最後の灯
決行日まで、あと2日。
ビルの空は曇天だった。
まるで、この国全体が呼吸を止めているかのように、重く、湿っていた。
廃ビルの作戦本部では、襲撃の傷跡がまだそのままだった。
壁の一部は焦げ、床には破損したドローンの残骸が転がっている。
しかしその中心で、
七瀬ソラは、微かに笑っていた。
「ここまで来たら、もう後戻りはできない。
でも──それでいいのよ。
人間って、たまに“捨てる覚悟”でしか、前に進めないから」
誰に言うでもなく、そうつぶやくソラの顔は、かつてないほど静かだった。
その日、政府は表向き「老朽電力網の再点検」という名目で、
全国13区画の計画停電を発表した。
だが、実際に停電となったのは、KATASTROPHEの登録IPが集中する地域ばかりだった。
ネット通信は著しく遅延し、SNSや匿名掲示板も一斉に“更新停止”。
一部の若者が「これ、KATASTROPHE潰しじゃね?」と投稿するも、
投稿から10秒で削除。アカウントは凍結。
まさに、「静かな粛清」が始まっていた。
とある保育園。
子どもが描いた絵に、ある教師が違和感を覚えた。
──「おじいちゃんが空にいく日」
──「しろいおくすりのひ」
その子の祖父には、まだ通知が届いていないはずだった。
「この子……誰からそんなことを?」
だが翌日、その保育士の契約は突然打ち切られた。
理由は、「教育指針の逸脱」。
市民たちは何かがおかしいと気づき始めていた。
だが言葉にするほど、
**“言葉が消されていく”**のだった。
廃ビル作戦本部では、藤堂ミツルが沈黙を保ったまま、
端末のログを整理していた。
アカリは彼をじっと見つめながら言う。
「あなた、最初から何かを“選んで”隠してるわよね。
何を守ってるの?」
藤堂は答えなかった。
ただ、古びた義道のノートを指でなぞりながら、独りごちた。
「私は、もう誰の味方にもなれない。
ただ、せめて“言葉”だけは──燃やさないようにしたかった」
その意味は、まだ誰にもわからなかった。
その夜、ユウとソラは再び屋上にいた。
ビル群の遠く、東京タワーが闇に沈んでいる。
ソラはゆっくり語り出した。
「……母がね、“定命通知”を受け取ったの、誕生日の2週間前だったの。
でも、それを渡したのは私だった。郵便受けから見つけて、
“これ、なんだろう?”って……渡しちゃったの。」
「……」
「母は、その晩すぐに“自分の処理を予約”した。
“迷惑をかけたくない”って……ね。
私、翌朝には、もう“娘”じゃなくなってた。」
静かな沈黙。
ソラは、遠くに霞む電波塔の方向を見つめながら続けた。
「“制度”ってのは、ただ命を奪うだけじゃない。
人を“諦めさせる”。
未来に“向かうこと”そのものを、殺してるのよ」
ユウは黙って、その手を取った。
「じゃあ、俺は“お前が未来を向けるように”戦う」
ソラは目を伏せて、初めて、少しだけ涙を見せた。
決行日は、明日。
各地で用意された**“映像挿入ノード”**にチームが移動する。
藤堂を含む全員が、命をかけて“真実”を流す準備に入る。
だがその一方、
国家は別の計画──**“式典放送そのものの中止”**を決定していた。
それは、七瀬ソラがいかに命を燃やそうと、
“炎ごと、空気ごと、黙殺する”という選択だった。
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。