表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定命の国  作者:
15/19

最後の灯

決行日まで、あと2日。


ビルの空は曇天だった。

まるで、この国全体が呼吸を止めているかのように、重く、湿っていた。


廃ビルの作戦本部では、襲撃の傷跡がまだそのままだった。

壁の一部は焦げ、床には破損したドローンの残骸が転がっている。


しかしその中心で、

七瀬ソラは、微かに笑っていた。


 


「ここまで来たら、もう後戻りはできない。

でも──それでいいのよ。

人間って、たまに“捨てる覚悟”でしか、前に進めないから」


誰に言うでもなく、そうつぶやくソラの顔は、かつてないほど静かだった。


 



その日、政府は表向き「老朽電力網の再点検」という名目で、

全国13区画の計画停電を発表した。


だが、実際に停電となったのは、KATASTROPHEの登録IPが集中する地域ばかりだった。


ネット通信は著しく遅延し、SNSや匿名掲示板も一斉に“更新停止”。


一部の若者が「これ、KATASTROPHE潰しじゃね?」と投稿するも、

投稿から10秒で削除。アカウントは凍結。


まさに、「静かな粛清」が始まっていた。


 


とある保育園。

子どもが描いた絵に、ある教師が違和感を覚えた。


──「おじいちゃんが空にいく日」

──「しろいおくすりのひ」


その子の祖父には、まだ通知が届いていないはずだった。


「この子……誰からそんなことを?」


だが翌日、その保育士の契約は突然打ち切られた。

理由は、「教育指針の逸脱」。


 


市民たちは何かがおかしいと気づき始めていた。

だが言葉にするほど、

**“言葉が消されていく”**のだった。


 


廃ビル作戦本部では、藤堂ミツルが沈黙を保ったまま、

端末のログを整理していた。


アカリは彼をじっと見つめながら言う。


「あなた、最初から何かを“選んで”隠してるわよね。

何を守ってるの?」


藤堂は答えなかった。

ただ、古びた義道のノートを指でなぞりながら、独りごちた。


「私は、もう誰の味方にもなれない。

ただ、せめて“言葉”だけは──燃やさないようにしたかった」


 


その意味は、まだ誰にもわからなかった。


 


その夜、ユウとソラは再び屋上にいた。

ビル群の遠く、東京タワーが闇に沈んでいる。


ソラはゆっくり語り出した。


 


「……母がね、“定命通知”を受け取ったの、誕生日の2週間前だったの。

でも、それを渡したのは私だった。郵便受けから見つけて、

“これ、なんだろう?”って……渡しちゃったの。」


「……」


「母は、その晩すぐに“自分の処理を予約”した。

“迷惑をかけたくない”って……ね。

私、翌朝には、もう“娘”じゃなくなってた。」


 


静かな沈黙。


ソラは、遠くに霞む電波塔の方向を見つめながら続けた。


 


「“制度”ってのは、ただ命を奪うだけじゃない。

人を“諦めさせる”。

未来に“向かうこと”そのものを、殺してるのよ」


 


ユウは黙って、その手を取った。


「じゃあ、俺は“お前が未来を向けるように”戦う」


ソラは目を伏せて、初めて、少しだけ涙を見せた。


 


決行日は、明日。


各地で用意された**“映像挿入ノード”**にチームが移動する。

藤堂を含む全員が、命をかけて“真実”を流す準備に入る。


 


だがその一方、

国家は別の計画──**“式典放送そのものの中止”**を決定していた。


それは、七瀬ソラがいかに命を燃やそうと、

“炎ごと、空気ごと、黙殺する”という選択だった。

この物語はフィクションです。

実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