69,よくある一日
「ソフィア、あなたは何が良い?」
大きなパールの指輪。
カットの美しいエメラルドのブローチ。
公爵夫人は流行に敏感でなければならないし、さらに言えば、流行を作り出す側だったりもする。だから、私の家にもよく商人がたくさんの品物を持ってやってくる。
今日は、ソフィアにとってはよくある日だった。
「そうですわね…」
審美眼を鍛えるための勉強なので、欲しいものがなくても選ばないといけない。
小さい宝石をたくさん集めたネックレスよりも、大きな宝石があるものかしら。
それとも、普段使いも出来そうな花を象ったピンブローチ?
深い碧い宝石は、あまり見たことがないから、これが正解かも。
今までのソフィアの知識と物欲を総動員して目を光らせる。たくさん並べられた物のなかで、一つ、異色を放つものを見つけてしまった。
「あっ…」
「おや、それは。ちょっと、来てくれ」
思わず手に取った品物を見て、商人さんは誰かを呼んだ。直ぐに、商人さんの後ろに控えていた一人がやって来た。
「なんですか?」
「ソフィア様が、こちらの物に興味がおありらしい。これを仕入れたのはお前だろう?」
呼ばれてやってきたのは、まさかのハーリィだった!
いつもの宝飾品じゃらじゃらな感じは押さえ目で、従業員風の服を着ている。
商人さんはこちらに向き直って言った。
「ソフィア様は、気づきかも知れませんが…。この者は私の息子でして、ハーリィと申します」
紹介されて、ハーリィは綺麗なお辞儀をした。
「魔法学校に通わせていますが、商売の勉強がしたいと休日は私の元で学ばせているところでして。どうぞ雑用を何なりとお申し付けください」
「まぁ、ソフィアは知っていたの?」
「…クラスが違いますから」
何なら、ハーリィのソフィアに対する心象は最悪です!
ティファニーちゃんに意地悪したところしか見られてない。
でも、公爵令嬢ソフィアはティファニーちゃんに意地悪したことなどさっぱり忘れているはずなので、ここは特に反応しない。
「それで、何がお気に召したんですか?」
ハーリィが聞いた。
「これよ」
「これ、ですか」
私は、奥にあった一つの置物を指差した。
ゲームとは無関係の物だから、安心して話すことが出来る。
「これは、ペンギンではなくて?」
ガラス製か、水晶をくりぬいて作ったのか、透明なその形はまさにペンギンだった。
一部くちばしと羽に色づけされている。
手のひらに乗るくらいの大きさ。
「えぇ。よくご存知で。ペンギンですよ」
ハーリィはペンギンの置物を私の手のひらに乗せた。
小さいわりにずっしりと重い!
海のない閉鎖的なこの国では、海の生き物に関する認知度は低い。
写真もないので図鑑も手書き。
でも、この世界にも海の生き物はいて、しかも、姿形も私の知っているものと同じだということは、かなり嬉しかった。
「南の海の方に群れで暮らしている生き物です。翼はありますが、海の中で泳ぐために使うようです」
「あなたは見たことがあるの?」
「えぇ。時折船から見えますね。島国の海岸にも、巣を作っているので」
どうやら生態も私の知っているペンギンと同じ!
「ソフィア様は、海の生き物に興味が?」
私とハーリィのやり取りを見ていたらしい商人さんが聞いた。
…しまった。
ペンギンではなくて、この置物の話をするべきだった。
「え、えぇ。少し前に本で見かけたので…」
言いながら、ペンギンの置物を見る。
…かわいい。
じゃなくて。
「これは、水晶なのかしら?」
今は、好きな小物を探す時間ではないのだから。
それに、公爵令嬢ソフィアならペンギンの小物には興味は示さない。
「えぇ。とは言え、装飾品にするには、少し濁りがある部分なので、色付け出来る小物にしたそうですが」
ハーリィはペンギンの羽の部分を指差した。
確かに言われた所は、透明じゃない。
けど、それが模様っぽくもある。
「ふぅん」
私は飽きたように見せかけて、ペンギンの置物を元の場所に戻した。
…ほんとうは欲しいけど、公爵令嬢ソフィアは欲しがらない物だったからだ。
ペンギンだし、置物だし、濁りのある水晶だし…。
「他の物を見せてちょうだい」
高慢な口調に聞こえるように、私はハーリィに言った。




