51,ティファニーの誕生日
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冬になり、話題は舞踏会で持ちきりだった。
正式なものでないからパートナーは必要なく、ただ正装していれば誰でも参加は可能だ。その正装も、格安で学校が手配してくれると言う。
格安とは言えお金はかかる。ティファニーは節約のため不参加のつもりだったが、リンジーがドレスを貸してくれると言ってくれた。
「ティファニーも一緒に行こう? って言うか、お願い。一緒に出てください!」
舞踏会に出たいけど、一人では恥ずかしいと言うリンジーのため、ティファニーは舞踏会に出ることを決めた。
リンジーとその恋人であるモーリスは、この後の休暇で両家に挨拶に行くため、まだ婚約者として出るつもりはないらしい。
「…?」
机の中に一通の手紙が入っていた。
それは、上質な紙で作られた封筒で、表にはティファニーの名前が。
裏を返せば、ハーリィの名前があった。
さっきも会ったのに、なんで手紙?
首をかしげながら封を開けると、そこには日時と場所だけが書かれている。
「明日の朝。温室…?」
「おー。来た来た。良かった!」
翌日、書かれた通りに温室に向かうと、ハーリィがうれしそうに手を振って出迎えてくれた。
「おはよう。ハーリィ」
「おぅ。おはよ」
珍しく気崩していない制服姿だ。
「ちょっと、僕一人にやらせないでよ!」
「えっ、マックス。クレイグ先輩も!」
グレーのテーブルクロスをかけられたテーブルに寝ぼけ顔のクレイグと、お茶の準備をしているマックスの姿があった。
この三人が一緒にいるのは珍しい。
クレイグと知り合いだったとは、初めて知った。
「おはよう。ティファニー。誕生日おめでとう」
ニッコリと笑ってクレイグがお祝いの言葉を言った。
誕生日を知っててくれたことと、朝が苦手なクレイグが早くに起きてくれたこと。それだけで、ティファニーの胸は一杯になった。
「クレイグ先輩…。ありがとうございます」
「いや、フライング過ぎじゃないか…?」
感動しているティファニーの横で、ハーリィが困ったように頭をかく。
「俺もそれを言うために、ここの準備を頑張ったし。そもそも、この企画立てたの俺」
「ハーリィが?」
「そうだ。なかなか粋だろ?」
コホン、と咳払いをすると、ハーリィが言った。
「誕生日おめでとう。どうぞ、こちらに、お嬢様」
そう言って、テーブルの真ん中の椅子をひく。ティファニーはお礼を言って、席についた。
「はい、おめでとう。誕生日をめでたく思うのは若いときだけだって、従姉妹の姉様が言ってたから、思う存分楽しんだら」
マックスがぶっきらぼうに言いながら、お茶を入れてくれた。口調とはうらはらに、お茶を淹れる手付きは丁寧で、ティファニーは笑うのを堪えた。
「ありがとう、マックス」
淹れてもらったお茶を一口飲む。
「美味しい。最高のお誕生日になったよ。ありがとう」
こんな素敵な場所でみんなに祝ってもらえるだなんて、入学したときは思いもしなかった。大変なことや辛いこともあったけど、この学校に入って良かったと、思える。
「二人も座って、早く一緒にお茶を飲もうよ」
テーブルには、人数分のティーカップがある。それに、中央には美味しそうな大きなクッキー。
早く食べたくてうずうずしていると、ハーリィがニヤリと笑った。
「まぁ待て。そのクッキーは、人気過ぎてなかなか手に入らない、貴族御用達の店のさらには特注品だが」
「特注品!」
そんなすごいお菓子があるなんて!
ティファニーの目はクッキーに釘付けだ。
「でも、それよりもまずはこっちだ」
「?」
差し出されたのは、大きな光沢のある白いリボンで結ばれた箱だった。
「これは…」
「開けてみて」
クレイグに言われ、ティファニーはそっとリボンをほどいた。
「わっ」
包み紙を丁寧に剥がすと、中から小さな箱が出てきた。そっと開けると中には、ピンク色の石が可愛いネックレス。
「可愛い…」
可愛らしさと上品さと。
金色のチェーンが輝いていた。
「気に入ったようだな」
ほっとしたようなハーリィの言葉に我にかえった。
「えっ、これは…」
この状況からして、誕生日プレゼントだろう。でも、こんな高価な物はもらえない。
たまに、貴族っぽさが出てくるから、気を付けなければ!
特に金銭感覚はかなり違うというのは、この数ヵ月で身に染みて分かったことだ。
三人を傷つけずに断る方法を考えるティファニーに、ハーリィが言った。
「言っとくけど。中古品の安物だぞ」
「考えられる? こいつ、贈り物を値切ったんだよ」
胸を張るハーリィに、顔をしかめるマックス。
「だって、高価な物だとティファニーが受け取らないのは明白だからな。三人で割り勘して…まぁ、今までの差し入れの弁当やら菓子やらの材料費とその手間賃ぐらいだな」
「こんなに素敵なものが…、本当に?」
ハーリィが大袈裟なのではないか、そう疑うと、一人、クッキーを食べ初めていたクレイグが口を開けた。
「うん。安かった。すごく錆びてたからかな」
きれいになったでしょう?
