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定命の国  作者:
18/19

残火

風が強く吹いていた。

東京湾沿い、かつて国の中枢だったビル群のほとりに、誰もいないベンチがぽつんと置かれていた。


そこに、ユウとカズキが座っていた。


ふたりは今、「国家指名手配」の逃亡者だった。

告発の影響は予想を超え、国際メディアも沈黙を保てなくなった。

一部のNGOが動き出し、政府内でも“制度派”と“再編派”の分裂が始まっていた。


だが、決定打は──まだなかった。


 


制度の廃止には、記録局原本の公開が不可欠だった。

それは「誰が」「なぜ」「どのように」人間の寿命を制度化したかの全記録。


だが、公開すれば、

国際的な制裁・金融崩壊・治安の悪化など、甚大な混乱を生む可能性があった。


 


ユウは、海を見ながら言った。


「なあ、カズキ。もし、お前が“この制度の中枢”にいたら……

自分で、止められたと思うか?」


カズキはしばらく黙ってから、答えた。


「正直、止められなかったと思う。

この制度は“正義の仮面”をつけてたからね。

最初は、社会を守るためって言ってたはずなんだ。

でも──気づいたときには、人が“数字”にされてた。」


 


ユウは、小さく頷くと、懐から最終データキーを取り出した。

藤堂から託された、記録局原本を開くための唯一の鍵だった。


 


「これを世界に出すかどうか、決めるのは──もう、俺たちじゃない方がいい気がしてる」


「……つまり?」


「“未来に生きる奴ら”が決めるんだよ。

俺らは、ただ“選べる余地”だけを残す。それでいい」


 


その夜、遠く離れた小さな離島。


少女が、火のついたロウソクを海に流していた。

周囲に人はいない。

ただ波音と風の音が、遠くでうねる。


彼女はフードを脱ぎ、海の先に目を細める。


七瀬ソラ。


国が発表した“自死”も、“安置された遺体”も──すべては偽装だった。


公安内の一部反対派職員が、密かに彼女を脱出させ、身元を消した。

ソラは今、“この国にいないことになっている”。


 


だが彼女の中では、あの日の叫びが、ずっと生きていた。


「命って、本当は、“自分で選べるもの”なんです」


 


彼女は、船に乗り込む。

誰にも行き先を告げずに。

どこかで、「自分で生きる」ために。


 


数年後


制度は、形を変えて残った。


70歳通知制は撤廃されたが、代わりに「自己終末意思登録制度」という任意の選択制が導入された。

それでも、多くの人々が依然として“国家の目”を恐れていた。


 


だが、ある年の春。

とある高校の卒業式で、1人の女子生徒が壇上でこう語った。


「私は、選びます。


誰かに決められた人生じゃなくて、

自分で決めた“私の生”を。」


 


それは、七瀬ソラのかつての言葉と酷似していた。

そして彼女は言った。


「生きていていいって、誰かが言ってくれたから。」


 


 



一つの制度が生まれ、一つの声がそれに抗い、

やがて世界は少しずつ、変わる余地を持つようになった。


それは革命ではなかった。

戦争でもない。

ただ、“言葉”が灯した火が、今もどこかで静かに燃え続けている。


 


七瀬ソラという火種は、

今も誰かの心の奥で、

「自分で生きていいんだ」と言い続けている。

この物語はフィクションです。

実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

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