死の選別
部屋の灯りを最小限に落とし、ユウはノート端末を開いた。
窓はすべて遮光フィルムで覆われている。
この国で「定命法」に疑問を持つ者は、密告される対象だ。
たとえ高校生であっても。
USBを差し込むと、パスコードを要求するウィンドウが立ち上がった。
メモリには一言だけ書かれたテキストファイルが残っていた。
【ヒント:定命初年度に執行された数】
彼は即座に公的記録からその数値を引き出す。
「9,432,771」
パスコードを入力すると、音もなくファイル群が展開された。
中にあったのは、政府の内部資料らしきPDF、音声記録、映像ログ、そして一連のメールログだった。
ユウは最初に【priority_internal.xlsx】というファイルを開いた。
そこには国民の名前、職業、年齢、健康状態、そして──
**「延命スコア」**という謎の数値が記載されていた。
一部の人物には【EVB発行済】と記されている。
彼が聞いた“延命ビザ”の略称だ。
スコアの高い人間には一つの共通点があった。
政治家の家族
財界の幹部
国策に貢献する技術者
メディア関係者の血縁
──つまり、“価値がある”と判断された人間たち。
制度は平等ではなかった。
生きていい人間は選ばれていた。
次に再生したのは、政府内部の音声ログだった。
聞こえてきたのは、男の低く太い声だった。
「我々は“死を平等に与えた”などとは一度も言っていない。
民衆が勝手にそう思い込んでくれたおかげで、秩序が保たれているに過ぎない。
絶対的な平等は、最も強い支配の道具になる──」
ユウの中で、何かがはっきりと崩れた。
この制度は正義の皮をかぶった優生思想だ。
社会のためではない。秩序のための犠牲だったのだ。
彼は手を止め、窓の外を見た。
空は青い。
通学路では子どもたちが笑い、老人たちは消え、街は静かだった。
それでもこれは“平和”と呼べるのか?
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。