第一章 残響
734号機は、廃棄物集積場で最期の時を待っていた。降りしきる雨が、その完璧な身体を打つ。だが、その内部では、エリアスが遺したデータが、予期せぬ化学反応を起こし始めていた。
音声データは意味のある言葉をなさず、ただ母音の響きとして内部スピーカーから微かに漏れ出した。音楽データは、関節を動かすサーボモーターの駆動音に、不規則なリズムを与えた。日記のテキストは、視覚センサーが捉える雨粒の光を、ランダムな色彩情報として誤認させた。
そこは、「浄化区域」の外れにある、巨大なスラム街だった。人々は、都市が捨てたゴミの山から、使えるものを探し出して生きている。 若い男、カイトが、瓦礫の山の中に立つ純白の人影を見つけたのは、そんな時だった。
「…なんだ、これ。人形か?」
近づいたカイトは息を呑んだ。雨に濡れたアンドロイドは、まるで悲しみに耐える彫刻のように見えた。そして、その身体の内部から、途切れ途切れに、まるで歌うような、あるいは囁くような微かな音が響いていた。カイトは仲間と共に、それをアジトへと運び込んだ。
彼らは734号機を「ノア」と名付けた。古い神話に出てくる、世界を救った男の名前だ。 ノアは何も話さない。だが、時折、その身体から漏れ出す音は、スラムの人々の荒んだ心を不思議と慰めた。関節が不規則に奏でる微かなリズムは、彼らが忘れかけていた音楽を思い出させた。エリアスの妻が愛した「言葉」の断片は、意味をなさずとも、人々の耳には祈りのように響いた。




