてくれる?」


 荘厳な建物を前にして、アスラはようやく足を止めて振り返る。

 倒れる死屍累々の騎士たち。

 通りには青い炎が燻り、爪痕があちこちに広がっている。

 綺麗なままのゼィリルに比べ、フィリオの両手は真っ赤に染まっていた。


「話す気はない……これは俺だけの問題だ」

「強情だなぁ。僕がここまでお願いしてるのに――」


 三人を取り囲むように騎士たちの足音が雪崩れ込む。

 その数は五十近い。

 ゼィリルは人数よりも、援護の速度に双眸を細めた。


「これは……少し厄介な者の謀りであろうな」

「厄介……?」

「聖刻騎士じゃ。天界より刻名を与えられ、神聖騎士たちを統べる……」

「何それ聞いてないんだけど。もしかしてゼィリルより強い?」

「エリシア神聖国最大戦力の一角じゃ。かつては苦戦したが今の実力はどうか……」


 一段下がったゼィリルの声音は深刻さを物語っていた。

 察したアスラは自身の影を大きく広げる。


「じゃあさっさと《堕ちた星》を奪って逃げよう……カラガンッ!」

【我らの出番ですなアスラ様ァァァァ!】

【カラカラカラッ! 祭りじゃ祭りじゃああぁぁッ!】

【ディンセント殿の剣の錆にしてくれらぁぁぁ!】


 真新しい剣を手に、呼ばれたカラガンの数は十。

 彼らは騎士たちに囲まれる状況を認識し、喜びで下顎を打ち鳴らした。


【これは無事には済みますまい……最高ですなっ! 極楽ですなっ!】

【あぁ、この殺気……骨身に沁みますぞ……】


 今か今かと前傾姿勢を取る躯の戦士たちは。


鏖殺(おうさつ)して。出来ないなら時間稼ぎを」

【【【御意にぃぃぃッ!】】】


 アスラの命令で、臆さず一斉に飛び出した。


「これが報告にあったスケルトン……油断するなッ! 」

「ルーティカを落とした魔物だ! 盾に防御魔法を張り備えよっ!」


 居合わせた騎士たちは侮らなかった。

 ルーティカ陥落の際に上がった報告書を笑い飛ばさなかった。

 だがしかし――彼らの持つ新たな剣までは気付けなかった。


「がああっ、て、鉄の盾がぁぁっ、俺の腕ごと斬りやがっただと!?」

「防御魔法ごと……どうなってんだこっちは光属性で強化してんだぞ!?」

「ダメよ守らないでッ! 剣を振る前に仕留め――きゃああああっ!」


 カラガンたちが振るった剣は、騎士たちの盾を、鎧をバターのように切断する。

 否、バターの方がまだ固かったかもしれない。

 カラガンたちは一度も刃を打ち合うことなく、早くも騎士たちを押し始める。

 その光景に頷き、アスラが神殿へと踵を返した時だった。


「……許せ、アスラ様ッ!」


 神殿の出入り口にフィリオは立っていた。

 彼が轟かせた咆哮は衝撃波の嵐を生み、建物を大きく揺らす。


「くっ……フィリオ、貴様何をするつもりじゃ!?」


 石造りの柱は折れ、亀裂は縦横無尽に壁面を伝っていく。

 最初の崩落は小石から。

 やがてそれは拳大となり、馬車を超える大きさとなった。


「……最初から一人で全部片づけるつもりなんだよ」


 アスラとフィリオを隔てるように、出入り口の崩落が始まる。


「だから目を離さないようにしてたんだけど……フィリオは狩る側だから隙を突くのが上手いね」

「最期の最期に褒めてくれるな。俺はアスラ様を裏切った愚かな嵐狼(フェンリル)だ」

「僕はまだフィリオの話を諦めてないよ?」

「さらばだアスラ様……短い間だったが……共にいる時間は悪くはなかった」


 粉塵が二人を包み、その姿を朧げに溶かす。


「しかしだからこそ……この命に代えても俺はマキシアを救わねばならんのだ」


 フィリオの噛みしめる声を残して。

 神殿の出入り口は完全に塞がり、王と臣下は隔たれるのだった。


「アスラ様……」


 王の心を案じるゼィリルだったが――しかし。


「……あったまきた」


 当の本人は目の前の瓦礫を睨み、珍しく語気を荒げる。


「何があったか絶対聞く。ゼィリル、瓦礫をどかせる?」

「……石材に攻撃魔法を弾く効果が施されておる。魔法でどかすのは手こずりそうじゃ」

「だからフィリオは声で壊したんだね。じゃあこっちも魔法に頼らず中に入ろうか」


 アスラの視線は今も尚、騎士たちを恐怖に陥れる躯の兵士たちに向けられていた。


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