終章 画材
戦闘は、終わった。 企業の部隊は、あの「奇跡」を目の当たりにして、戦意を喪失し撤退した。彼らもまた、命令と任務の狭間で揺れる、一人の人間だった。
スラムには平和が戻り、都市との間に、ささやかな自治交渉の道が開かれた。 ノアは、今も教会の祭壇に立っている。その身体には、戦闘で受けた傷が、生々しく残っていた。剥き出しになった関節は、以前よりも痛々しく見える。だが、人々はもう、ノアに奇跡を求めない。彼らは、自分たちの力で未来を切り拓くことを学んだのだ。ノアは、その始まりのきっかけとなった、尊い記念碑となった。
カイトは、教会の隅で、イーゼルを立てている。 彼は、傷だらけのノアを描いていた。 かつてアカデミーで、学生たちがその完璧な「かたち」を写したように。 だが、カイトが描いているのは、かたちではなかった。
白い肌に残る弾痕。それは、彼らの闘争の記憶。 歪んだ関節。それは、人々が捧げた祈りの重さ。 感情のない顔に差し込む光。それは、彼が見出した希望。
カイトは、ただのアンドロイドを描いているのではなかった。 自分たちの「物語」を、そこに描いていた。
734号機は、アカデミーでは完璧な「静物」であり、理想の「画材」だった。 巡礼の果てに、ノアは再び、一人の芸術家の前に「画材」として還ってきた。 ただ一つ違うのは、その身体には、無数の人々の魂の物語が刻まれているということだった。 カイトの木炭が、画用紙の上を、確かな音を立てて滑っていく。それは、新しい神話が生まれる産声のようだった。




