58,放課後、校舎裏にて
◈◈◈◈◈
「…えっと、右、左…」
「…なにやってんの?」
「! マックス!」
ティファニーは、慌てて箒を背中に隠した。
「あ、えっと、掃除をしててね…」
「それでなんで、箒を後ろに隠すの?」
それもそうだ。
ティファニーは、そっと背後から箒を前に持ってくる。
その様子を訝しげにマックスが見る。
「大体、なんで、一人で掃除してるのさ。他の奴らは?」
「もう終わって帰ったよ」
「は? アンブローズが終わってないのに、一人残して?」
「ううん。違うの! 私は、ちょっと他の用があって…」
他の当番の皆は、ティファニーが残ると言ったとき、一緒に手伝うと言ってくれたのだ。それを断ったのは、ティファニーの方。なぜなら、誰にも知られたくなかったから。
「大体、こんな人が来ないところの掃除なんて…」
言いかけて、何かに気付いたようだ。
綺麗に掃かれた地面、ティファニーの持つ箒と、ティファニーを順番に見た。
「…もしかして、箒を相手にダンスの練習をしてた、とか?」
「ばれた…」
ティファニーは、恥ずかしさを堪えて説明する。
「…そう。ここなら人目につかないし、足音もうるさくないでしょう? だから…」
ダンスの授業を行う練習室や講堂は、いつも他の生徒が使っている。寮の部屋では、下の階に響いてしまう。
練習場所に困ったティファニーは、掃除の時に訪れたこの場所に目を付けたのだ。
「でも、なんで今更ダンスの練習なんてしてるの? 実技試験は終わっただろ」
「試験は終わったけど、舞踏会があるから」
「はっ?」
呆れたように言われて、ティファニーは慌てて続ける。
「わ、私と踊ってくれる人なんていないのは、分かってるよ! でも、もしかしたら、と思って練習しておこうかなって…」
「…それ、本気で言ってる?」
マックスは不機嫌そうに言った。
「ごめんなさい…」
やっぱり、自分と踊ってくれる人がいるかも知れないなんて、考えること自体がおこがましいだろうか。
ティファニーがうつむいてしょんぼりしていると、マックスは大きくため息をついた。
「…少なくとも、ハーリィは絶対に誘うよ」
「え?」
聞き間違いだろうか?
ティファニーは顔を上げた。
「クレイグ先輩も、誘うと思う」
「…なんで?」
特にそんな約束はしていなかったはず。
首をかしげるティファニーを見て、マックスは眉を寄せた。
「何で分からないかな。舞踏会用のネックレスを贈ったんだから、ダンスを申し込むに決まってるだろ。…僕も含めて」
「!」
あの贈り物はそんな意味を持っていたの!?
驚くティファニーに、マックスは、ホントに気付いてなかったのか、と呟いた。
「まぁ、断る権利は君にだってある。嫌だったら、断って良いよ。特に、ハーリィとか」
「そんなことしないよ!」
ティファニーが即答すると、マックスは少し安心したように息を吐いた。
「こんな寒いところにいないで、早く校舎に戻ろうよ」
「ううん。もっと、練習する!」
ティファニーは大きな声で宣言した。
「えっ?」
「踊ってくれる人がいるなら、なおさら、練習しなくちゃ!」
「…そんなに下手なの?」
「たまに、足を踏んじゃう…」
ダンスの授業のとき、相手をしてくれた男子生徒の足を、何度も踏んでしまった。
普通の靴のときですら痛そうだったのに、舞踏会では、さらに攻撃力のありそうな踵の高い靴なのだ。
「…足を見るから、踏むんだよ」
「でも、見なかったら、もっと危なくない?」
「相手の動きを見るんだ。もっと言えば、女性は男のリードに任せていれば良い」
「? えっと、この箒を相手だとすると…」
ティファニーが箒を持って、ステップを踏もうとしたところで、マックスが箒を取り上げた。
「こんなので練習しても、何の意味もないよ」
「で、でもね。前に誰かいるって意識するのは大事だよ。じゃないと、頭突き…」
「…箒なんて使わなくても、僕がいるだろ」
「マックス?」
マックスは箒を側の木に立て掛けると、ティファニーに向けて手を出した。
「ほら。ワルツで良い?」
「踊ってくれるの?」
「本番で足を踏まれたくないし」
マックスらしい言い方に、ティファニーは思わず笑った。
嫌なら、ダンスに誘わなければいいだけなのに。
「ありがとう」
「お礼は、ダンスが上手くなったときで良いよ」
ティファニーはそっとマックスの手に自分の手を重ねた。
「じゃあ、行くよ」
「う、うん」
「せーの。1、2、3」
マックスが数を数えながら、足を運ぶ。
「とりあえず、基礎の動きを繰り返そうか。ほら、顔をあげる」
「えっ?」
「ダンスは、一人で踊るわけじゃないんだよ。相手が必要だ」
「そうだね、あっ、ごめん!」
話しかけられて、意識がそちらに向かった途端、マックスの足を踏んだ。
しかし、マックスは踊ることをやめなかった。
「君、僕のこと信用ならない奴だって思ってる?」
「そんなことないよ!」
ティファニーが答えると同時にマックスが方向転換した。慌ててついていこうとして、ステップが間に合わず、足がもつれる。
「!」
何とか立て直して、慎重に先程の質問の返事をする。
「マックスは大事な友だちだよ。いつも、頼りにしてる」
「なら、なんで、ずっと緊張してるのさ?」
「え?」
ティファニーが顔をあげると、マックスは険しい顔をしていた。
「手を繋いで一緒に踊ってると、相手のことがすごくよく分かる。君は、僕の手の上に手をのせてるだけ。全然信頼してない」
「信頼、してるよ?」
「してない」
マックスの言いたいことが分からない。
「そこは、マックス君の技量じゃないか?」
その声に驚いて、またティファニーはマックスの足を踏んでしまった。
「わっ。ごめんなさい!」
「ハーリィ。いつから見てた?」
「んー? 言って良いの?」
「…言うな」
いつの間にか、ハーリィが近くの校舎の窓から顔を出していた。
そんなハーリィを警戒するような表情でマックスが答えると、ハーリィは、よっと掛け声をかけながら、窓枠に足を掛けて外に出てきた。
「まぁ、そんなことはどうだっていいか。ティファニー。俺とも踊ってよ」
「えっ」
「ハーリィと踊るのは、嫌だって」
驚くティファニーが答えるよりも早く、マックスが返事を返してしまう。
「ち、違うよ! 嫌じゃない!でも、足を踏むから…」
ティファニーが慌てて答えると、ハーリィはそっと手を出した。
「いいから。こんなん、何度も繰り返せば踊れるようになるって」
「何度も…」
「そっ。小難しいことは考えないで、ただ、音に合わせて体を動かせばなんとかなる。あとは、練習あるのみ」
「うん。頑張るね!」
本番で踊ってくれるらしい、ハーリィたちの足を踏むわけにはいかない。
ティファニーが意気込んで言うと、ハーリィが笑った。そして、そっと耳元で言う。
「ここは、頑張ろうねの方が嬉しいんだけど?」
「えっ」
「俺も、練習したいし? 明日もこの場所に集合な」
「…いいの?」
「あぁ」
「ありがとう!」
このときのティファニーは、まさか、次の日にハーリィとマックス、さらにクレイグまでもが人気のない校舎裏に来てくれるとは夢にも思っていなかった。
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