52,ティファニーの誕生日2
◈◈◈◈◈
「アンブローズさん、今日は何か良いことがありましたか?」
生徒会の手伝いで図書室に資料を返しに行くと、司書のマナック・メーテルリンクが聞いた。
「はい! 誕生日だったんですけど、皆が祝ってくれたんです」
早朝にマックス、クレイグ、ハーリィが。そして、お昼休みにはリンジーが祝ってくれた。リンジーからは、カラフルな色の飴の瓶詰めと、可愛いペンを貰った。
お祝いを言ってくれるだけでも嬉しいのに贈り物まで貰って、今日一日ティファニーは気を抜くと鼻歌を歌ってしまいそうになった。
流石にこの学校内でそんなことは出来ないと我慢していたが、込み上げてくるうれしさは隠しきれていなかったようだ。
「それは良かったですね」
司書が眼鏡を外して言った。
「誕生日は年を取るだけだと言う人もいますが、私は、生まれて来たことに感謝する日であるとも思います」
夕日が差し込む中、司書が言った。
オレンジ色の光を反射する髪が綺麗だ。
「誕生日、おめでとうございます。あなたが生まれて来たことに感謝を。あなたに会えて、私は幸せです」
「!」
真っ直ぐに眼を見つめられて言われた言葉をティファニーは反芻する。
ゆ、夕方で良かった。
今の自分は真っ赤になっているだろう。
「…私の立場では、生徒さんに物を贈ることは出来ませんので。言葉だけで申し訳ない」
「そんな! とても嬉しいです!!」
慌ててしまったからだろうか、近くにあった本にぶつかってしまった。
「わぁっ。ごめんなさい!」
「あぁ。大丈夫ですよ」
「鏡がどうかしたのか?」
「! ビクター先輩!」
図書室から出て、どこかの貴族から寄贈されたらしい姿見を見ていると、階段上にビクターの姿があった。
「ち、違うんです」
姿見で身だしなみをチェックしていたにしては、長い時間をかけていた自覚はある。
だって、顔がまだ赤かったらちょっと恥ずかしいし…。そのために、近くの姿見を覗いたのだけど、その後は贈り物のチェーンが見えないかどうか確めようとして、結局、あえてネックレスを服から出して、にまにまと眺めていたのだ。
放課後の人気の無い場所にある姿見だから、気を抜いてしまっていた。
今日の仕事は、資料を返しておしまいだった。ほかの生徒会役員ももう帰っているはず。
…ここから上の階は生徒会室と資料室だけだから、他の生徒は来ないと思っていたけど、まさかビクター先輩が残っていたなんて!
「えっと、ちょっと身だしなみのチェックをしていただけと言うか…」
「…それは、魔法石か?」
ネックレスを出したままだった!
「あ、えっと、友だちに貰いました」
ビクターに嘘はつけない。
ティファニーは正直にこたえた。
資料室で書類を探していたのか、古そうな本を持ったビクターを手伝うため、ティファニーは階段を駆け上がった。
「今日、誕生日だったんです。それで贈り物をもらって」
数冊の茶色く変色した本が数冊。
両手が塞がっているビクターのため、先回りして生徒会の扉を開けると、ビクターは律儀に礼を言ってくれた。
「誕生日…?」
「はい。あの、アクセサリーは校則違反ですか?」
クレイグたちは服の中にしまっておけば大丈夫だと言っていたけど、万が一違反していて取り上げられてしまったら、大変だ。
「…いや、特に装飾品についての規則はない。勉学の邪魔にならなければ、問題はないだろう」
「良かった…」
何人かの生徒が、高価な装飾品を身に付けて学校に来ているのはティファニーも知っている。
公爵令嬢も、ハーリィも。
しかし、そうしたひとたちは、貴族の中でも身分が一際高いか、多額の寄付金をしているかのどちらかだ。
「それよりも、今日が祝い日ならば、生徒会の仕事などしなくても良かった」
本を机の上に置くと、ビクターが眉をひそめた。
「! いえ、皆、朝やお昼休みにお祝いしてくれたので、問題ありません!」
皆、放課後はティファニーが忙しいと知っているから、他の時間を選んでお祝いしてくれたようだ。
リンジーは夕食の後、寮の部屋でさらにお祝いをしてくれると言う。それを考えるだけで、にやけてしまう。
「しかし、」
これは、文化祭のときと同じだとティファニーは言葉を重ねた。
「それにですね、生徒会の皆さんもお祝いしてくれて、むしろ嬉しかったです!」
「生徒会役員が? …そんな予定があったのか?」
「いえ、…私が鼻歌を歌っていたみたいで…」
資料をまとめているとき、ティファニーはずっと笑顔だったらしい。
それで、何か良いことでもあった? と聞かれ、今日が誕生日だと告げたのだ。
顔に出やすい自分が少し恥ずかしいけれど、これは仕方がないと思う。
「お菓子をいただきました!」
恥ずかしさをごまかすために、ティファニーは贈り物まで貰ったことを正直に告白した。
「…」
するとビクターは、机に座ると何か作業を始めてしまった。
…さぼったように聞こえちゃったかな!?
お祝いは休憩中にしてもらって、皆さん真面目にお仕事してました! と付け加えようとすると、ビクターはティファニーに手招きをした。
「?」
言われるがままに近づくと、手のひらに一輪の薔薇が落とされた。
「…綺麗ですね」
何かの包み紙か、新聞か。文字が書かれている紙を折って作ったもののようだ。普通の紙とは違い薄い紙なので、光を通して透けて見えて綺麗だ。
ティファニーは窓辺に近づき、紙の薔薇を陽の光にかざした。
「…以前、慈善活動の一環で教会に行ったときに、子供たちが折っていたものだ。…誕生日、おめでとう」
「!」
優しく微笑まれ、ティファニーは驚いた。
「あ、ありがとうございます!」
つまり、この花は贈り物!
「…ただの作り物の花だから、そんなに喜ぶほどのものでもないだろう」
ビクターが戸惑うように言うが、しかし、ティファニーは首を振る。
「…皆、同じことを言ってくれるんです」
「?」
「私が戸惑わないように。お返しに気を遣わせないように。ちゃんと受け取ってくれるように」
高価な物だと、ティファニーは受け取ってくれないだろう?
ハーリィははっきりとティファニーに告げた。
それに、誕生日は皆にやって来る。
ティファニーが相手の誕生日を祝うとき、贈り物選びに困ってしまわないように、皆、気を遣ってくれているのが分かる。
「皆、私の性格を知ってくれていて。それで良いって、認めてくれて。それがとても嬉しかったんです」
ティファニーは貴族のように振る舞うことは出来ないし、振る舞うつもりもない。
「お花、ありがとうございます。大事にします」
「…来年は、もう少しきちんとしたものを贈るから、それは捨てるように」
「えっ! 嫌です!」
ティファニーは即答した。
すると、ビクターは驚いたように目を丸くする。
「っはは!」
突然笑い出したビクターにティファニーは驚いた。
「ビ、ビクター様?」
「こんなにはっきり嫌だと言われたのは、初めてだ」
「!」
そうだ、気安く話しているけど、この方は王子様!
ティファニーは、慌てた。
「す、すみません。でもですね、折角ビクター先輩が作ってくれたお花です。こんな綺麗なお花で、しかもビクター先輩が作ってくれた物なんです。絶対に捨てられません。家に持って帰って、家宝にします!」
力説するティファニーに、ビクターはまた笑った。
「そうか。ずっと大事にして貰えるとは、その花は幸せだな」
「はい! 幸せにします!」
◈◈◈◈◈




