ノイズの烙印
夜、森崎のアジトを出たユウは、データをクラウドに暗号化してアップロードした。
彼の次の目的は、その真実を国民の目に届けることだった。
SNSは政府の監視下にあり、マスメディアはすでに国家の広報装置だ。
だが、唯一国家の検閲をかいくぐれる場所が存在する。
《KATASTROPHE》──地下情報ネットワーク。
正規ネットワークから隔離され、暗号プロトコルで構築された匿名空間。
国家によって「デジタル犯罪者の温床」と認定されているが、そこには“目覚めた者たち”がいた。
地下鉄の使われなくなった区画。
ホームの片隅に、ひとつだけ点滅する古い端末があった。
ユウは暗号鍵を使って接続する。
画面に表示されるのは、赤く光る文字列。
『ようこそ、KATASTROPHEへ。』
ユウは、証拠ファイルの一部を匿名で投稿した。
映像・音声・リストデータ、すべてだ。
瞬く間にそれは閲覧され、転送され、拡散され始める。
だが、それと同時に──
国家監視AI「ORPHEUS」が、異常通信を検知する。
「……ノイズが発生しました」
薄暗い監視室。
巨大なホロスクリーンに、ユウの顔が表示されている。
「加瀬ユウ、17歳。特に思想的偏向は見られず。
しかし、72時間前より“特異な検索傾向”と“特定エリアへの出入り”を確認。
さらに本日、KATASTROPHEへアクセスを確認。」
無表情な女官僚が立ち上がる。
「“危険度C”とするには充分だわ。即時監視対象。必要なら消去も可。
『社会秩序維持優先法』第18条──“定命制度への明確な否定的言動が確認された場合、本人の意志と無関係に処理可能”」
「対象への介入は?」
「まだ早い。魚はもう少し泳がせておきましょう。
暴露が広がるほど、“模倣者”の炙り出しに使える。」
女官僚は、冷徹な声で言い放った。
「世界は、死を選んでくれる者によって秩序が保たれているの。」
ユウはまだ気づいていなかった。
自分がすでに「国家の敵」──ノイズの烙印を押されていることに。
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。