表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/36

9,号泣と協力者

「うぇぇん…」


写生の授業はもちろんさぼった。

今頃クレアが、私は体調不良で寮に戻ったと先生に伝えてくれているはずだ。

旧校舎に駆け込むと、この前と同じ柱の隅にしゃがんでおもいっきり泣いた。


ティファニーちゃんの大事な宝物をがらくた呼ばわりして、池に投げ捨てた!


目の肥えた人間から見れば、あの珊瑚は大きさや艶からして安物なのは直ぐにわかる。

でも、庶民から見れば高価な品だし、それにすごく大事にされているのは一目瞭然なのだ。


「全然がらくたなんかじゃないよ!」


金額でしか物の価値を計れないソフィアは、がらくたにしか見えなかった。

興味がないならすぐにティファニーちゃんに返せば良かったのに!


このまま返しては、ティファニー・アンブローズのために拾ってあげたみたいで、何か嫌。


そんな理由で池に捨てた!


「…っ、ごめんなさい…」


分かってたことだけど、辛い。

しかも、手が震えて思ったよりも遠くに投げてしまった。

もっと、取れやすそうな位置に投げたかったのに…。


「うぅー。悪役令嬢、やっぱり辛いよぉ…」


やめたい。

けど、やめたら滅亡…。


「何かすごい声が聞こえると思ったら、またあなたですか」


えぐえぐと泣いていると、頭上から声がした。


「用務員さん…」


いつの間にか、ここの出入りを許してくれたひとがそこにいた。

用務員さんは、おや、と首をかしげると微笑んだ。今日は、帽子をかぶっていないから表情がよく見える。


「エリック・スミスだ。用務員だとたくさんいて紛らわしいだろ」

「ソフィア…」


挨拶をしてくれたのだから、かえさなくては。

そう思ったけど、あれ。家名を言ったら、わたしが公爵家の娘とばれちゃう。

悪名高い公爵令嬢が、ここで号泣していたと知られるのはちょっと不味い。

困っていると、エリックは小さく笑った。


「ソフィアって呼んでもいいか?」

「は、はい!」


なんとなく事情を察してくれたのだろう。

その優しさが沁みる。


「それで、今回はどうしたんだ? まだ池に落とした物が見つからないんなら、一緒に探してやるけど」

「なんで、知って…」

「同僚が言ってた。生徒に池をさらう道具を貸してほしいって言われたって」

「あうっ…」


そう。

どうしてもあの池にネックレスを捨てることが出来ないと思った私は、近くにいた用務員さんに頼んで大きな網を貸してもらった。マスクをして顔を隠しながら、か細い声で丁寧にお願いしたので、公爵令嬢とはばれなかった。

そして、その網を使って三日間、放課後に一人藻を掬っては捨てて、を繰り返した。


そうやって少しだけ池を綺麗にして、なんとかネックレスを投げられたのだけれど…。


「池に落としたものは…。今頃、見つかって、持ち主に返されていると思います…」


まさか、池に捨てるために池をさらっていたとは言えない。


「? また、おかしな言いまわしだな。まぁ、見つかったならいい。じゃあ、今回泣いてた理由は?」

「それ、は…」


言い淀んでいると、エリックが隣に座った。


「溜め込むよりかは、言った方がすっきりするぞ」

「…何か初めて会ったときと言葉遣いが違う気がする…?」

「こっちが素。ここで働くうちに、貴族のはなしかたを覚えただけだ」

「そうだったの」


思わぬ裏話だ。

名前といい、公式プロフィールにも書かれていないことがたくさん知れた。まぁ、用務員さんの欄は小さかったけど。


「で?」

「うっ」


話してしまいたい。

こうして話している間も、まだ涙はボロボロと出てきて止まらない。

明らかにおかしな人だし、多分、私も限界だった。

…ゲームとか、魔王復活とか詳しい話をしなければいいよね。

怪しまれるようなことは伏せようと決めて、私はハンカチで涙を拭った。


「えっと、実はー…」






「…つまりその好感度とやらをあげなければ、国が滅びる、と」

「…そういうことになります」


無理だった!

