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第十話 暁衣

第十話《暁衣ぎょうい

静寂に包まれた光の宮廷ルミエル──

その黎明は、まるで銀の筆で描かれた絹のように、ゆるやかに空を染めていく。


だが今朝ばかりは、風の香りさえ異なる。

花は揺れず、鳥は囁かず、天の三つの月すらも、夜明けに抵抗するように空に残っていた。


ミラザリス宮、北の翼塔。

その最上階、天蓋のある女王の間に近い部屋の扉が、音もなく開かれる。


ヴァミ・ミラザリスは、赤を秘めた長いドレスを身にまとい、鏡のない壁面を背に、静かに立っていた。


──否、今朝の彼女が纏うのは、初めて目にする深紫のドレスだった。


胸元には、父王がかつて王妃に贈ったとされる「薄紅石うすべにせき」の首飾り。

その石が、剣ではなく“愛”の証であったことを、今のヴァミは誰よりも理解していた。


侍女が控えめに頭を下げると、ヴァミはかすかに微笑んで、袖を整えた。


「今日は、舞台に立つ日。

けれど、演じる気はない。私たちは……もう、誰の影にも隠れない」


赤い光を秘めた瞳に、一瞬だけ金色の輝きが走る。

それはまだ覚醒ではなく、予兆。

剣を手にする日は近い。


彼女が静かに歩き出すと、従者たちは誰一人声をかけず、ただ彼女の“選択”を見送った。


**


一方、リヴォン・ミラザリスは、塔の結界制御室を抜け出し、東の神殿へと向かっていた。


彼女が身につけていたのは、墨色のローブと青銀の刺繍が施された袖飾り。

足元は静かな革靴。いつものような王家の気品よりも、学者としての冷徹さが際立つ出で立ち。


しかし、首元にそっと輝く宝石だけが違った。


それは──花の王国リシアールから届いた、親友が贈ってくれた「暁の守珠ぎょうのしゅじゅ」。


親しき者の心を守るといわれる青い宝玉。

彼女はそれを身につけたとき、初めて「誰かを想って戦うこと」を自覚した。


風が流れる神殿の中、彼女は呟く。


「守るだけじゃ……足りない。

誰かが私を信じてくれた。なら、私は信じ返す。

これは、私自身の戦い」


手のひらに浮かぶ術式は、いつかより複雑に、緻密に、そして──優しかった。


**


そして──最も遅れて部屋を出たのは、三女ノン・ミラザリスだった。


その足どりは軽く、スカートの裾を少し持ち上げて駆けるように。

身にまとっていたのは、まるで春の光を編んだような、やわらかな桃色のドレス。

肩には絹の花びらが飾られ、銀のブレスレットが光を跳ね返している。


「へへ……お姉さま方はカッコいいんだもん。私も……今日はちゃんと、姫らしくしよっかな」


彼女が手にしていたのは、昨晩焼かれたばかりのフルーツケーキを包んだ布。

それは、侍女や厨房の兵たちからの“がんばってね”の贈り物だった。


ノンはそれを懐にしまいながら、庭へ向かう。


「きっと今日も花は咲く。

たとえ怖いことが待ってても……わたしが笑ってれば、大丈夫」


陽の差し込む廊下で、彼女はそっと笑った。


**


三姉妹がそれぞれの“選択の衣”を纏い、出会ったのは、宮廷中央にある《記録の間》。

かつて王たちが戦争と条約を記した石碑の眠る聖域。

その場には既に、女帝アミルネアの姿があった。


白金のローブに、緋色の瞳。

その眼差しは、かつてないほどに柔らかく、そして強い。


「……おまえたちが、自らを選んだのなら。

この国もまた、おまえたちに応えるだろう」


アミルネアの声に、ヴァミは深く頭を垂れた。


「母上……わたしたちは、恐れません。

今日の一歩が、誰かを守るなら……剣も、術も、心も、使いましょう」


リヴォンは静かに頷き、ノンは微笑んで言った。


「怖いけど……わたし、誰かの光になりたいの」


その言葉に、アミルネアの唇がかすかに震えた。

だがすぐに背を伸ばし、玉座のような石の椅子に腰掛けた。


「では行くがよい。

三つの月が重なりきる前に。

これは“運命”などではない。おまえたちが選んだ“生”なのだ」


三人の姫君は、夜明けの庭を背に、静かに歩き出す。

まだ剣も、術も、解き放たれてはいない。


だがその歩みこそが、この国を変える“始まり”だった。


──光は、まだ完全に消えていない。

だが、戦場の鼓動は、確かに近づいていた

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