66,ソフィアの考察
「あれ、家に帰らなかったのか?」
舞踏会の次の日、旧校舎裏にいた私に声をかけてくれたのは、エリックだった。
「…うん」
「顔色悪いな。ちゃんと、休んでるか?」
「…あんまり」
「とりあえず、寒いから中に入れ」
エリックは私を立たせると、旧校舎の中に連れていった。
いつもの紅茶。
いつもの白いティーカップ。
いつの間にかここは、私の居場所になった。
「エリック。助けてくれてありがとう。あの風は、エリックだったんでしょ?」
ティファニーちゃんを探していたときに吹いた風。あれは絶対エリックのおこした風だ。
「…気付いたのか」
「だって、他にはいないもん」
「まぁ、こっそり給仕に紛れてな」
「そうだったんだ! 見つからなかった?」
舞踏会にこっそり紛れ込むなんて、見つかったら怒られないだろうか?
「もう長いこと用務員として出入りしてるから、隠れ場所は分かってる」
「そっか。そうだったね。ティファニーちゃんもそうやって匿ってあげてたんだった。…用務員さんは万能だっていつも思ってた」
私が言うと、エリックは笑った。
「ソフィアのことも見てたよ。なかなか上手く踊れていたんじゃないか?」
「…うん。エリックとの練習を思い出して、頑張った」
一度もつまずかなかったし、ちゃんと笑顔も作れていたように思う。
「じゃあ、お祝いだな」
「…お祝い?」
「全て、ソフィアの予定通りに、ゲームのシナリオ通りに出来たってことだろう? 成功祝いだよ」
「成功祝い…」
そっか。
予定通りに出来たんだった。
初めてその事に気付いた私を、エリックは優しい顔で見ていた。
「ソフィアはアンブローズを泣かせたくて、あんなことをしたんじゃないだろう?」
「…ティファニーちゃん、ビクター様と踊れてた?」
最後にビクター様と踊ったあとは、私がいると邪魔になるかもしれないからと、直ぐに撤退した。だからその後、二人がどうなったかを私は知らない。
「あー。俺もばれたらまずいから、さすがにそこまではいられなかった。だから、踊ってるところまでは見てない」
ただな、エリックは続けた。
「会場の外で、適当に掃除して様子は伺っていた。二人が出てきたところは見た。時間的にも一曲分くらいはあったから、踊れていたと思う」
「そっか。ありがとう」
「おう。だから、アンブローズのことはそんなに心配するな」
そう言われて、ドレス姿のティファニーちゃんの姿が思い出された。
胸元に赤い染みの出来た純白のドレスと、驚きと怯えの混じったティファニーちゃんの眼差し。
「うぅっ…、ふぇっ…」
「…逆効果だったか…」
エリックが天を仰いだ。
「あうっ。…ご、ごめん。大丈夫。泣かない!」
私は制服の袖で涙を拭いた。
「…なんだかなぁ。アンブローズのために、ソフィアが身を削りすぎてる気がする。そろそろ止めてもいいか?」
「止めないで! ティファニーちゃんは被害者! 私は、全部分かっててやってるんだから」
「世界のために、だろ。…魔王が憎くないか?」
静かな問は、いつかの夜を思い起こさせた。
「憎くないよ」
私は即答した。
全然憎くない。
「…無理しなくて良いぞ?」
「無理なんてしてないよ!」
「うーん? …そう言えば、ゲームの中の魔王ってどんな奴だったんだ?」
エリックが聞いた。
エリックからゲームの内容を聞いてくるのは珍しい。
「にゃんこ様?」
「いや、そうなんだけど。そうじゃなくて…」
困ったようにエリックが頭をかく。
「…一周目は、人間を憎んでいる悪役だったよ」
ソフィアと同じ悪役。
よく物語に出てくる感じの悪者。
「当たり前だよね。人間に封印されて何百年と閉じ込められて。目覚めたときに側にいたティファニーちゃんとビクター様を、パトリシア様と騎士だと思って攻撃して、国ごと滅ぼそうとするの」
「…アンブローズが魔王討伐を失敗すると、国は滅ぶんだよな」
「うん」
「その後、魔王はどうしたんだ?」
「その後…?」
私は首をかしげた。
「国を滅ぼして、魔王は何がしたかったんだ?」
「そこまでは、描かれてないよ。ティファニーちゃんが主人公だから。ティファニーちゃんが倒されてしまったらそれで、おしまい」
それを聞いてエリックは唸った。
「そうか。アンブローズが主人公のゲームって、そう言うことか…」
「そうだよ」
ゲーム。遊戯。
必ず、エンディングがある。
「じゃあ、アンブローズと王子はどうやって戦うんだ? 二人ともそんなに魔法での戦闘に慣れていないだろう」
「うーん。そうなんだよね…」
この世界には魔法があるけど、魔物はいない。戦争は遠い昔の出来事。
だから魔法で戦う訓練は、学校ではしない。
「ゲームの分類がバトル物じゃなかったから、戦うシーンはあまりないの」
「…それで、大丈夫か? 魔王は強いんだろ?」
「うん。説明が難しいけど…。攻略対象者の好感度が一定の数値まで達していて、さらに、魔王様と対峙するタイミングを間違わなければ、勝ちが確定しているって言うか…」
私は頑張って説明した。
「魔王様との戦いは、ある意味、それまでのゲームで稼いだ好感度の答え合わせのようなもの。攻略対象者たちみんなの好感度が高ければ倒せるし、低かったら倒せない」
「…なんだそれ」
「うん。分かる。ゲームで遊ぶ立場だったら面白いんだけど。それが現実世界だと、ちょっとね…」
だから、これまでのことを踏まえて捕捉する。
「現実に置き換えてみるね。分かりやすいので言うと…。ティファニーちゃんは、誕生日に魔法石のネックレスをもらったでしょ」
「あぁ」
「好感度はつまり仲良しの度合い。魔法石は魔王様との戦いで役立つアイテム。仲がよければ、贈り物も気合いがはいるでしょ」
「仲が深まれば、戦いで有利になる。か」
「そう言うことだと思う。他にも、試験勉強として魔法の使い方を教えてもらったり、星空観察とかで、学校内の裏道を教えてもらったり」
「…全てが、繋がってくるのか?」
「そんなに難しいことじゃないよ。ただ、誰かと仲良くなって、経験と知識を深めていくってだけ」
それって、ゲームじゃなくても普通に現実世界であることだ。
「ソフィアから見て、アンブローズは魔王を討伐出来そうか?」
「ラインは越えたよ」
マックスの編入。
リンジーの恋の成就。
贈り物のネックレス。
そして、ビクター様とのダンス。
「ゲームで言えば、クリアして、ハッピーエンドのエンディングを見られる。それは、私が保証する!」
「ハッピーエンドか」
「うん。ティファニーちゃんとビクター様が結ばれて、空に架かった虹を見上げて終わるの!」
何度も映像で見た。
断罪されたあとなので、今回は、私は見ることはないだろう。




