葬送の朝
決行日。午前4時。
東京の街は静まり返っていた。
だがその沈黙の奥で、国全体の神経が研ぎ澄まされているのがわかる。
空にはドローン式監視機が旋回し、
主要な交差点には“式典警備”を名目とした機動隊が配置されていた。
その一方で、政府は突然の発表を行った。
「本年度の定命式典は“静粛な形式”で実施するため、
国民への中継は取りやめとする。映像記録は後日アーカイブにて提供予定」
それは明らかに、ソラたちの放送挿入を恐れての措置だった。
KATASTROPHEチームは、東京都内に点在する旧型放送中継所を利用した、
“電波ジャック”作戦を始動していた。
ユウとカズキ:江東区旧放送管理局ビル
アカリとセイゴ:多摩送信塔跡地
ソラ:国会裏手の地下分岐局
藤堂:バックアップ転送地点にて待機
目標は同時挿入。1秒でもずれれば、国家側のフィルタリングが発動し失敗する。
そして各地点には、それぞれΦ群の影が迫っていた。
■ 決断できなかった者
多摩送信塔跡地。
アカリが中継機材をセットしている最中、セイゴが静かに呟いた。
「……アカリ、さ。もしこれ、成功しても……
国が壊れて、社会が混乱して、戦争みたいになったら……どうする?」
アカリは手を止めることなく答えた。
「だったら、また作ればいい。
でも“誰かが殺され続ける国”はもう、いらない」
セイゴはうなずいた──ように見えたが、
その手は、配線ケーブルをほんの数ミリ、外していた。
地下分岐局。
数十年前に廃止された放送系統の“バックドア”。
今もわずかに使える信号帯を、カズキが解析して見つけ出した。
そこにソラは一人で入る。
不思議と、怖くなかった。
もう自分は、「選ばれる側」ではなく「選ぶ側」にいるのだと思えた。
装置の前で、録音データを確認する。
だが──その瞬間、機材が一瞬だけブレた。
「……え?」
表示される一行のエラー。
信号受信側に不整合が発生しました
誰かが、タイミングをずらした。
■ ソラの決断
混乱する頭を、強引に切り替える。
「……なら、リアルタイムで“私が語る”」
録音ではなく、生の声を全国に送る。
わずかな時間、わずかな帯域。
でも、それでいい。
“誰か一人にでも届けば、それでいい。”
彼女は、マイクのスイッチを押した。
画面が突然、白黒に切り替わる。
テレビ、スマホ、駅の電光掲示板。
すべてのスクリーンに、ひとりの少女の姿が映る。
「こんにちは、七瀬ソラです。
私は、あと数分で“国家に殺される”予定の人間です。」
街が止まる。
通勤者がスマホを取り出す。
老人がテレビに顔を近づける。
「あなたは、“誰かが決めた死”を受け入れられますか?
70歳だから死ぬ? 決められたから死ぬ?
それって、命じゃない。
命って、本当は、“自分で選べるもの”なんです。」
彼女の声は震えていなかった。
言葉は、全て、真っ直ぐだった。
「私の母は、自分で死を選ばされました。
私は、選べなかった。
だから、私は、あなたに問いかけたい。
“あなたの死を、国家に任せますか?”
それとも──
“あなたの生を、あなた自身で選びますか?”」
数秒後、画面がブラックアウトした。
放送後、数十万のSNSアカウントが「#自分で生きる」と投稿。
一部の若者が役所に押しかけ、通知撤回を要求。
年配者の中にも、「生きていたい」と告げる者が現れ始めた。
ソラの姿は、それ以来、誰にも見つかっていない。
だが──彼女の声は、確かにこの国に“火”をつけたのだった。
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。