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定命の国  作者:
17/19

余燼

放送の翌日。

朝の街に流れた空気は、前日とはまるで違っていた。


満員電車の中、スマートフォンの画面には、

再アップロードされた“七瀬ソラの生放送”が何度も再生されていた。

誰かが録画し、拡散し、そしてそれを消される前に次の誰かが保存した。


政府の情報統制をかいくぐり、言葉だけが燃え広がっていた。


 


役所の前に、ぽつぽつと人が立ち始める。

70代の男性が職員に静かに尋ねる。


「私は、まだ“死にたくない”んですけど、それはダメですか?」


返答できない職員。

やがてその様子が撮影され、SNSに投稿される。


そこに書かれた短い言葉。


「国家は、私を生きさせてくれない。」


それは、“死にたくない”と願うただの一人の声。

だが、それが何万回もシェアされ、次第に**“運動”**へと変化していった。


 


旧多摩送信所。

破損した中継装置を前に、アカリは腕を組んで立っていた。


セイゴがゆっくりと口を開く。


「……俺が、ずらした。

怖かったんだ。もしあれで戦争になったらって……」


アカリは無言だった。


「でもな、ソラの声、聞いた瞬間に思った。

……やっぱ、俺が間違ってた。

怖いからって、黙ってていい理由にはならねぇんだなって」


彼はアカリに、外したケーブルの一部を差し出した。


「“もう一度、繋ぎ直してくれ”ってさ。遅いか?」


アカリは少しだけ笑った。


「遅い。でも……無駄じゃない」


 


政府は表向き、「誤送信による混乱」として放送を一蹴。

だが内部では緊急事態として、**記録局データの“物理封鎖”**に乗り出していた。


それは、“誰が制度の被通知者に指定されたか”という名簿をも封印するという意味だった。


だが──そのときすでに、

一部の記録が、別ルートで流出していた。


流出元:元・国家中央記録局所属、藤堂ミツル。


彼は、自身の逃走ルートを断ち切るとともに、

データをクラウド分散保管し、

一定期間後、自動公開されるよう設定していた。


 


カズキは、ソラの放送中、密かに**“国家記録の原本”**をダウンロードしていた。

内容は、定命制度に関する全立案記録、政治家との交渉履歴、

さらには「誰が利益を得たのか」までを明らかにする生々しい文書だった。


「これを公にしたら、もう後戻りはできないよ」


彼はユウに言った。


ユウは、傷痕の残る頬を指でなぞりながら、静かに頷いた。


「だからこそ──やる価値があるんだろ」


 


放送後、ソラの居場所は誰にもわからなかった。


政府は「錯乱後、自死の可能性」と発表したが、

遺体は確認されていない。監視記録も一切、消去されていた。


だが、放送から7日後。

全国の中学校・高校に、匿名の封筒が届く。


中には、わずか一枚の紙が入っていた。


 


『あなたは、


まだ、生きていていい。


それだけは、忘れないで。


七瀬ソラ』


 


それは、本物か偽物か──誰にも断定できなかった。

だが、多くの若者がその紙を教室の壁に貼り、

泣きながら見つめていた。


 


国家は制度の見直しを一部発表し、

定命通知の“自主同意制”への移行を検討すると報じた。


けれど、それは火消しのための見せかけかもしれない。

制度の根幹は、まだ変わってはいない。


だが、確実に世界は変わり始めていた。


人々が、「死に方」ではなく「生き方」について語るようになった。


そして、誰もが、七瀬ソラという名前を知っていた。

この物語はフィクションです。

実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

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