74,調査
足音は二人分だった。
王子と一緒に行動していたらしいティファニー・アンブローズは、まっすぐな目で言った。
ソフィアの話でよく聞かされていたが、間近で見る虹色の瞳は、確かに見る角度によって色を変えていた。
美しい宝石のようでとても神秘的なの、と褒めていたことを思い出す。
「旧校舎の周りでは、見ませんでしたか? 女子生徒さんとか…」
なるほど。
これも、ソフィアがよく言っている「物語の裏側」なのだろう。
エリックは、表情を変えないように注意しながら思った。
三月のガーデンパーティのとき、王子は調べあげたソフィアの『悪行』を、並べ立てるらしい。
おそらくこの質問も、断罪するための調査の一環なのだろう。
誰もいない旧校舎内で、公爵令嬢が男と会っていた。
婚約者がいる貴族の子女にとって、かなりの醜聞だ。
それだけで、婚約破棄の理由としては十分だろう。
ソフィアはそれでも良いと笑うかもしれないが、そんな理由であの少女が貶められるのは我慢ならない。
「女子生徒さん、ですか?」
「はい」
ゆっくりと考えるふりをしながら答えた。
「あぁ。そう言えば。この前、女の子を見ましたね」
その答えに、目の前の二人の生徒が息を飲んだ。
『あのね、エリック。ティファニーちゃんも攻略対象者の人たちも、本っ当にすごくてね。兼ね備えている能力が他の人たちと桁違いなの!』
悪役令嬢の演技を練習しているとき、ソフィアは言った。
あまりにも念入りに練習しているから、もう十分じゃないのか、そう言ったときのことだ。
『だから、下手な演技だと直ぐに気付かれちゃうから、たくさん練習しないと!! 本当にすごいんだから!!』
ソフィアの話を参考に、言葉を選びながら続けた。
「級友に意地悪をしてしまったと、嘆き悲しんで大泣きしてました」
鋭い洞察力があるのなら、嘘をつかなければいい。
これなら、嘘はついていない。
二人は信じたようだ。
「大泣き…」
「えぇ。一人で泣ける場所を探して、ここに来たと」
帽子を被り直すふりをして、窓の外を見る。
ソフィアの姿は見えなかった。
「これは、ここだけの話にしてください。本人も、もう来ないと言ってましたので」
そう言うと、アンブローズは真面目な顔で頷いた。
「はい。秘密にします」
アンブローズが先に答えてしまってから、王子もまた少し複雑そうに答えた。
「わかりました。…ですが、他に生徒が立ち入り禁止区域に入り込んで、作業のお邪魔をするようでしたら、どうぞ生徒会や教師にご一報ください」
「えぇ。そうさせてもらいます」
礼儀正しく、作業の邪魔をした詫びを言って、王子は帰ろうとした。
しかし、アンブローズが少し悩んでから、振り返った。
「あの…」
「はい?」
「その女子生徒さんは、お友達と仲直り出来たんでしょうか」
心配そうな顔だった。
その生徒が悪役令嬢ではないかと疑っているわけではなく、本当に心配しているのだろう。
こんな寂しいところで泣くことを選んだ、一人の女の子を。
「…俺には、分かりません」
申し訳なさそうに言えば、アンブローズは我にかえったように慌てて言った。
「そ、そうですよね。すみません!」
ティファニーちゃんは、みんなを救ってくれる。
ふと、そんなソフィアの声が思い出された。
「…本当は、名前で呼び合う友だちになりたかった」
「え?」
「なんだか複雑な立場らしく、友だちになりたいのになれない、そんなことを言っていましたね」
この学校は、貴族の世界の縮尺図のようなもの。
家や親の関係が、子供にも影響する。
好きになった人が、親の政敵の子供だった。
そんな話は山ほど聞く。
王子も心当たりはいくつかあるのか、眉間にシワを寄せていた。
「あぁ。しゃべりすぎました。これ以上は」
「はい。すみません。忘れ…はしませんが、秘密にします!」
なんだか、よく似た誰かを思い出しそうな真面目な顔で、アンブローズは言った。




