88,記憶
「勝手に入って申し訳ありません。具合が悪いようですが、大丈夫ですか」
ビクター様が呼び掛けた。
いつもの礼儀正しい、丁寧な口調だ。
私は、叫びだしたい気持ちを押さえた。
だって、あのシーンを生で見れるのだ。
画面越しだと分からなかったけど、ビクター様は剣に手を添えてる。ってことは、この時点でビクター様はこの人が魔王だと疑っていたと言うことで…!!
…空気。空気。空気。
私がここにいるのはイレギュラーなのだ。
変な影響を出さないように、じっとする。
声をかけられ、魔王様がビクター様の顔を見る。
「ロバート、か?」
その名を出した途端、ビクター様の顔が険しくなった。
「いいえ。違います」
「いや、何を…くっ!」
魔王様が寝台から起き上がろうとして、また頭を押さえる。
ビクター様の後ろで、心配そうなティファニーちゃん。
「俺は、ビクター。ロバートではないし、彼女もパトリシアではない」
硬い声で、はっきりと告げる。
しかし、魔王様は聞いていなかった。
天井を見上げ、目を眇める。
見ているのは、天井よりももっと上。
「…そこか」
いまいましそうに顔を歪めると、魔王様はゆっくりと立ち上がった。
「待て!」
ビクター様が、魔王様を制止する。
剣を引き抜き、構えた。
朝練帰りだったビクター様が鞘から抜いたのは、真剣。薄暗い部屋の中、わずかな光を反射してキラリと光った。
「…」
突然、剣を向けられても、魔王様はうっとうしいものを見るような目をしただけだった。
「一つ聞きたい。お前は、ロバート王とパトリシア妃が戦った…魔王、なのか?」
神話の中の架空の存在だと思っていた魔王が、実際に現れた。
ビクター様の質問に、ティファニーちゃんも息を飲む。
あり得ないと笑い飛ばすには、この状況はおかしすぎた。
「…ロバート王、パトリシア…妃?」
魔王様は不思議そうにそう言うと、また頭をおさえる。
「…まずは取り戻さないと」
そして、上を見る。
「! 待て!」
魔王様の視線の先にあるものが分かったのだろう。ビクター様は、剣を持つ手に力を込めた。
そのまま斬りかかる。
「!」
結果が分かっていても怖いっ!
思わず目を閉じてしまったその間に、ガタンと、大きな音がした。ビクター様が倒れていた。
「ビクター様!」
ティファニーちゃんが叫ぶ。
「…邪魔をするな」
魔王様はそう言うと、部屋を出て行った。
「大丈夫ですか、ビクター様!」
ティファニーちゃんがビクター様に駆け寄る。
「…あぁ。平気だ」
うぅっ。
ゲームでは、ほんの一瞬。ほとんど省略されたシーンだったけど、こうして倒れたビクター様を見るのは辛い。
でも、怪我はしていないはず。
復活して間もない魔王様は、まだ、本調子ではないから、魔法もあまり使えない。
「…あいつの目的は、魔法石だ」
「えっ?」
ビクター様は、一度大きく息を吐き出すと言った。
「あの石を使われたら…」
魔法石は、使う人の魔力の足しになる。
それが悪意ある者の手に渡れば、最悪の結果が訪れてしまう。
「俺が食い止める。ティファニー、君は先生方にこの事を伝えてくれ」
真剣なビクター様の表情だ。
ここで魔王様が力をつければ、国が破滅に向かうのは想像に難くない。だけれど、今の一瞬でもビクター様は魔王様に負けた。
それでも、ティファニーちゃんを逃がすため、そう決断したビクター様に、ティファニーちゃんは言うのだ。
いいえ。置いていけません。一緒に戦います!と。
「はい、分かりました!」
…え。




