22:クィージナ侵攻会議
「アスラ様ぁぁぁ~っ!」
嘆くのはセレスティナだ。
彼女はアスラの胸にぐいぐいと頬をすり合わせる。
「酷いんですのよ!?
アスラ様の魔杖のためとはいえワタクシ、ドワーフたちに大量に血を採られましてよ!?」
「そっかぁ……大変だったんだねぇ……」
「これはもう、アスラ様に癒していただく他ないと思いますので早速……」
セレスティナの襟首を掴んで引き剥がしたのはゼィリルだ。
「王に対して不敬じゃのうセレスティナ」
「あらあら嫉妬ですの? 随分と器の小さい筆頭幹部ですこと」
睨み合うゼィリルとセレスティナ。
一方、渦中のアスラはのほほんとほほ笑むばかりだ。
「僕は二人とも大好きだよ?」
「す、好きなど軽々しく申すでない! アスラ様は王として軽々しい言葉を控えねば……」
「まぁ! ではワタクシとは相思相愛。民たちへ知らせて盛大な挙式を……」
「レイヴェル。ディアクロイツ。いつまで下らん立ち話をしているつもりだ」
「――肯定。己らは会議のため集まっていル」
フィリオとマークスは既に着席し、賑やかな様子に怪訝な表情を浮かべていた。
アスラは二人の女性の間を抜けると開いていた席に腰を下ろす。
「フィリオ帰ってたの? 狩りの成果はどうだった?」
「上々だが……狩りに依存せず畜産も行った方が安定するだろう」
「う~ん……豚や牛は街に残ってるから何とかしないとね」
遅れてゼィリルとセレスティナが着席し、場はようやく整った。
アスラの頷きを経て、ゼィリルが筆頭幹部として会議を取り仕切る。
「次の侵攻先を決める会議じゃ。血は取り戻したが、まだまだ素材は足らぬ」
「――肯定。残りは《堕ちた星》と《黄泉の宝珠》ダ」
「どっちも難易度高そうだね。心当たりはあるの?」
「《黄泉の宝珠》についてはノーライフキングが持っておる。死者の世の力を蓄えた宝珠じゃ」
「珍しそうな物だね。つまり僕の中にあるってこと?」
「正確にはアスラ様が取り込んだノーライフキングの魂の中じゃ。
そこは完全なるノーライフキングの領域。魂同士がぶつかる精神の削り合いとなろう。
敗れれば体を乗っ取られる」
「ダナット王国を倒すより面倒そうだねぇ」
アスラの軽い調子は今に始まったことではない。
ゼィリルは適当に聞き流し、いよいよ本題を切り出した。
「従って《黄泉の宝珠》を取りに行くのは最後じゃ。先に《堕ちた星》を集めるのが良かろう」
「――困難。今からかき集めたとて時間がかかり過ぎル」
《堕ちた星》とは、すなわち流星である。
それらは魔力の伝達効率に秀で、金剛石や魔力結晶より希少な鉱石だった。
鉱脈などは存在せず、入手するには星々の気まぐれを待つしかない。
「……在り処はダナット王国クィージナの街にある神殿だ」
沈黙を破るフィリオに注目が集まる。
「俺はかつて……とある魔女への対価として《堕ちた星》を集めていた。
奴に捧げた量は魔杖を作るには充分過ぎる量の筈だ」
臣下たちが押し黙る中、フィリオの表情は険しい。
察するに余りある雰囲気だが、アスラは地図を見ながら眉をひそめる。
「魔女のために集めてたの? 何だか訳ありみたいだね」
「答えられん。今は何も問わず……どうか今回の侵攻には俺を連れて行って欲しい」
「その口ぶりは何じゃフィリオ。アスラ様には申せぬ上に連れていけと?」
フィリオは立ち上がるとアスラの前に傅く。
「そして……俺が《不死の軍勢》から退くことを許して欲しい」
アスラは何も答えない。
聞き捨てならないのは筆頭幹部であるゼィリルだ。
「アスラ様への忠誠の誓いを忘れたか」
「誓いを違えることは魔の者において何よりの恥辱……分かっている。だが今回ばかりは……」
「死ぬ気だね、フィリオ」
ぴくりとフィリオの耳が揺れる。
「自分より大切な何かのために命を投げ出す気だ」
アスラの記憶の中で生きる彼らもそうだった。
自分の命を省みず、遠くへ行ってしまった人々。
彼らに何を言っても無駄だとアスラは嫌という程に知っていた。
だが分かってはいても――感情は別だ。
「どうしても理由を話してくれないの?」
「受肉の元になった肉体は必ず返す。だが今は話せん」
頑なに拒むフィリオの様子に、アスラはやがてため息を吐いた。
「配置を決めるよ。神殿に攻め込むのは僕とフィリオ、ゼィリルの三人。
