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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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8,商人の息子

◈◈◈◈◈


高度な魔法を使う時、魔法陣を使うことがある。

だから、図形や物のかたちを正確にとらえる能力は必要らしい。

そのため週に一度、この学校では美術の授業が必須科目として組み込まれていた。


「確か、ここの近く…」


好きな場所の写生。


それが本日の美術の授業だと言われ、ティファニーは一人、学校内の片隅に来ていた。

クラスメイトたちは校舎の外観や、高名な建築家のデザインしたエントランスなどに行くと話していた。

教室から遠く、有名なものもない。ここなら、他の生徒と被ることもないだろうと、まっすぐティファニーはここに来た。

それに、


「あ、咲いてる!」


この池のそばにだけ、ある花が植えられていた。


「あじさい。ここでも、見られるなんて」


小さな花が集まり、一つの大きな花束にみえるその植物は、ティファニーの故郷にもたくさん植えられていた。


花に見えるけどこれはガクでね。本当の花はこの中にあるんだよ。


そう教えてくれた家族のことを思い出し、懐かしさにティファニーは、制服のポケットからネックレスを取り出した。


「みんな元気にしているかなぁ」


赤い珊瑚のネックレスは、この学校に入学が決まったとき、お祝いにとティファニーの祖母がくれたものだ。

元々は、祖父からの贈り物だったと小さい頃に教えてもらったことを思いだし、ティファニーは首を振った。


「そんな大事なものもらえない!」


しかし、ティファニーが返そうとしても祖母は受け取らなかった。


「いいのよ。貴族の学校に通ったら、必要なものがたくさんあるでしょう。それを買う足しにしなさい」


まさかの返事にティファニーは驚いた。


「売れるわけないよ!」


祖父母の思い出の品を売るくらいなら、学校になんて行かない。そう言うと、駄々をこねる子供を見るような目で見られたので、ティファニーは言い直す。


「…必要なものは、向こうで用意してくれるっていうから、大丈夫」


これなら納得してくれるかな、と思ったが、やはり受け取ってはくれなかった。


「でも、デートに行くときの服までは用意してくれないでしょう?」

「おばあちゃん!?」


この人は何てことを言うのだ。


「わたし、学校に勉強しに行くんだよ! デート何て…」

「そのくらい気楽に使って良いってことよ」


からからと笑う祖母の表情は優しくて、ティファニーは嬉しいのになぜだか泣きそうになった。



「会いたいなぁ」


お守り代わりのネックレスを見ていると、複数の賑やかな話し声と草を踏みしめる音が聞こえた。


「あら?」

「えっ」


刺々しい声に驚いて顔をあげると、そこには美しい銀色の髪のクラスメイトの姿があった。


「…」


手にはもちろんスケッチブック。

誰とも被らないようにと来たのに、まさかの自分を嫌っている人と被ってしまったようだ。


「す、すみません。私、向こうに行きます!」


ここは譲るべきだろう。

慌てて移動しようとしたとき、ネックレスが手から滑り落ちた。


「あっ!」

「なにかしら、これ」


ソフィアが足元に落ちたネックレスをつまみ上げた。


「なんだ。がらくたじゃない」


返してもらおうと、ティファニーは手を出した。

そんなティファニーを一別すると、ソフィアは眉間にシワをよせた。


「学校にがらくたなんて持ってきてはいけないわ」


そう言うと、ソフィアは池にネックレスを投げた。

ポチャン、と池の水が跳ねた。


「えっ」

「ここは、なんだか空気が悪いわ。皆さん、違うところに行きましょう」


呆然とするティファニーをもう見ることもせず、ソフィアは他の生徒たちを引き連れ、去っていった。




「…」


ティファニーは池を見つめていた。

捨てられたネックレスが起こした波紋がおさまる頃、ガサゴソと葉が擦れる音がした。

その音はなぜか頭上から聞こえた。


「こっわぁ。今の何?」


近くの木を見上げると、褐色の肌に青い髪の男子生徒がニヤニヤと笑っている。

細めた目の色は黄色で、笑っているのにどこか猛禽類を思わせる鋭さがあった。


「言っとくけど、俺が先にいたんだからな。盗み見するつもりはなかったけど、まぁまぁ面白かったかな」


器用に木から降りながら、男子生徒は言った。


「…休憩中のところお邪魔をしてすみません」


この学校の生徒にしては珍しく、制服を着崩している。桜色のネクタイも緩く締めていて、異国風の大きなビーズを通したネックレスをしていた。

この時間は授業中なのに木の上にいたということは、サボっているのだろうとは思ったが、ティファニーは謝った。


「俺、この国に来てまだ一年だから、貴族の顔が分からなくて。あのきついお嬢様は誰?」

「プロウライト様です」

「あぁ! 王子の婚約者の。へー。あの子が」


ティファニーは持っていたスケッチブックを置いた。


「あっ、ちょっと待て」

「?」


写生の道具を片付け始めたティファニーを、男子生徒は引き留めた。


