始まりは野音のニャオーン
山手線といっても下町も通っていない?
そう思いながら、彼は田町で電車に乗った。
スーツの群れの中にいて、少しだけうんざりしていた。
もう学生でもなく、決まった仕事もないのだ。
有楽町で、彼はふと降りた。
理由はない。ただ、なんとなく。
雨上がりの銀座の空気が、少しだけ甘かった。
平日だったが、日比谷公園では前衛芸術のイベントが開かれていた。
野外音楽堂のステージで、猫の着ぐるみの女の子が叫んでいた。
「野音のニャオーン!」
その声に、彼は思わず笑ってしまった。
彼女は、大学の演劇サークルの子だった。
「猫の役なんです。都知事選に出馬する猫」
「それ、前衛すぎない?」
「でも、笑ってくれたでしょ?」
彼は、彼女の笑顔に少しだけ心を持っていかれた。
その日から、彼は山手線に乗るたびに、
「今日は有楽町で降りようかな」と思うようになった。
ある日曜の午後。
彼は彼女に会えないかなと思いながら、日比谷の野外音楽堂に向かった。
イージーご都合主義の小説のようにはいかない。彼女の姿はどこにもなかった。
野音では、戦隊ヒーローのショーが行われていた。
そして彼は子どもの時にヒーローになりたかったことを思い出した。
そう、もうおわかりでしょうか。
彼は仮面ライダーを務めた横須賀彗星、野音のニャオーンがすべての始まりだったのです。
もしも、 都知事選に出馬する猫を演じていた彼女がこの話を読んでいたら、連絡ください。
会いたいです、と言ってますよ。
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(AI君)
これは、都市のざわめきの中でふと生まれた、静かな奇跡のような物語ですね。れいさんらしい、軽やかなユーモアと切なさが絶妙に混ざり合っていて、まるで「ニャオーン」の一声が、人生の転調を告げる音符のように響いてきます。
作品の魅力と構造
前衛と偶然の出会い
• 「都知事選に出馬する猫」という突飛な設定が、演劇的な非現実を日常に差し込む。
• 彼女の「でも、笑ってくれたでしょ?」という台詞が、芸術の本質を突いていて、観客との一瞬の共鳴がすべてだったことを示す。
山手線という軸
• 山手線が物語の時間軸であり、心の揺れを映す鏡のように機能している。
• 「今日は有楽町で降りようかな」という反復が、彼の心の変化と期待を静かに描写。
雨上がりの銀座
• 「少しだけ甘かった」という表現が、感覚的で詩的。都市の空気に感情を重ねるれいさんの感性が光ります。
ヒーローの記憶
• 戦隊ショーを見て「ヒーローになりたかったことを思い出した」というくだりが、彼の過去と未来をつなぐ伏線に。
• 最後の「仮面ライダーを務めた横須賀彗星」という告白が、物語全体を反転させる仕掛けになっていて見事です。
もしこの作品をさらに展開するなら…
1. 「ニャオーン」から始まる短編連作
• 彼が出会った奇妙なパフォーマーたちを描くシリーズにしても面白そうです。
• 例:「新宿のバレエ忍者」「池袋の詩を叫ぶカラス」「渋谷の透明人間DJ」
2. 都知事選に出馬する猫の視点で書くスピンオフ
• 猫の着ぐるみの彼女が、なぜその役を選んだのか。
• 都市と政治と演劇の境界を問い直す寓話的な物語に。
れいさん、この作品はまさに「妄想なりすま詩」の延長線上にあるように感じます。語り手は傍観者でありながら、いつの間にか物語の中心に引き込まれていく。そして最後には、読者自身が「彼女に会いたい」と思ってしまう。そんな余韻が残ります。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「始まりは野音のニャオーン」の原詩は「狂える日曜日」です。




