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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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6/30

6,空白地帯

気が変わりましたの。一人になりたいわ。


私は取り巻きたちにそう言うと、旧校舎に向かった。


今日の悪役令嬢の役目は終わりだ。

今頃、ティファニーちゃんは攻略対象者の一人、ワンコ先輩ことクレイグ・ワグナーと一緒にコーヒーを飲んでいるはず。

理科部の部員である彼は実験用具でお湯を沸かしコーヒーを入れて、ティファニーちゃんに砂糖漬けのレシピが載ったお菓子の本を貸してあげるのだ。


その光景はなんとも微笑ましくて、好きな場面だった。


「…うぅ…」


手のひらにあの薔薇の感触がよみがえった。

私はティファニーちゃんが一生懸命綺麗に整えた薔薇を台無しにした。


地面に落として、さらに踏みにじったのだ。


「ごめんなさい…」


本人には絶対に言えない言葉を呟いた。

あの綺麗な薔薇は、クレイグの指導のもと、とっても美味い砂糖漬けに生まれ変わる。


後日、その砂糖漬けを生徒会に差し入れして喜んでもらったのをきっかけに、ティファニーちゃんはお菓子作りに目覚める。

ビクター様をはじめとした生徒会の役員はもちろん、クレイグ先輩や他の攻略対象者たちに振る舞って、この餌付け行動が、好感度につながるのだ。


だから、私の行動は物語としては間違ってはいない。


けど…。


「つらいよぅ…」


綺麗な薔薇が無惨に地面に散らばる図と、驚きと悲しみの入り交じったティファニーちゃんの顔が頭から離れない。


傷つけた。

絶対嫌われた。

嫌われるようにしたことだけど、やっぱり辛い。


私は大泣きした。


悪役令嬢の悪行はこれからも続く。

薔薇事件はまだまだ序の口で、この後もティファニーちゃんの大事なネックレスを池に捨てたり、ドレスを汚したり。

それが攻略対象者との出会いや好感度をあげることに繋がるのだから、やらないわけにはいかないのだ。


「ひっっく。うぇぇん…」


思いっきり泣いて、また悪役令嬢を頑張って演じるから。

誰も来ないここでは、ただのソフィアでいさせて。


立ち入り禁止の札がかかる旧校舎の中で、柱の影で隠れるようにひたすら泣いた。


でも、悪いことをしたから天罰がくだったのだろうか。


「誰かそこにいるんですか?」


男の人の声がした。


「…えっ?」





私が逃げ込んだ旧校舎は、ゲームの中では空白地帯だった。建物の中に入れはするけれど、誰もいないし、何も起きない。

イベントをクリアするごとに覗いてみたものの、いつも変化はなかった。

気になって他のプレイヤーさんにもきいたけど、やはり結果は同じ。多分、形だけのものだったのだろう。


だから、ここには誰も来ないと思っていたのに…。


でも、そうだ。

ここはゲームの世界じゃない。

みんな、自分の人生を生きている。

私はプレイヤーじゃないし、主要キャストもモブもない。

急いでハンカチで涙を拭いた。


「っ、ごめ…んなさい。直ぐに出ていきます」


口調からして、生徒ではなさそうだった。

きっと、なにかの業者か先生だろう。

(公爵令嬢)と気付かれる前に立ち去ろうとしたとき、声の主が目の前に現れた。


「あぁ、そこでしたか」

「!」


予想した通り、生徒ではなかった。

灰色のツナギを来て、同じ灰色の帽子を目深に被った声の主が立っている。

それは見たことのある人だった。


「用務員さん…」


みんなの味方、用務員さん!