「面白いもんを見せてくれた礼にこれ、やるよ」


ティファニーの手に乗せられたのは、大きな珊瑚の石。


「えっ?」

「捨てられたのよりいい物だ」

「…要りません」

「うん? ネックレスにしたければ、腕のいい細工師も紹介してやるけど」


その言いようにティファニーは怒った。


「あれは、私の宝物なんです! かわりはありません!」


珊瑚の石を男子生徒に突き返すと、ティファニーは靴を脱いだ。


「お、おい? なにしてんだ」

「取りに行くの!」


靴を揃えると、靴下を脱ぐ。


「えっ、本気かっ!?」

「本気です。直ぐに済ませますから、どうぞ木の上に戻って下さい」


ティファニーはスカートを軽く持ち上げ、裾が濡れないように結んだ。シワがついてしまうが、後でアイロンをかければい。


「ちょっと待てって」


男子生徒がティファニーの腕を掴んだ。


「まだ水は冷たいぞ。しかも臭い」

「諦める理由にはなりません」

「…へぇ。あんたの目、綺麗だな」


ふいに男子生徒がティファニーの顔を覗き込んだ。


「ありがとうございます。手を離してください」

「ははっ。気に入った」


男子生徒は素直にティファニーから手を離すと、靴を脱いだ。裾を捲って、ネクタイをシャツの胸ポケットに入れる。


「俺が行ってやる。あんたは指示を出してくれ」


ティファニーが止めるまもなく、池に入っていく。


「えっ!?」

「確か、向こうだったよな」


ざぶざぶと池の中を歩く男子生徒に、ティファニーは慌てた。


「だ、だめ。その歩きかただと、水が濁ってしまうから、もっと静かに歩いて!」


堆積していた泥や砂が、舞い上がる。

小さなネックレスなど簡単に見えなくなってしまうだろう。

ティファニーの言葉に、男子生徒はピタリと動きを止めた。


「…もしかして、沈むネックレスをじっと見てたのも、その為?」

「? はい」


慌てて行くと、見失う可能性が高い。

落下位置をちゃんと頭に入れ、なおかつ池の水の揺れがおさまるのを待っていた。


「悲しみにくれてたんじゃなかったのかよ…」

「すみません、よく聞こえなかったんですけど…」


男子生徒の呟きは小さくて、弱々しかった。

女の子に優しくするのが、貴族男性のたしなみだと聞いた。でも、池にはいるのは辛かったのかも。決して綺麗とは言いがたい池だ。


「あの、あとは自分でやります」

「いいから。落ちたのはどこだ?」


頼っていいのか迷いつつ、ティファニーは答えた。


「その場所から五歩先、ニ時の方向です」

「すげぇ正確だな…」

「…? でないと見つかりませんから」


石だから水の中でも壊れる心配はないけど、早く救いだしてあげたい。


「おっ、これか?」


腕まくりをすると、ためらいなく池の水に手を入れた。

まだ寒さが残るからか、藻が少ないのが救いだったが、それでも池は濁っていて探すのは大変だろう。


「うーん。やっぱ冷たっ」


そう言いながらも両手を池に入れ、しっかりと探してくれているようだ。


「あったぞ!」


ほどなくして、男子生徒は手を上げた。


「これだな?」


ざぶざぶと水をかき分け、ティファニーの元に戻ってくる。その手には、赤い珊瑚のネックレスがあった。


「っはい!」


どこも壊れていない。

大事な大事な宝物。

ティファニーは安堵のあまり涙目になった。


「ありがとうございます!」


両手で受け取りお礼を言うと、男子生徒は困ったように頭をかいた。


「別に。あんたの的確すぎる指示のお陰で、たいして時間も労力もかかってないし」

「でも、お陰で私は濡れずにすみました」


ポケットからハンカチを取り出して、男子生徒に差し出した。


「これ、使ってください」


池に浸かった手足は、濡れている。

隠そうとしているが、制服も濡れているのをティファニーは見逃さなかった。


「いいよ。木の上にいれば、そのうち乾く」


そんなことより、と男子生徒はティファニーのネックレスを指差した。


「それ。洗うときは、皿かなにかに水を入れて、そっと洗えよ」


泥だらけの池の中に落とされたネックレスは、汚れていた。


「珊瑚は鉱石じゃないからな。傷付きやすい。それに、かなりの年代物だ。金具も壊れかけてるから気を付けろ」

「壊れてる? どこですか?」

「ほら、こことここ」


石を留める爪の部分とチエーンを指差した。


「よく見てみろ。錆びてるし、留めが甘い」

「本当だ…」

「今日のせいじゃなくて、ずっと使ってたからだな。それ、やっぱ貸せ」


男子生徒はティファニーからハンカチを受け取ると、ネックレスを丁寧にのせて包んだ。


「でも、長年使ってたにしては、状態はいい。持ち主が大事にしてた証拠だ」

「はい。思い出の品です」


大事に胸に抱くティファニーを男子生徒は眩しそうに眺めた。


「いいな、あんた」

「?」

「そんなに大事にされれば、その品も本望だろうよ。あんた名前は?」

「ティファニー・アンブローズです」

「ふぅん。俺はハーリィ・フュルト。よろしくな」




◈◈◈◈◈◈

ハーリィ・フェルト;商人の息子

アクセサリーを集めるのが趣味。

今は、木製のビーズのネックレスが気に入っている。


[公式ファンブックより]

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