定命の誕生
「定命制度は、もともと“死を強制する制度”ではなかった」
森崎は古い端末を起動し、数十年前の映像記録を呼び出した。
そこには、かつて国会で熱を帯びて語られた「定命構想の原案」が映っていた。
画面の中の人物──若き日の森崎自身だった。
『我々は“死”をタブーとせず、制度として理性の中に位置づけなければならない。
誰もが安心して人生を終えられる社会を創るべきだ──これは、尊厳の制度だ。』
「当初は、選べる死だった。
70歳以降、希望すれば国家が苦痛のない安楽死を提供する。
年金問題や医療の逼迫は“選択肢”として解消できる──そう考えていた。」
ユウは眉をひそめる。
「じゃあ、なぜ強制になったんですか?」
森崎は短く笑った。
その笑いには、深い悔しさが滲んでいた。
「“自発的な死”なんてもの、誰も望まなかった。
結果、制度は役立たずと叩かれ、政府は激しく批判された。」
そして政府は方針を転換した。
「選ばせても誰も死なないなら、義務化すればいい。
“未来のため”という言葉と、幸福な社会の演出で世論を誘導した。
誰も文句は言わなかったよ。“若者のためなら”ってな。」
森崎は椅子にもたれかかり、重たい声で続けた。
「だが問題は、“誰が70で終わるか”じゃない。
“誰が終わらないか”が密かに決められていることだ。
それが“延命ビザ”だよ。」
ビザは、公には存在しない。
だが、高スコア者──国家にとって“価値のある人間”には、密かに発行される。
「この制度が成り立つのは、“死ぬのが当然”と思い込んでる連中が多数派だからだ。
お前のように疑問を持つ奴は、国家にとって“ノイズ”なんだ。」
ユウは拳を握った。
「じゃあ、もし──俺がこの情報を世の中に公開したら?」
「殺されるだろうな。」
森崎は淡々と言った。
「この国にとって、真実は“混乱”だ。
秩序のためには、個人の命などいくらでも消せる。」
静寂が部屋を支配した。
だがその沈黙の中で、ユウは覚悟を固めた。
世界を正すには、“死の平等”を問い直すしかない。
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。