遺された音声
燃え上がる旧工場を遠巻きに見ながら、ユウとソラは人気のない地下通路へ逃げ込んだ。
サイレンの音は不自然なほど早く、そして正確だった。
明らかに「処理」を目的としたものだった。
ソラはポケットから1つのオーディオデバイスを取り出す。
焦げ跡がついていたが、かろうじて機能している。
「これ、義道が私に残してた“保険”よ。あの人は、焼かれることも読んでた。」
ユウは黙って受け取った。
音声ファイルを再生する。
「ユウ、もしこれを聞いているなら、私はもう消されているだろう。
……だがそれでいい。情報はすでに広がり、君の中に“火”が灯った。
ソラには過去がある。制度に奪われたものがある。
彼女の怒りと痛みを知り、共に進んでやってくれ。」
「もう一度言おう。
この制度の本質は、“管理された死”ではない。
**“管理された希望”**なんだ。
国家が、生きる意味を管理する社会。それが本当の正体だ。」
音声はそこで切れた。
ユウは、知らず拳を握っていた。
「……君の過去、聞いていいか?」
ソラは一瞬だけ、視線を下げた。
だが次の瞬間、真っすぐにユウを見返した。
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ソラの母は国立大学で倫理学を教えていた。
だが、彼女は公の場で「定命制度は人間の尊厳を破壊する」と発言した。
その数日後──**“定命通知の誤配”**という名目で母に通知が届き、
抗議も虚しく処理された。
当時、母は67歳だった。
「父は黙ってた。教師仲間も、友人も……
皆“仕方ない”って言った。
でも、そんな死に方、あるわけないじゃない。」
「それからずっと、私は記録を集め続けた。
この国の“合理的殺人”の痕跡を、ね。」
ユウは、ソラの怒りにうなずいた。
「……やろう。君と一緒に。
俺は、こんな死を“仕方ない”とは思わない。」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。