死を拒む者
翌日。
ユウは下校途中、一本の古びた裏路地に足を踏み入れた。
都市の再整備から外れたこの一帯は、定命法施行後に急速に「不要な場所」となったエリアだった。
今では誰も近づかない。──“死を拒んだ者”が潜んでいると噂されているからだ。
だが、ユウにはもう恐怖よりも確信が勝っていた。
USBに記されていたファイルの中に、定命通知未確認者としてリストされていた1人の名前がある。
「森崎 義道」
元・中央技術庁の主任研究員。77歳。
EVB未発行、通知済、未執行。
死んでいるはずの男が、まだ生きている。
ガレージ跡のような建物の扉を叩くと、内側から警告音が鳴り、インターホンが作動した。
「このドアを叩いた理由を言え。」
ユウは一呼吸置き、はっきりと口を開いた。
「あなたの延命スコアは、62でした。
でも、ビザは発行されていない。──なぜですか?」
しばしの沈黙の後、ガチリという電子ロックの外れる音が響いた。
「……入れ。」
中は廃工場をそのまま改造した居住スペースだった。
無数の古いモニターと端末、書類、そして散らかったカプセル型の食糧パック。
椅子に腰かけていたのは、白髪で鋭い目を持つ老人だった。
顔に刻まれた皺は、単なる老いではない。怒りと覚悟の時間が刻んだものだった。
「延命スコア? あんなもん、死刑判決と変わらんよ。
数字一つで“生きる価値があるかどうか”決まる世界さ。」
森崎はウイスキーの入ったグラスを傾けた。
「制度に反抗する人間が、この国では“欠陥品”になる。
お前も、そうだろ?」
ユウは静かにうなずいた。
「知りたいんだ。
この制度が、どうしてこうなったのか。
そして……どう終わらせればいいのか。」
老人はしばしユウを見つめ、そして笑った。
「やれやれ……久しぶりだな、“生きてる目”をしたやつを見るのは。」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。