影の中に
廃ビル、午前2時。
地下の作戦室では、アカリが拡張計画のリスト整理を、カズキがネットワークの遮断ポイントを再設計していた。
ソラは眠らず、壁の監視カメラを何度も確認していた。
ユウは非常階段でひとり、缶コーヒーを片手に冷たい夜風にあたっていた。
そのとき、階下で微かな音を聞いた。
──キィ……ガチン……
金属音。ドアロックが外れた音。
直感が叫んだ。
「……誰かいる」
ユウが急いで戻ると、すでにソラが動いていた。
彼女は廃ビルの構造を熟知している。最短経路で音の元へ向かう。
地下三階。旧エレベーターピット。
扉がわずかに開き、黒い影が中に滑り込むのが見えた。
ソラは一瞬、呼吸を止め、拳銃型の非殺傷スタンガンを構える。
「出てきなさい。……味方なら今すぐ身分を明かして」
沈黙。だが数秒後、スピーカーから音声が返ってきた。
「……侵入じゃない。俺は“残された者”だ。」
姿を現したのは、30代後半の男だった。
黒い作業着、手には古い国家公務員証。
「藤堂ミツル」──元・国家中央記録局所属
過去に“情報改ざん拒否”で追放された記録技術者だった。
「俺は義道の仲間だった。
あの焼かれた部屋に、最後までいた。……でも、恐怖に負けた。逃げたんだ。」
彼の手には、焼け残った**義道の“手書きのノート”**があった。
義道の遺稿:“境界の思想”
ノートには、義道の言葉が綴られていた。
『我々は、どこまでを「人間」と呼ぶのか。
年齢か、能力か、それとも国家が定める価値か。
定命制度は、その問いから目を逸らすためのシステムだ。
「年を取ったから死ぬべき」という論理は、“人間の終わり”ではなく、
**“国家による定義の始まり”**を意味している。』
そして、ページの最後に記されていた一文。
「人間が、国家を選ぶ最後の瞬間は、死を拒否する時だ」
ユウはその一文を読み、拳を握った。
「……“国家に殺されること”に、慣れてはいけない。
選ばれる死じゃなく、“自分で選ぶ生”を取り戻すために、俺たちはやるんだよな」
ソラは無言でうなずいた。
だが、仲間の中に──藤堂の言動に疑念を抱く者もいた。
セイゴは怪訝な表情で呟く。
「……あいつ、義道が焼かれた時に“最後までいた”とか言ってたよな。
普通、あんな火の中で生き残れねぇだろ。
それに、持ってきたノート、どうしてそんなに綺麗なんだ?」
アカリは慎重に言葉を選ぶ。
「……つまり、内部からの工作員の可能性があるってこと?」
「わからねぇ。でも、あいつは“何かを隠してる”気がする」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。