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光商者

作者: 水名瀬 小雨

街の外れ、それも人の通いも珍しい路地の奥には、小さな店が一軒ある。看板もなければ、硝子窓は白の曇に覆われている。中の様子は外から伺い知れぬ。しかし夜になれば、古びた扉の向こうの光がわずかに見えることもあるそうだ。それは燭台や油灯の明かりなんかではなく、もっと澄んでいて、見る者の心を温かく引き付けるようなものである。


風の噂であるが、その店では光を売っているという。金貨、銀貨でも紙幣でもない別の何かと引き換えに。何と引き換えるのかと聞けば「その人が最も大切にしているもの」とだけ店の主は答えるそうだ。


ある日、少年が扉を叩いた。少年は「光をください」と震えるか弱い声で言う。店主は少年をじっと見つめたのちにこう言った。「では、君が今いちばん大切にしているものを」少年はしばし黙考した。そして胸元から小さな木彫りの鳥を取り出す。それは少年の母が幼いころに彫ってくれたものである。少年は鳥と光を交換した。


少年が家に帰ると、部屋は柔らかな輝きに満たされた。壁のひび割れ、朽ちかけの椅子、母の声、そのすべて一つ一つが優美な調べであった。少年は不思議と幸福に満たされた。


だが、日が経つにつれて光は淡くなり、やがて無となった。棚にはあったはずの木彫りの鳥は空白に変わる。残ったのは夜の冷たさだけだった。


別のある日、旅人が店を訪ねる。店主は言う「あなたの一番大切なものを」と。旅人は、長年の旅路を記した地図を差し出した。店主からもらった光は旅人の夜を温めた。冷えた砂漠を渡るときも、凍える雪原を越えるときも、温もりも感じる光が照らしてくれる。


ただやがてそれは消え、旅人はどこへ行くべきか、何をするべきかわからなくなった。


街の物たちは、次々に店に訪れた。それぞれの一番大切なものを手放し、短い間の満ち足りた日々を得た。しかし、光が消えるたびに彼らは失ったものの重さに押しつぶされ、やがて再び何をを求めてその扉をたたいた。


ある夜、少年は店に戻った。

「おじさん、もう光を売らないでください。みんな大切なものを失ってしまうから。」

店主は、深いしわの間に微かな笑みを浮かべた。

「私は光を売ったことはない。光は君たちが差し出したその中にあったのだ。私はただ、それを君たちの手のひらに映し出しただけである。」


少年はその言葉をすぐに理解できなかった。だが、母待つ家の窓からほのかな明かりが漏れる。胸の奥では何かが揺れ動く。その光は店で受け取ったどの輝きよりも、深く、永くあり続けるものであった。

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