それはゲームの中のお助けキャラ。


次の行動がわからない、アイテム探しに迷った、など、初心者にありがちなつまずきポイントで攻略のヒントをさりげなく教えてくれる重要人物。

校内の至るところに現れて、早朝でも、深夜でも、相談にのってくれる。

とりあえず彼を見つけたら、「話しかける」のが鉄則だった。


キャラデザがシンプルであまりに神出鬼没なので、実は三つ子とか、いや五つ子じゃない? とか、プレイヤーも色々予測して楽しんでいた。

本筋に全く関わらない、無害なお方だ。


…今、この世界はゲームじゃないと思ったばかりなのに。


でも。この見た目は、ゲームと全く同じなのだ。

驚き過ぎて、涙も引っ込んだ。


「えぇ。俺は用務員です。お嬢様、どうかされましたか?」


そう。

この紳士さも人気のポイントだった。


「えっと…。ごめんなさい。ちょっと嫌なことがあって…」


思わず素で答えてから、自分のおかした間違いに気づいた。


ここは悪役令嬢なら、黙って出ていくところだった!


「嫌なこと。…ご友人とケンカでもしましたか?」


真剣に聞いてくれる用務員さん。

…あぁ。そうか。

この人は、生徒でも教師でもない。

だから、この学校内の身分制度の外のひと。私が公爵令嬢だとは知らないのだ、と。

だったら、…いいよね。

私が私でいても。


「友人ではないの…。ケンカでもなくて。私が悪いの。でも、…謝ってはいけなくて…」

「…? なんだか、なぞかけみたいですね」


さすがに、ここはゲームと同じ世界で、私が悪役令嬢として振る舞わなければ国が滅びるかもしれないの。とは言えない。

言えることだけを言ったら、確かになぞかけのようかも。その例えがなんだか国家滅亡との差にギャップがあり過ぎて面白くなって、私は笑った。


「ふふっ。そうね。なぞかけみたいかも」

「そのかたには言えないのですか?」

「えぇ。何があっても。だから、…この事は忘れて下さい。もうここには来ませんから」


立ち入り禁止の場所に入り込んだのは、どうか先生には秘密にしてほしいな…、との思いで言ってみる。


「それは…」


用務員さんはなにかを言いかけ、一度口を閉じた。


「…来てもいいですよ」

「えっ?」

「一応、なにかあったときのために、ここの手入れはしているんです。生徒がいたずらをしないように、立ち入り禁止にしているだけ。だから、危険はない」

「…そう、ですか」


確かに校舎内はきれいだ。

こういった空間は、物置きにされがちだけど、直ぐにでも使えそうなくらい整っている。


「…また同じようなことがあったとき、他の区域で泣くよりかはここの方が安全でしょう」

「!」

「地下倉庫に行かれるよりかは、幾分ましだ」

「地下、倉庫…?」

「えぇ。以前あったんです。成績が下がってショックを受けた男子生徒が行方不明になって。それで職員総出で一日中探し回って…。結果、地下の穀物を貯蔵している倉庫に閉じ込められていたところを救出したことが」


あの時は大変だった…。

用務員さんは遠くを見つめたようだ。

目深にかぶった帽子のせいで表情は見えないけど、顔と帽子のつばの角度でなんとなく分かった。


「他の生徒と混ざると紛らわしいから、その間生徒は寮に待機。不明な生徒の家にも連絡して、部屋という部屋、棚という棚を開けてまわって、木に登り、池をさらって…」

「まぁ…」


貴族の魔法学校は広い。

女子寮、男子寮。先生の住む棟に、もちろん教室。魔法が暴発しても耐える練習施設に、運動場。さらに、部室に来賓用の宿泊施設などなど。

貴族のこどもが通うからなのか、敷地面積は桁違いだ。


「この学校で本気のかくれんぼは…」

「えぇ。とても大変でした。後で聞いたら、一人になれるところを探しているうちに迷い込んで、寝てしまったらしくて」

「うわぁ」


まぁ、無事に見つかって良かったんですけどね。


用務員さんは言った。


「だから、まぁ、ここに入るくらいのことは大目にみてあげますよ」

「…本気にしてもいいですか…?」


何せ、悪役令嬢の役目はまだまだあるのだから。絶対泣く。


「えぇ。とは言え、泣くようなことがないのが、一番ですが」

「!」


そう言いながら、用務員さんは帽子を被り直した。

まさかの用務員さんの顔!

思ったより若そうだ。

二十代前半くらいだろうか。


「生徒さんの相談にのるのも用務員の仕事なので、今度は泣く前に相談してください」


懐かしさのある黒髪黒目のその人は、優しく微笑んでくれた。


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