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02:廃棄された少年は、アンデッドの王を喰らう

「アスラ、お前はもう使えねぇってさ。役立たずの《ノーライフ》が」


 ふわりと浮く感覚と、落ちていく感覚。

 少年の体が地面に叩きつけられ、全身の骨と筋肉が悲鳴をあげる。


「かぁ、ひゅぅぁ……」


 乾ききって張りついた喉からは言葉が出ない。

 脇腹に当たった鋭い石が、傷ついた痛みとして尾を引いていた。


「なぁ、捨てられたノーライフがどういう末路を辿るか……お前は知ってるか?」


 男はアスラの髪を掴み、土に汚れた顔を持ち上げる。


「運が良けりゃ魔物の餌。

 運が悪けりゃアンデッドに体を乗っ取られて永遠に樹海を彷徨う……

 お前はどっちだろうなぁ?」

「俺たちは餌の方に賭けてんだ。頼むから化けて出てくんじゃねぇぞ?」


 アスラの頭を地面に再び叩きつけ、男たちは笑い合う。


「毎度のことだが、そろそろ伯爵に手当を上げてもらわねぇとなぁ」

「捨てたんならさっさと帰るぞ。正体不明のアンデッドが出るって話だ。

 こんな場所、命がいくつあったって足りやしねぇ」


 人類未踏破領域――《魔界の庭》。

 大陸の東端に位置する樹海領域を指す、強力な魔物が闊歩する危険地帯だ。


 空気中の魔力濃度は高く、常人ならまず三時間を生き延びられない。

 あまりに絶望的な環境から魔物の住む《魔界》に例えられる地。


 少年――アスラが廃棄されたのは、そんな場所だった。

 彼を廃棄した辺境伯の私兵たちの足音が遠ざかっていく。


 鼻腔に満ちる土と緑の臭い。

 耳には木々のざわめきと、遠くに何者か獣の声。

 ぼやけるアスラの視界には鬱蒼とした森が広がっていた。


「からだ、いたい……」


 歪な継ぎ接ぎが走る灰色の皮膚。

 度重なる魔法実験のせいで痛み以外の感覚が殆ど残っていなかった。

 そもそも気力以前に、切られた足の健のせいで立ち上がることも出来ない。


(このまま、僕は死ぬの……?)


 魔物に体を食われ、虫に腐った肉の上を這われ、骨となって土に溶けていく。


(僕が――ノーライフだから……?)


 創造神の慈悲でこの世に生まれることが許されたから。

 人類の栄華のため、犠牲になることを定められているから。


「ぼくの……じんせい、って……」


 何だったのだろう? 何のためにあったのだろう?

