13:ダナット侵攻会議③
「このようなひらけた場所で何をする気じゃ?」
「……召喚魔法だよ。条件付きのね」
馬車の方向転換にも利用される街の名所に、アスラの影が広がる。
「一、人間界への永住を希望する者」
無数の腕が、異形の頭が影から這い出ていく。
「二、人間や他の者と平和的に共存する意思がある者」
鋭い爪や牙を持つ者、獣の毛を生やす者、あるいは実体がない者。
「三、面白おかしく暮らしたい者」
アスラの提示した条件で召喚に応じた者は百体に近い。
彼らは人間界の空気を大きく吸い、歓喜の声と共に吐き出した。
【不死王陛下、どうぞよろしくお願い致しまぁぁぁすっ!】
【か、勝った……とんでもねぇ倍率を俺は勝ったんだ……っ!】
【●×▽卍▲〇±ッ! 魔界のクソ共が!】
スケルトンにゾンビなどのアンデッド系から、スペクターなどの亡霊系。
夢魔に二股の尾を持つ猫など、人間界では珍しい魔物が勢揃いしていた。
「なんか……みんなめちゃくちゃ喜んでない?」
「《魔界》は過酷な世界じゃ。
大罪を背負った者や魔物たちが日々殺し合い、それはもう愉快なことになっておるからのう」
「あー、なるほどね。カラガンがいつも楽しそうな理由が分かったよ」
「――補足。召喚された魔物が依り代を失うと、魔界に魂が帰るのミ。
呼べばまた現れることが可能ダ」
「つまり……二世界を往復する遊びみたいなもの? 魔物は元気だなぁ」
「魔界の連中は基本戦いに飢えておるがしかし、それも一般的な者の話じゃ。
中には争いが苦手な者もおる……」
「それが今回、僕の召喚に応じてくれたわけだね」
アスラは手を叩き、魔物たちの注目を集める。
「暴力行為は禁止だからね。話し合って物事を決めるように。
あといずれ人間の国民も増えるからそのつもりでね」
王の忠告に魔の者たちから次々に声があがる。
【私たちは魔界に居場所がない者が殆どなのです。
アスラ様の意に逆らって争いごとを起こすつもりは毛頭ありません】
【お花屋さんになりたかったの……でも魔界の花は凶暴で……】
【分かる……血で血を洗えないと魔界は生きにくくて……】
苦労を語る魔物たちにアスラは苦笑いだった。
「よもやアスラ様が魔物も民に迎え入れるとはのう」
「ノーライフが自由に生きられるなら、普通の人間でも受け入れるよ。
みんなの衣食住と仕事の割り振りをお願い。これで働き手の数は充分かな?」
「――肯定。ひとまずは足りるだろウ。街作りの要件を聞こうカ」
「待ってました!」
アスラは懐から畳んだ紙を取り出すとマークスに手渡した。
それを広げたマークスの鎧の頭が傾く。
「――確認。これを作るのカ?」
「気になる箇所はアレンジしてもいいけど……どうかな?」
「――確認。これは……実に整っていて興味深イ」
「あとは……カラガンいる?」
【カラカラ、いついかなる時も御身のお傍におりますぞ】
【戦ですかな!? 戦でありましょう!?】
【およめさんですかぁぁぁぁ!?】
アスラの影から這い出るスケルトンたち。
殺戮の限りを尽くした魔物は日を跨いでも陽気だった。
「えっと……昨日のカラガンはどれかな?」
アスラが戸惑っていると、隻眼の骸骨が一歩前に出る。
【ちなみにですが、我らは全てがカラガンですぞアスラ様】
「え、そうなの? 仲間内で呼ぶ時に困らない?」
【特徴で呼び合いますな。我は骨太、こいつは骨折、あいつは脱臼ですな】
「う~ん、独特」
見渡す限りの骨が笑い出したことで、広場は骨を鳴らす音で満ちる。
「じゃあ骨太のカラガン。一旦、街の雑用係をお願い。
数は百くらいで……見繕ってくれる?」
【お安い御用ですぞ。夜までには揃えましょう】
「これで留守の間も大丈夫だね。今日の夜には侵攻を始めようか」
てきぱきと骸骨たちを整列させていくカラガン。
頼りになる背骨を見つめ、アスラは微笑むのだった。
※※※
「ルーティカは……落ちました」
ダナット王国の謁見室。
玉座に座るギデオン・ダナット王は、辺境伯領の駐在士官から被害報告を受けた。
「他国の侵略か……? いや、辺境伯に隣接するは《魔界の庭》のみだ。ならば魔物か」
「魔物ではありますが……得体の知れない大物が複数と、残りは全てアンデッドでございます」
ギデオンは報告に頭痛を覚えた。あまりにも寝耳に水だ。
魔物の飢餓暴走にしては不自然な点がいくつかあった。
まず、兆候に関して報告が上がっていない。
辺境伯領は《魔界の庭》を監視する役目があった。
専任の兵が交代で見張っていたため、森から出たはぐれを見逃すとは思えない。
「魔物はここ……王都を目指しているのか?」
「……いえ、遠方からの監視によれば一切の動きはなく……」
暴走ならば一つの街に留まらない。
進路上にある全てを蹂躙していくから、飢餓暴走なのだ。
つまりは。
「……操っている者がいるということだな」
「信じがたきことですが……」
王に報告する兵の身なりはぼろぼろだ。
アンデッドと戦い、住人を避難誘導させ、寝ずに馬を走らせて王都まで来たのだろう。
「それと……これは伝聞で聞いた話なのですが……」
「……よい。余に聞かせよ」
頭を垂れていた兵はゆっくりと顔を上げた。
