第三話 幽蓮
ホールの天井では、星が静かに瞬いていた。
三つの月の光は今なお煌々と宮廷を照らし、
その下で音楽と笑い声、柔らかなステップの響きが折り重なっていた。
貴族たちは手を取り合い、まるで舞うために生まれてきたかのように身をゆだねていた。
男たちは背筋を正し、仕立ての良い軍服やタキシードを纏い、
女たちは色とりどりのドレスを翻しながら、肩越しに微笑みかける。
──その笑顔に、偽りはなかった。
この一夜に限って、誰もが「平穏」という名の仮初の楽園に浸っていた。
不安も戦の気配も、遥か遠くの話のように感じられた。
ヴァミは二度目の曲に乗って、新たな相手と踊っていた。
一つ一つの動きに無駄がなく、まるで剣舞の延長のような整った足運びだったが、
目元には柔らかな余裕があり、笑みを浮かべることを忘れてはいなかった。
「お上手ですね、姫君」
「ええ、今夜だけは……戦う必要がないから」
そう言って、彼女は目を細めた。
その表情は、いつもの厳格な面影をわずかに脱ぎ捨てたもので、
月明かりとシャンデリアの光を纏いながら、まるで一枚の絵画のようだった。
リヴォンもまた、穏やかに微笑んでいた。
リオ=ミュリスと再び向かい合い、指先で彼の手を軽く取り、静かに踊る。
「私、踊りに自信はありません。 お姉さまのように軽やかに舞うことはできません」
自信のない姫に
「誰と踊るか、かもしれません」
そのやり取りに、リヴォンは口元をわずかに緩めた。
舞踏のステップはいつしか自然になり、
彼女の背に揺れる銀色のリボンが、リオの肩にかすかに触れたとき、
彼はその手に、確かなぬくもりを感じた。
ノンはというと、踊りには加わらず、ローズクリームのミルフィーユを頬張っていた。
頬をふくらませたまま笑うその姿は、幼い少女のように無垢で、
傍らの友人たちもつられて笑い出した。
「ノン姫様、ほんとに踊らないのですか?」
「んー……今はケーキの魔法にかかってるの!」
そう言いながら、彼女は次の一皿に手を伸ばす。
その笑顔は、心の調和そのものだった。
誰かのためにではなく、ただ“自分が幸せである”ことが、
周囲の者たちを癒し、温かく包んでいた。
それぞれの場所で、
それぞれの役割のままに、
だが誰もが確かに「今、生きている」ことを感じていた。
笑い合う人々。
触れ合う手。
伝わる鼓動。
女帝アミルネアは階段上からそのすべてを見つめ、何も言わず、ただ深く頷いた。
今宵の舞踏会が、姫たちの“未来”に灯をともす一夜となることを願いながら。