64,小さなイヤリング
◈◈◈◈◈
ティファニーは、少し先の廊下の真ん中に、小さなイヤリングが落ちているのを見つけた。
女子生徒の着ているドレスに、ハイヒール。それでなくても、晴れやか舞台で浮き足立っているので、小さなイヤリングが落ちていても誰も気付かないようだ。
ドレスの裾に隠れそうになったり、誰かの爪先に蹴飛ばされたり。ティファニーは、急いで小さなイヤリングを救出した。
「これは…」
エメラルドグリーンの綺麗なイヤリングを見る。
ティファニーにはハーリィのような宝石の知識はないが、この日につけてきたのだから、持ち主の取って置きのイヤリングなのだろう。
先生に…。
落とし物として先生に渡そうと思ったが、先ほどまですぐ側にいた教頭は、なぜか生徒と一緒に踊っている。
では、他の先生に。
そう思ったが、タイミングが悪いようで、誰も見つけることが出来なかった。
ポケットにしまっておいて、舞踏会が終わってから渡す。
今すぐに先生か、給仕の人を探しに行く。
「持ち主の人が探してるかも」
ティファニーは、自分のネックレスをそっと触る。
みんなが贈ってくれたこのネックレスは、ティファニーの宝物で、つけているだけでここに立つ勇気をくれる魔法のようなお守りだ。
もしも落としてしまったら。
そう考えるだけで、泣きそうになる。
もしかしたらこのイヤリングも、持ち主にとってそんな存在かもしれない。
ティファニーは辺りを見回して、このイヤリングを託せそうな人を探しに歩き出した。
◈◈◈◈◈
「それでは、それはこちらで預かろう」
ティファニーちゃんとビクター様が話していた。
ティファニーちゃんからイヤリングを受け取ったビクター様は、優しく微笑む。
「楽しめているか?」
「はい! 皆さん、素敵で、ここにいられるだけで幸せです!」
「そうか。そのドレス、よく似合っている」
ビクター様は満足そうに頷くと、仕事に戻った。
ティファニーちゃんも会場に戻るつもりなのだろう。振り返って歩く先に、真っ赤なドレスを着た私が立っていたことに気付いたようだった。
「あっ…」
ペコリとお辞儀をして、ティファニーちゃんは私の前を通りすぎる。
…かわいい。
純白のAラインのドレスには所々にレースがあしらわれている。リンジーちゃんのお下がりで、少し汚れているところを隠すために、レースをのせたのだ。ネックレスはもちろんみんなにもらった大事なネックレス。
ゲームと同じ!
スチルと同じ!
もっとよく見たいな…。
今までごめんなさい。
あなたとお友だちになりたいの。
そう言えば、ティファニーちゃんは喜んで友だちになってくれるだろう。
そしてこの華やかな舞踏会で、美味しいお菓子をつまみながら、わいわい楽しく過ごすんだ。
クレアたちは驚くかもしれないけど、私が態度を変えれば分かってくれるはず。
私にとっての分岐点はここで、ここを逃すともう後戻りは出来ない。
ソフィアのクライマックスは、ここなんだ。
私は深呼吸をした。
「アンブローズさん」
「は、はい!」
ティファニーちゃんは元気よく返事をして立ち止まった。
ビクター様の姿はもう見えない。
そして、向こうから華やかな音楽が流れ始めた。
…あぁ、そう言うことかぁ。
その音楽は、上級者向けのダンス音楽で、ダンスに自信がある人しか踊れない。
だから、みんな素敵なダンスを見に行ってしまう。
残されたのは、他人のダンスに興味のないソフィアと、そのソフィアに呼び止められたティファニーちゃんだけ。
他には誰もいなかった。
「…そのドレス、とってもよくお似合いね」
「あ、ありがとうございます」
ティファニーちゃんは嬉しそうに微笑んで自分のドレスを見た。
このまま、ティファニーちゃんと仲良くおしゃべりしたい。
でも。
私は悪役令嬢ソフィア。
人の婚約者をたぶらかす悪いやつには、罰を。
「…でも、何かが足りないわ。そうだ」
私は、側に置いてあった赤ワインを掴むと、その中身をティファニーちゃんにかけた。
「…えっ」
呆然として綺麗な大きな目を見開くティファニーちゃんを見てられなくて、思わず目をそらしそうになった。
だめ、まだ終わってない。
エリックとの練習を思い出せ。
私は無理やり笑顔を作った。
悪役らしい、人を蔑むような恐ろしい笑顔を。
「…これで完璧」
絶対、泣かない。
だって、泣きたいのはティファニーちゃんのほうなんだから。