「魔物を統べる者は宣言を……ノーライフのための国を作ると宣言したそうで」
それはギデオン王をはじめ、この場の誰もが予想だにしていなかった言葉だった。
驚きで出来た間を王の渋い声が埋める。
「……下がれ。ご苦労であった」
士官はうやうやしく頭を下げた後に立ち上がり、玉座の間から出ていった。
(さて、どうしたものか……)
考え込む王の玉座に宰相が歩み寄る。
「ノーライフの国を作るだなど……私たちは内に悪腫を抱えたようで」
「ありえぬ……そのように悍ましきことを企てるとは……」
「街を一つ落とせる力を持った魔物使いに関する情報はありません。
このまま得体の知れないものを抱えていては国政もままならないでしょう。
ですが……」
対処しようにも、先の戦争でダナット軍は疲弊していた。
つまりは。
「ダナット建国以来、最大の危機だ」
ギデオンは顎ひげを撫でながら思考を巡らせる。
「動かせる兵はどの程度だ?」
「昨年のリブレア共和国との戦争で消耗がございますので……
三万ほどでございましょうか」
ギデオンが予想していたより大分少ない数だった。
隣国の動向と王都の守護を考えねばいけないのが煩わしい。
「せめて敵の正体が分かれば効率的に動けるのですが……」
「敵の正体は、ノーライフキングに間違いありません」
宰相の声に続き、玉座の間に凛とした柔らかな声が響く。
開け放たれた扉から現れた甲冑をまとう少女に、王は思わず玉座から立ち上がる。
「おぉ! 其方はエリシア神聖国の……っ!」
純白の甲冑を身にまとった少女だ。
肩口で切りそろえられた蜂蜜色の髪をなびかせ、悠然と謁見室を歩む。
優し気な面差しは、まだ大人になりきれていない幼さが残っていた。
あと五年もすれば完成するであろう彼女の美しさは、未熟ながら圧となって場を支配する。
少女は鎧を鳴らしながら、うやうやしく傅いた。
「エリシア神聖国が聖刻騎士、《末光》アルカ・アルルナディア。
現着いたしました」
《聖刻騎士》。
数多の神聖騎士たちの頂点に立つ騎士たちだ。
エリシア神聖国の最大戦力の一角である少女は、
しかしギデオンが想像していた騎士像と大きく異なった。
まるで春の日向のように暖かな声色。
その瞳は澄んでおり、この世の穢れを一切知らなそうな純真さを秘めている。
「其方が史上最年少で聖刻騎士まで上り詰めた才女か」
「私の力は創造神様より賜ったもの。私自身は取るに足らない生娘に過ぎません」
(……よく言うわ。その気になれば我が王都一つ落とすことも容易かろうに)
この場で彼女の謙遜をそのまま受け取った者はいない。
宰相もその一人だ。
「我が国の教会に配置換えになったと聞いておりましたが、早くに到着されたようで」
「遠く東の彼方に邪悪な魔力の発現を感じましたので、人々を守るため急ぎ馳せ参じました」
「それで……敵がノーライフキングというのは定かでございますかな?
我らは偵察もままなりませんが、神聖国はどのように確証を得たので?」
「敵の正体に関しましては……私個人の予想でございます」
少女の予想など一笑に伏すところだが、王は黙って耳を傾ける。
「単独で街を容易く落とし、大物を従え、大量のアンデッドを差し向ける……
伝説にあるノーライフキングが蘇ったと考えるのが自然かと」
「しかし伝説は六百年以上前のこと。今頃になって何故……」
「伝説では最初の聖刻騎士たちが彼の王を退けました。
恐らくノーライフキングは《魔界の庭》にて隠れていたが何らかの要因で力を取り戻し、
ルーティカを襲ったのでしょう」
アルカの淡々とした推測は、今はまだ事実を知らない王たちを唸らせる。
伝説の通りであればノーライフキングの力は世界を覆すことが出来た。
だがそんな大敵が国内にいるというのに、国には満足に兵がいない。
「……ご安心を。ダナット王国は教会の庇護下。
私と私の《末光隊》で必ずや不死王を討ってご覧にいれましょう」
「おぉ! 共に戦ってくれるか!」
「既に《夜天の宮殿》へ部隊を送っております。
不死王は失った魔杖を再び手にしようと動く筈ですから」
神聖国とダナットが交わした協定によれば、
支部である教会や神聖騎士団は王の許可なくダナット国土で自由に活動することが許されていない。
アルカが部下を先行させたのは明確な協定違反だ。
しかし、それを咎める余裕は王にはなかった。
「ノーライフキングはまごうことなき世界の悪そのもの。必ずや滅ぼしてみせましょう」
「頼むぞ。其方と神聖騎士団の駐留を認めよう。我が国の施設や兵は自由に扱うとよい」
「ではお言葉に甘えて……まずは書庫をお貸し願いたい。
今一度ノーライフキングの情報を洗い直し、戦いに役立てたいのです」
「ふむ……良かろう」
だが、とギデオン王は続ける。
「……ルーティカは《魔界の庭》からの魔物を抑える壁だ。くれぐれも無傷で取り戻せ」
アルカは再度深く頭を下げ、謁見室を出ていった。
(これで、なんとかなったか……)
一時は漂っていた絶望も、今は聖刻騎士の威光に霞んでいる。
国王は創造神エリシアに感謝し、深く玉座に座りなおすのだった。
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