悲しいことに、ボロボロの精神状態でうまく話せるほど私は器用じゃなかった。


結局、ほとんどのことをエリックに話すことになってしまった。


「ここがゲームと同じ世界で、あんたが悪役令嬢ねぇ」

「あうう…」


思わず私は唸った。

覚えたてだろうに、エリックは専門用語を使いこなすなんて…。


「はっ。実はエリックも転生者…!?」

「違う。ただのしがない用務員だ。なぜ、そう思う」


即否定だった。


「だって。私の話、信じてくれてるみたいだから…」


普通、信じないだろう。

良くて夢見がちな子の作り話。

悪くて、妄想。

でも、エリックは特に疑う様子は一切なかった。


「…『涙は女の武器だと言うけど、号泣しているときに嘘をつけるわけないでしょう』」


誰かの声まねのようにエリックが言う。


「前にいたんだよ。あんたみたいに泣きながら、突拍子もないことを話した女が。それで、疑ったら怒られた」

「…その人に激しく共感する…」


嘘なんてつく余裕はない。

でも、その人はどんな話をしたんだろう。

異世界転生に匹敵する話とは???


「そのときは、信じたふりをしてその場をおさめた。まさか、真実だとは思ってもみなくて…。で、痛い目にあった」


懐かしそうにエリックは言った。

つまり…。


「本当に信じてくれるの?」

「信じないわけにはいかないんだよ」

「!」


そこには疑いの色は一切なかった。


「…ありがとう」

「別に、俺は何もしてないぞ…」

「ううん! ここにいてくれてる!」

「?」

「ずっと、心細かったの。だから、ここにいて、信じてくれるだけですごいことなの!!」


私は立ち上がって、感謝のつもりで握手をした。


「ありがとう!」

「…どういたしまして」


複雑そうな顔でエリックは答えた。


「…でも、いいのか?」

「なにが?」

「あんたが頑張れば、国は平和になるかもしれないが、自分は追放されるんだぞ?」

「…頑張らなかったら、滅亡だよ…。それだったら、まだ追放の方が生き残れる気がしない?」

「…大変だな。悪役令嬢…」


同情の目だった。


「あと、ね…」


これは物語とは関係ないことだ。

だからか、自然と声が小さくなった。


「…外国、行ってみたいの」


それは、わがままなソフィアですらも、誰にも言えなかった願いごと。


「この世界、あまり異国への旅行って出来ないでしょう?」

「まぁ、商人とか、余程の金持ちぐらいか?」


交通手段が限られたこの世界では、国内を移動するだけで、時間と労力がかかる。

外国に行くとなるとさらにだ。

だから、国外追放が罰になるのだけれど。


「どこの国に行きたいんだ?」

「海の綺麗なところ」

「海…?」


この国は、山に囲まれた国で海がないのだ。

小さい頃に見た図鑑で海を知り、ソフィアはずっと海に憧れていた。


それは、波の音を聴きながらゲームで遊んでいた女の子の記憶が、どこかに残っていたせいなのかもしれない。


「海のある国に行けるなら国外追放もそんなに悪くないかもな、って。今の私は公爵家のプライドとかあんまりないから、庶民の生活も別に嫌じゃないし」

「まぁ、無さそうだな…」


二回しか会っていない男の人の前で大号泣をする淑女はいない。

エリックは納得してくれたようだ。


「ゲームでは、最後に国外追放を言い渡されて、うちひしがれるソフィアの画で最後だったの。だから、頑張れば少しは荷物とかも持っていけそうだし」


それは、この二ヶ月間で学んだこと。


「ゲームで起こったことは、必ず起きる。でも、その前後ももちろんあるわけで、見えないところも結構あるんだよね」


用務員さんと出会えるとは思ってなかった。


「…前向きって言っていいのか分からないけど、まぁ、言いたいことはわかった」

「?」

「俺も手伝おう」


エリックが言った。


「いいの?」

「そうしないと魔王を倒せないんだろ?」

「う、うん」


私はうなずいた。


「なら、人手はあった方がいいだろ。悪役令嬢を演じつつ、国外追放されたときのための準備をするなら」


国外追放されたときの準備。


「でも、物語を改変は…」

「それこそ、本筋に関わらなければいいんじゃないか? 用務員か生徒の手助けをするのは当たり前だし、あんたも生徒の一人だ」

「!」


突然前が開けた。



用務員;情報通。

つなぎの右ポケットには、飴。

左ポケットには、猫用おやつが入っている。


[七色の虹公式ファンブックより]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