82,時計塔の扉
リンジーちゃんとモーリスの二人が去って、ほぼシナリオ通りに、時計塔の前にビクター様とティファニーちゃんが残された。
…私がいることを除いては。
「ソフィア。用事は良いのか?」
ソフィアには、ここに残る理由はない。
いつもだったら自分の予定を優先するのに動こうとしないから、ビクター様は不思議に思ったのだろう。
「えぇ。ちょっと、散歩がしかっただけですから。ビクター様がいらっしゃるのなら、私もここに居りますわ」
いつものソフィアの笑顔を浮かべる。
…だって、このまま立ち去ったら、ティファニーちゃんまでもが付いてきてしまいそうだ。
「この時計塔…」
ティファニーちゃんが呟いた。
「何か、気になることが?」
ビクター様に問われ、ティファニーちゃんは少し考えながら言った。
「いえ。以前開いていたので、普段は鍵がかかっているんだなって」
良かった。
悪役令嬢の存在に気を取られて、あの文化祭での出来事を忘れてたらどうしようかと思っていたけど、平気そうだ。
「開いていた? この扉が?」
「はい。文化祭の時に。…きっと、点検中だったんでしょうね」
…。
ティファニーちゃんとビクター様の生やり取りに、感動してる場合じゃない。
っけど、ゲームと同じセリフ!
私は、なるべく邪魔にならないように、息を潜めた。
「いや、点検をするなら早朝や長期休暇だろう。外部の者が入ってくる文化祭に、わざわざ行うとは思えないが…」
学校の手入れは、生徒がいないときに行うのが基本だ。
庭園の花の手入れや大がかりな清掃も、生徒が少ないときにしている。
「では修理でしょうか? でも、あのとき、時計は止まっていなかったので違いますね…」
「修理…」
ビクター様が眉間にシワを寄せた。
「時計塔の時計が壊れたなんて聞いていない。…生徒会に連絡が無かっただけかもしれないが…。しかし、文化祭の最中に時計塔を修理…」
ここはまだ、時計が高価な世界。
他の場所にも時計はあるものの、一番大きく、正確なのはこの時計塔の時計だ。
だからみんな、この時計塔の時計や鐘の音を頼りに生活している。
大事なものだ。
「…時計を止めるまでではない程の軽い不具合があって、管理人が業者を呼んだのならそれもあり得るか…」
「業者の方?」
「あぁ。これだけ大きく古いものだから、動力源の魔法石も取り扱いが難しいだろう。専門の知識が必要だったのだと思う。それなら、普段は閉めてあるはずの時計塔の鍵が開いていても不思議ではない。きっと、君の言う通り修理していたのだろう」
「確かに、大きな魔法石でした。私はよくわからなかったけど、とても良いもので、珍しい…と…」
「なかに入ったのか?」
「…すみません。ちょっとだけ…」
ティファニーちゃんは悪くないですよ!
そう言ってあげたい。
…けど、がまん。
「…創建以来、一度も壊れない時計塔…か」
「え?」
「文化祭の時にクラスで集めた噂話だ。…あながち間違いではないな」
ビクター様は首を振った。
「管理人や専属の業者が、大きな問題になる前に人知れず修理していた。だから生徒の目には、いつも同じ姿に見える。校内の清掃と同じだ」
汚れていることがないから、掃除してくれていることにも気付かない。
時計塔もまた、時間が遅れていることすらない。いつも完璧な姿なのは、みんなが気付く前に手入れしてくれているから。
ビクター様は、そう言いたいのだろうけど、それは残念ながら違う。
この時計塔は…。
「雪が降ってきたな…」
話しているとまた、雪が降ってきた。
ティファニーちゃんとビクター様は、空を見上げる。
ティファニーちゃんは顔を曇らせた。
このままでは、きれいな刺繍の入ったハンカチは、濡れてしまうだろう。
…ハンカチは使うためのものだけど、今日、リンジーちゃんから贈られたものだ。
まだ、モーリスはじっくりとは見てないはず。
「…また、開いていたらな…」
ティファニーちゃんは、扉に手を掛けた。