セレスティナとマークスはこの街の防衛役として残るように」
「アスラ様!? 神殿は天界との接点。
《夜天の宮殿》とは比にならぬ量の騎士が出張るじゃろう。
配下にそのような勝手を許しては――」
「フィリオは大切な僕の仲間だ」
アスラが吐露する心の内に、ゼィリルの言葉は尻すぼみに消えていった。
「知らないままでいるつもりはないよ。しつこく聞くし脱退は許さないから覚悟しておいてね?」
「はあ……アスラ様がそれで良いのなら……妾がこれ以上申すべきではなかろうな……」
「ワタクシはアスラ様に従いますわ。従順なワタクシはぜひ褒められるべきかと……」
「――同意。死にたいなら死ねば良いだけのこト」
概ねの賛同を得たアスラは手を叩く。
《不死の軍勢》によるクィージナの神殿襲撃。
《堕ちた星》を回収するための侵攻作戦は、こうして方針が定められたのだった。
「ほら、みんな準備開始だよ。明日の朝には出発するからね」
アスラを先頭に臣下たちは一人また一人と会議室を後にしていく。
やがて足音が遠のいてから、フィリオはゆっくりと立ち上がった。
「ワタクシに散々小言を述べておいて自分はこの体たらくでして?」
フィリオの前に立つセレスティナ。
彼女の紅い瞳が宿す感情には、失望はあっても怒りはない。
「俺はアスラ様の思うような男ではない……友を身代わりに殺した、身勝手な男なのだ」
「どんな男であろうとアスラ様以外の男に興味ありませんの。ただ……ふふっ」
小さな笑いをその場に残し、セレスティナもまた準備のため歩み出す。
「アナタがアスラ様にどんな目に遭わされるか……今から楽しみですわ」
フィリオが言葉の真意に気付かないまま。
商業ギルドの扉はゆっくりと閉まり、新たな戦いが始まるのだった。
※※※
「報告ッ!
《夜天の宮殿》にて第七分隊壊滅ッ! 第七分隊壊滅!」
ダナット王国が王城内書庫。
乱暴に開け放たれた扉からの一報。
「ノーライフキングの手の者により、始祖の心臓は奪われた模様ですッ!」
アルカ・アルルナディアはページをめくる手を止めた。
「間に合いませんでしたか……であればダットたちはエリシア様の元へ還ったのですね」
机に両手をつき、項垂れるアルカ。
そんな彼女へ投げかけられるのは軽い男の言葉だ。
「……ダットは本望でしょうよ。創造神様とアルカ様のために戦えたんすから」
ソファに寝転ぶ男の周りには薄着の美女が立っていた。
彼女たちは首に聖具《封じの光臨》をはめ、俯いて物のように動かない。
それがアルカには少しだけ不気味だった。
「私が私の采配を気に病んでいると思っているのですか?」
「違うんですかい?」
《夜天の宮殿》は崩壊し、第七分隊は壊滅した。
聖務に殉じたダットに後悔はないだろう。
男が案じていたのはエリシア神聖国が誇る最強戦力の心中だ。
例え《末光》の二つ名を天より賜ろうと、アルカはまだ齢十六の少女なのだから。
「気に病んだって仕方ないですぜ。隊長は隊長の仕事をしたまで。負けたダットが悪ぃ」
「口が悪いですねヴィクトル。死者をそのように貶めてはいけません」
ヴィクトルと呼ばれた男はソファから体を起こす。
軽薄な笑みを浮かべる彼は、アルカより年上の好青年だった。
「けどこれで決まりですぜ隊長。あいつらの狙いはノーライフキングの魔杖さ」
「《闇の始まりを告げる血》、《堕ちた星》、そして《黄泉の宝珠》……」
ダナット王国に到着後、王の許しを得たアルカたちは調べていた。
六百年前に、何があったのかを。
その中には神聖国にはない、ノーライフキングの魔杖についての情報も残っていた。
「《黄泉の宝珠》の在り処は分かりませんでしたが……
《闇の始まりを告げる血》を狙ったのであれば、
確かにノーライフキングは魔杖を再び作るつもりのようですね」
「面倒なこって。ほら、報告書よこせ」
ヴィクトルの言葉に促された女の一人が、隊員からの報告書をヴィクトルに渡す。
「報告ご苦労……っと」
受け取った彼は隊員に下がるように命じようとして――にやりと笑った。
「このノーライフの穴が気になるか?」
「い、いえ、そのようなことは……」
ヴィクトルは女性のノーライフを抱き寄せる。
籠手の嵌ったごつい手は、狼狽える隊員の前で女の乳房を乱暴に鷲掴みにした。