 まともに餌も与えられず、鉄格子に囲まれた糞尿の上で寝、持ち主の機嫌次第で殺される。

 それが小さい頃から続く彼の日常だった。


《ノーライフ》。


 それはエリシア教が定めるところの、奴隷以下の存在を指す。

 身分階級に含まれない、物と同等の価値しかないモノ。


 ノーライフを嬲ろうが殺そうが誰も罪には問われない。

 ただ、捨てる時には少なくない税がかかる。

 故にとある才があったアスラは使い潰され、最期は危険な森に捨てられていた。


「……い、やだ」


 ただ、自由に生きたかった。

 ただ、自由に仲間と笑い合いたかった。


【ギャアアァァァァ!】


 鋭い鳴き声が、アスラから滲み出した血の臭いに気付いて徐々に近づいている。


「しに、たくない……」


 アスラの願いを裏切るように、木々の影から現れたのは――二頭の混沌熊(カオスベア)だ。

 餌を奪い合うように、鉢合わせた二頭はアスラの目の前で殺し合いを繰り広げる。


「しに、たくない……」


 獣の唸り声と振動、真っ赤な血がまき散らされる中で。

 こんな場所で、誰にも知られず、みんなを置いて。


「……モーラ、エティ、クリス……ノラ」


 檻の中にいたノーライフの仲間たちが脳裏に浮かぶ。


 アスラと年の近い少女モーラ。

 貴族の慰みで使い潰された後、上流階級が行う魔物狩りの餌として生かされていた。

 アスラと同じく、まだ小さいエティやクリスの面倒をみる係でもあった。


 ノラは新入りだ。

 その血が流行り病に効くと分かり、柔肌に刃物を押し当てられいつも泣いていた。

 まだ涙を流せるほどは世界の全てに絶望していなくて、それが……アスラの救いだった。


「まもるって……いつか、そとのせかいで、おもしろおかしく、くらすって……」


【ガルルルルルァァッ!】


 一頭の混沌熊(カオスベア)が倒れ、衝撃が木々の葉を揺らす。

 傷だらけの勝者がアスラを見下ろしていた。


「ぼくは……まだ、しねない……っ」


 ふつふつと、アスラの体の内から力が湧く。

 魔力ではない。彼の特殊な力でもない。

 教会が彼の首に嵌めた聖具《封じの光臨(こうりん)》は気力で外れるようなものではない。


 それは生命力だ。

 生きたいと願う心そのものだ。


「ここで、しねるかァァァ……ッ!」


 アスラが渾身の力で動かした右腕は――地面から隆起した木の根に当たって止まった。

 それだけだ。

 ノーライフの抵抗なんて、それが精いっぱいなんだと世界に告げられているようで。


【フー、フー……ッ!】


 荒い鼻息と共に、混沌熊(カオスベア)の涎がアスラの頬に垂れる。


「あぁ……」


 ただ一言を呟くことがアスラに許された最後の反抗。


「くやしい、なぁ……」



【何かと思えば……新しい肉塊か】



 投げかけられた言葉を、アスラは幻聴だと思った。

 あるいは彼の魂を迎えにきた何者か。


【邪魔だ、獣め】


 風の刃が一瞬で混沌熊(カオスベア)を八つ裂きにする。

 何が起こったかアスラが理解する間もなく、崩れ落ちていく魔物の肉体。

 捕食の権利を得た何者かは、動けない彼へと影を落とした。


【使い潰したノーライフ……といったところか】


 アスラを見下ろす何者かが再び言葉を呟く。

 黒が正しく黒としてある、厚さが掴めない漆黒の外套を身に纏っていた。

 世界に滲み出すかのように、その輪郭は怪しくぼやけている。


 布の隙間から覗いていたのは、二本角を携えた白骨化した頭蓋だ。

 むき出しの歯と顎のくせに、にやりと笑ったのがアスラには分かった。

 正体不明のアンデッド――男たちの話していた魔物が目の前にいると、否応なしに彼は理解させられた。


【腐りかけだが……致命的ではないか。新たな体に丁度良い】


 白骨化した手のひらが向けられると、アスラの横たわる地面に魔法陣が展開する。

 少なくとも実験された魔法の中に、このような魔法はなかった。


【これは二つの肉体を魔力の線で繋ぎ、相手の肉体に憑依する術理。

 貴様の魂を我が飲み込み、その肉体に我の魂が定着するのだ】


「ひょうい……ぼくの、からだを……?」


【――ふむ。貴様は恵まれた素養があるようだ。

 この肉体があれば、かつて常闇の王と呼ばれた我の完全復活も夢ではないやもしれぬ……くくっ】


「とこやみ……きみは……だれ、なの……?」


 その骸骨は上機嫌に自らのものになる肉体の頬を撫でた。



【我の名は――《ノーライフキング》】



 ノーライフキング――別名《不死王》。

 それは、大陸に生きる人間なら誰しもが知る名だ。


 今から約六百年前。世界に死と混沌を振るまいたアンデッドの王がいた。

《不死の軍勢》なる軍団を率い、数多の魔法を使いこなし、罪なき命を弄んだ世界の大敵だ。


 その物語の果ては、エリシア教会率いる神聖騎士団の勝利で終わりを迎える。

 ノーライフキングは討伐され、教会は世界を平和の光で満たした……筈だった。


【忌々しい光の信徒も、人間たちも……不死王の名の元に今度こそ悉く滅ぼしてくれる……ッ!】


 魔法陣が黒く輝く。

 アスラの意識は不死王の魔法の前に成す術なく、深く深く沈んで消えていく――筈だった。


「……ノーライフ、も?」


 沈んでいく意識の中で湧いた一つの疑問が、アスラの頭の中で弾ける。

 ノーライフキングは魔法を走らせながらにやりと笑った。


【ノーライフにとって死は救済であろう?】


 アスラは何も言い返せなかった。


 ノーライフには使い潰される未来しかない。

 であれば死は救済と言えるのかもしれない。

 生まれなければ良かったと、後悔しなくて済む唯一の未来なのかもしれない。


 けれど。

 けれど、それはあまりにも――残酷過ぎる未来だ。


「だめ、だ……そんなの……」


 アスラの言葉は届かず。

 ノーライフキングは慣れた手つきでアスラの首に嵌った聖具を破壊する。

 ノーライフの誰もが持つ類稀な才を封じた、聖なる枷を破壊する。


 それは世界を揺るがす筈だった不死王の――たった一つの大きな過ちだった。



「――ふざっけるなぁぁぁぁッ!」



 飲まれかけていた精神が、暗闇からアスラを無理やりに引っ張り上げる。


【ふははははっ、魔力で抵抗するか? この不死王を相手に?】


 侮る王の声で加速するように、アスラの四肢に魔力が漲っていく。

 既に満身創痍、瀕死の肉体だ。

 脆くなった骨が折れ、肉が裂け、血管が破裂していく――


【――くっ、貴様、まだ抵抗を続ける気かッ!?】


 倍に跳ね上がるノーライフキングの魔力に対して。

 アスラの魔力は――乗で跳ね上がっていく。


【ば、馬鹿な……ありえぬッ! この魔力量は……ッ!?】


 ノーライフキングに、アスラを侮る余裕はもうなかった。

 精神世界は彼の魔力で塗り潰され、なす術のない不死王は狼狽えるしかない。


「……どうして僕は使い潰されたと思う?」


 無尽蔵に近い魔力保有量。


 代替のきかない才能だったから、アスラは中途半端に捨てられなかった。

 最期の最期までむごたらしく使い潰された。


 その力が今――自覚してから初めて、アスラの自由になっていた。


【この魔力量、古竜の比では……精霊を、神霊を凌ぐ……人の域にあらずッ!】


 予想だにしていなかった抵抗に、既にノーライフキングは無力だ。

 よりにもよって選んでしまった依り代は例外中の例外。

 不死王に致命的な一撃を与えられる――ただ一人の弱者だった。


「ねぇ、逆に僕が君を飲み込んだら……憑依の魔法はどうなるの?」


 答えをアスラは知っていた。

 繋がった先のノーライフキングの記憶から、勝手に読み取ったからだ。


【お、おのれぇぇぇぇぇッ!!】


 王の断末魔ごと、アスラは開放した魔力で世界を飲み込んでいく。

 配下を率い、数多の魔法を使いこなし、罪なき命を弄んだ世界の敵も相手にならない。


 それほどまでにアスラの魔力量は――圧倒的だった。


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