59,放課後、旧校舎にて
「エリック! すごい!」
私は、いつものように旧校舎に入るとエリックを称えた。
「おー。うまくいったか?」
「うん! ティファニーちゃん、ダンスの練習を始めた!」
昨日、エリックの助言でビクター様とダンスを踊った。
すると、もう今日の放課後には校舎裏でダンスを踊るティファニーちゃんの姿が!
私は嬉しくなって、エリックに報告するために旧校舎に急いで来た。
「でもなんで、私がビクター様と踊ると、ティファニーちゃんがダンスの練習を始めるの?」
練習をしなさい、と促したわけじゃないのに。
「学校で有名な二人が優雅に踊っているんだ。その姿に憧れて、自分も踊ってみたくなるんだよ」
エリックはお茶を淹れながら続けた。
「ティファニー・アンブローズは、ゲームの中で王子と幸せそうに踊ってたんだろ? もともと、ダンスは嫌いじゃなかったんだろう。ただ、華やかな場は自分には相応しくないと思い込んでいただけ」
「確かに、ティファニーちゃんは生徒の中で、いつも隅にいるようにしてた」
なぜなら、目立つことをすると意地悪されるから。特に、悪役令嬢とか。公爵令嬢とか。その取り巻きとか。…うぅ、ごめんなさい。
「俺の知り合いにもいたんだよ。いつもは剣術の練習ばかりしてて、礼儀作法の勉強をさぼっては叱られてた奴だったんだけど」
エリックが懐かしそうに言った。
「一度父親に連れられて舞踏会に行ったら、その美しさに圧倒されたって、嬉しそうに話してた。それから真面目にダンスの練習も始めてな。まぁ、本物を実際に目で見るほうが、説得力はあるんだろうな」
「悪役令嬢でも、憧れてくれるかな…?」
「実際、アンブローズは練習を始めたろ?」
「そっか。…ティファニーちゃんは優しい素直な子だもんね」
普通、嫌いな人に憧れないと思うけど、ティファニーちゃんは文化祭の時も、自分の歌詞カードをあげちゃうくらいの優しい子。
「いや、それだけソフィアが綺麗に踊れてたって話で」
「そうだね。ビクター様のエスコートは完璧だもん。それは、ビクター様と踊れるたらどんなに素敵かって考えるよね!」
うんうん。
ビクター様とのダンスは楽しかった。
私も、ご褒美をもらっちゃった気持ちだ。
「楽しかったか?」
「うん!」
「その楽しさが、アンブローズや他の生徒にも伝わったんだ。今は、あちこちで男女共に練習してるぞ」
「あ、クレアから聞いた。練習室は予約で一杯だって」
だから、臨時で講堂や他の教室を解放してるって言っていた。
「しかし、提案しておいてあれだけど、よく楽団付きで、練習出来たな」
「あー。それは、私じゃないよ」
流石の公爵令嬢も、楽団を呼ぶことは出来ない。
「私がビクター様にお願いしたのは、今度のデート、外出はいいから、学校の講堂でダンスを踊って欲しいってだけ」
講堂で踊ればきっと目立つだろうから、自然と生徒が集まって、ティファニーちゃんも来てくれるはずだと、予想したのだ。
「クレアがバイオリンを弾けるから頼もうかな、って思ってたんだけど…」
公爵令嬢らしくビクター様にお願いしに行ったら、ビクター様は頷いてこう言ったのだ。
「今度、舞踏会のリハーサルで楽団も来ることになっている。そのときでいいか?」
「…リハーサル」
「うん。でも、普通、リハーサルで楽団の人たちが何曲も演奏しないよね…」
あくまで、この舞踏会は学校行事なのだ。
生徒の舞踏会のリハーサルのために、プロの演奏家が全力で何曲も演奏したりはしないと思う…。
「…俺は管轄外だからよく知らないけど、リハーサルって、毎年そんなに時間はかけなかったと思うな…」
「…うん。だから、多分、ビクター様が話を通してくれたんだと思う」
私のために、何曲か演奏して欲しいと。
「…すげーな。王子」
「私もびっくりした。けど、おかげでティファニーちゃんも見てくれたようだし」
それで、ビクター様もティファニーちゃんと踊れるんだから、良かったと思うことにした!
「これでティファニーちゃんもビクター様と踊れるルートに乗れたし、十二月のデートもこなしたことになるし。ビクター様とのダンスも楽しめちゃったし。本当にありがとう! エリック!」
エリックの案がなければ、ずっともっと大変だっただろう。
「ははっ。俺は、案を出しただけだ。楽団を用意したのは王子。それに、そもそもソフィアがダンスが踊れなかったら、成り立たなかった。感謝するなら過去の自分にだな」
「エリック、謙虚すぎる! …でも、ありがとう。前のソフィアもダンスは頑張ってたから」
ゲームのことを思いだしてから初めてのダンスだったけど、自然に体が動いた。
「俺も、踊らされたから少し分かる。いくつもステップがあるし、足さばきは細かいし、憧れられるくらい踊りこなせるのは、すごいと思うよ」
「エリック、踊れるの?」
「本当に少しだけな。さっき話した知り合いに相手役として捕まって、付き合わされた。簡単なやつなら、まだ覚えてるかな」
昔からエリックは面倒見が良かったんだなぁ。
…あれ。ほんの少しだけ、…もやもや。
「…その、知り合いさんは、今は…」
「うーん? 風の噂で結婚したって聞いたけど。子供も生まれたようだ」
「そうなんだ…」
ううっ。なんで、ほっとしてるの。私。
「ソフィア?」
「あの、ちょっと、エリックと踊ってみたい」
「俺と?」
「! ごめん。なんでもないよ!」
どんなわがままだ!
思わず出た本音に私は動揺した。
「あぁ。そっか。この間、水をかける練習をしたから、今度は踊る練習か」
なにかを納得したようにエリックは言った。
「繰り返し練習すれば、動揺していても体が勝手に動くものな」
「そ、そうだね!」
そこまでは考えてなかったけど、…確かに必要かもしれない。ダンスは踊れるけど、動揺しつつ踊れるかは、未知数だ。
「何の曲で踊るかは分かってるのか?」
「なんとなく…」
ソフィアとビクター様のダンスシーンは一瞬だったので、音楽もちょっとだけ。それでも、ソフィアの知識でなんとなくわかる。
「多分、ワルツだったと思う」
「なら、俺でも出来るか…?」
「踊ってくれるの!?」
思わず私は、大きな声で聞いた。
エリックはそんな私を見て笑いながら、手を差し出してくれた。
「俺のほうこそ、踊ってくれますか?」
「!」




