56,名案
暖房器具が使えない旧校舎の中は寒かった。
この前までは、そんなに寒さを感じなかったのにな、と、上着の胸ポケットを押さえる。
あと二週間で舞踏会…。
さりげなくティファニーちゃんの様子を伺うも、やっぱりあまり踊りたいとは思ってないようだ。
どちらかというと、ドレスや着付けの心配をしている。
うーん。
このままだと、ドレスを汚されたティファニーちゃんは、あっさりと一人で寮に帰ってしまう。
そんなのは絶対に駄目だ。
舞踏会の記憶が、ただ、怖い思いをしただけなんて、悲しすぎる。
「でも、考えようによっちゃあ、ソフィアがドレスを汚さずに済むんじゃないか?」
「エリック…?」
いつの間にか、私が書き出した紙を背後から見ていたらしい。
私が贈った新しいウエストポーチを使っていてくれて嬉しかった。
「悪い。つい読んだ」
「ううん。エリックに話すつもりで、まとめてただけだから」
エリックがいつものように、手早くお茶を淹れてくれた。
「ティファニー・アンブローズが踊るつもりがないのなら、そもそも、ドレスを汚さなくても良くないか?」
「そう、かもしれないけど…」
「別に、このイベントを正確にこなさなくても、魔王復活はするんだろう?」
エリックが淹れてくれたお茶を両手で包む。冷たかった指先が少し動くようになった。
「…うん。魔王復活は不可避。このイベントが失敗でも、今までのことを考えれば、ビクター様の好感度は高いから、ちゃんと守れるとは思う」
ドレスを汚したくない。
ティファニーちゃんにこれ以上、辛い思いをさせたくない。
でも、
「でも、折角ならビクター様と踊って欲しい」
「なんで?」
「絶対、絶対、素敵な思い出になるから!」
頑張って着飾って、慣れないお化粧もして、キラキラした会場の中、好きな人と踊る。
それは、奇跡に近いこと。
「ゲームでもね、ビクター様と踊ってるティファニーちゃんはすっごい幸せそうだった!」
その顔を知ってるから、なおさら、踊って欲しいと思ってしまうのだ。
「…なるほどなぁ。舞踏会のダンスは憧れ、かぁ」
「うん。でも、どうやってティファニーちゃんがやる気を起こしてくれるかがわからないの…」
悪役令嬢に言われても、練習する気は起きないだろう。
「私がハーリィとか、リンジーちゃんに、ティファニーちゃんと練習するようにって頼むのは、不自然だよね…」
私は、頭を抱えた。
「いっそのこと、令嬢権限で授業を一日一時間、ダンスの時間にしちゃうとか?」
「それはそれで面白いけど、さすがに無理だろ」
「…だよね」
何も良い案が思い付かない。
うーん。
どうしよう…。
「…ティファニー・アンブローズは、ゲームのなかで楽しそうに踊っていたんだよな? 」
エリックが聞いた。
「うん。それは間違いないよ!」
はじめは緊張した顔だったけど、ビクター様にリードされ少しずつ緊張がほぐれたのだろう。最後は楽しそうに踊っていた。その様子を見て、ビクター様も嬉しそうに笑った。笑顔で見つめ合う二人。
幸せな光景で、何度も何度も繰り返し見た。
「じゃあ、一つだけ方法がある」
エリックが考えながら言った。
「本当!?」
「あぁ。ただ、上手くいくかどうかは、ソフィア次第かな」
「頑張る! どんな意地悪でもしてみせるよ!」
私は、意気込んだ。
「いや、それは大丈夫。ソフィアは…」