「こいつらは俺が集めた吸血鬼の血を引くノーライフの中でも面白いやつでな。
熱した鉄の棒でも締めて愛してくれるんだぜ?」
ヴィクトルが女の頬を舐めるが、女は慣れているのか眉一つ動かさなかった。
あるいは既にもう、感情を失っているからかもしれない。
「技研への往復大変だったろ? 褒美に一晩貸してやるよ。完品で返せよ?」
ヴィクトルに蹴り飛ばされた女が隊員の足元に転がる。
彼は女の首輪を掴んで立たせると、一礼の後に部屋を後にした。
「ヴィクトル……貴方はいつか色欲に溺れて破滅するのでしょうね」
「部下思いの上官でしょう? 隊の士気を保つのも副隊長の役目なんで」
ヴィクトルは薄ら笑いを浮かべながら、手にした報告書に目を通す。
「《夜天の宮殿》の一部崩壊に技研壊滅……
エプスタインは肉片で騎士たちの体に血は一滴も残らず……こりゃあ吸血鬼の仕業でしょう」
「吸血鬼……であれば貴方の専門ですね」
ヴィクトルは教会の中でもとりわけ吸血鬼の討伐数が多い専門家だ。
その言葉を無視するほど、アルカは彼の功績を軽視していなかった。
「ノーライフキングに従う吸血鬼なら《始血夜姫》でしょう。
ノーライフキングに心臓を封じられた、絶世の美少女だとか」
ダナット王国の書庫には当時の噂話や目撃談、
個人の手記などエリシア神聖国にはない貴重な記録が残っていた。
その中にあったのは伝説的な魔杖の逸話。
そして《始血夜姫》の噂話だ。
「ノーライフキングの戦力増強を許すとは……」
「絶世の美少女を拝めるってんなら悪くはないと思いますがね。それより……」
ヴィクトルの視線はアルカの腰に下げられた聖具に集中する。
宝石が嵌められた、手のひら大のアミュレットだ。
「致命的になるよう使って下さいよ?
ダナット王国中の鍛冶師と聖具師が一つ直すので精いっぱいだったんすから」
それは書庫を検めた際に出てきた伝説のアイテム。
何度教会に問い合わせても、存在しないと回答された切り札だ。
名を《赦しの楔》。
その聖具にノーライフキングを一撃で屠る力はない。
だが調べた限り、条件が揃えば《不死の軍勢》を追い詰めることは可能だった。
「今回のノーライフキングをどう見ますか?」
アルカはそっとアミュレットに指を添える。
不安はない。恐れもない。
ただ何か得体の知れない違和感からその言葉は発せられていた。
「ノーライフの国を作るなんて子供の発想ですぜ。力を継いだアスラってやつはガキだ」
「ならば早々に討ち取らねばなりません。子供は残酷なものですよ」
ぽつりと呟いたアルカに、ヴィクトルはため息を吐いた。
「だから……隊長が負けを取り返そうって躍起になっちまったら隊は纏まりませんて」
「私が躍起になっていると?」
「創造神様から授かった《聖刻》がどんな意味を持つかよく考えてください」
《聖刻》――それは創造神から与えられた特別な力だ。
力や信仰心の特に高い者が天界に選ばれ、ある日突然に印を宿すことになる。
授かった者は敬愛する神の代弁者も同然で、神聖国では絶大な権威と崇敬を受けることを意味していた。
瞳を閉じ、考えを纏めるアルカ。
やがて彼女は目を開くと振り返り、《末光隊》の方針をヴィクトルへ伝えた。
「残る魔杖の素材である《堕ちた星》はクィージナの神殿にあると聞いています。
先に入手して魔杖の完成を阻止しましょう」
「了解。《黄泉の宝珠》を探すより楽そうでさぁ。どの隊を向かわせるつもりで?」
「……私が直々に赴きます」
アルカの決意にヴィクトルが目を丸くする。
「ノーライフキングがどのような悪か……この目で見定めたいのです」
アルカは剣を携え、書庫を後にした。
残されたヴィクトルは一人、ソファに腰かけたまま天井を仰ぐ。
「年相応のわがままを喜ぶべきか悲しむべきか……どう思う?」
傍に立つ女たちは口を開かない。
牙の折られた彼女たちは、許可なく言葉を発すればどうなるか嫌という程に思い知っていた。
「《始血夜姫》……ああっ、早く味見したいなぁ」
女たちを自らの股間に圧しつけながら。
熱い息を吐き、ヴィクトルは愉悦に心を弾ませるのだった。
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