自慢気にクレイグが言った。
「その石は魔法石だから、きっと役に立つよ」
その言葉に二人の顔つきが変わった。
「えっ、これ魔法石なの?」
「宝石じゃなくて?」
「うん。こんな色珍しいよね。でも、魔法石だよ。磨くとき、ちゃんと確かめた。だから、」
クレイグの視線の先には、ティファニー。
「ちょっと、じっとして」
「あ、はい」
贈り物、というよりは、実験の被検体な気持ちだ。クレイグがティファニーにネックレスをつけてくれた。
「うん。似合ってるよ。それに、石もさっきよりきれいでしょ。ティファニーの魔力を感知した印だよ」
「本当だ」
「嘘だろ…」
驚きを隠せない二人にティファニーは、そっと石に触れた。
「あの、魔法石って、高価な物だと聞いたんだけど…」
「そうだな」
「返す! ありがとう、一瞬だけでもうれしかったよ!」
出来れば鏡で見たかったけど、ただつけられただけだも幸せだ。
ティファニーが外そうとチェーンに手を掛けると、クレイグが止めた。
「どうして? よく似合ってるのに」
「でも、高価な品を貰うわけには…」
「買ったときは安かったよ」
「えっと…」
困ってハーリィの顔を見る。
ハーリィも頷いた。
「クレイグ先輩の言う通りだ。俺たちの買い物能力の高さを褒めてくれ。そして、クレイグ先輩。今週末は空いてますか? また、宝石探しなんてどうでしょう。先輩が探して、俺が値切る。分け前は七対三で。先輩が七割です」
真剣な顔だった。商人の目をしていた。
「嫌だよ。週末は、出掛けるんだ」
ティファニーの贈り物じゃなければ探さないよ。
そう付け加えると、再びクッキーをかじり始めた。
「まぁ、その話はまた今度でいいか。で、ティファニー、貰ってくれるな?」
「う、うん。本当に良いの?」
掘り出し物なら、やはり返した方が、まだ迷うティファニーに、ハーリィは首をふる。
「舞踏会に参加するんだろ。そのネックレスをつけたところ見せてくれれば十分だ」
「…ありがとう」
舞踏会に参加するためのドレスやアクセサリーがないことは、皆知っていることだ。
高価な物は受け取らないだろうからと、色々手間をかけて考えてくれたことが何より嬉しかった。
「普段、使う時はそのチェーンを使うといいよ。少し長いから、服の中に隠せる。舞踏会のときは、ハーリィが用意したその金色のチェーンに通してね」
箱を見ると、もう一つチェーンが入っていた。
「あ、やっぱり。そのチェーンは、クレイグ先輩が用意したやつでしたか」
「うん。魔法石はなるべく身に付けたほうが効果はあるから」
「えっ、こっちは、ハーリィが用意したやつ?」
箱に入っているもう一つのチェーンを取り出してみると、マックスが嫌そうに顔をしかめた。
「そうだけど?」
「何、それ。僕は聞いてないよ」
「別に、チェーンくらいいいだろ」
「クレイグ先輩も贈ったのに、僕だけ空気が読めなかったみたいじゃないか」
マックスは、クレイグとハーリィがそれぞれチェーンを用意していたことが気に入らないようだ。
「マックス、私は…」
宝石だけでも嬉しいし、祝ってくれたことが幸せだ、そう言おうとすると、ハーリィがマックスの肩に手を乗せた。
「抜け駆けはずるいって言いたいようだけど、なぁ、マックスくん?」
「な、なんだよ」
ふてくされながらも、何か不穏な空気を感じたのだろう。マックスは、警戒しながら聞いた。
「俺は計画と、値切りの交渉。クレイグ先輩は目利きと戦利品の手入れ。そして、君には、贈り物の包装を、と役割分担をしたな?」
「それがなんだよ」
中古品だから、包装は自分たちでしなければならなかったらしい。
ティファニーはそれを聞いて、胸が一杯になった。
「この可愛らしいリボン」
ハーリィがテーブルの上に置かれたリボンを指差した。
贈り物に結ばれていたリボンだ。
「なかなか質がいい。それこそ、舞踏会の髪飾り用にしても恥をかかないくらいのものだ」
「な、なんで…」
マックスが狼狽えるのを見て、ハーリィは笑った。
「見れば分かるよ。絹のリボンなんておしゃれじゃないか。真っ白なドレスに合わせたら、さぞ映えるだろうな」
「これだから、商人はっ」
「マックス…」
さりげなく、ティファニーの髪飾りになるものまで贈ってくれたなんて!
感激したティファニーがマックスの名前を呼ぶと、マックスは目をつり上げた。
「違うから! リボンをさがしてたら、たまたま家にあったのがそれだけだったんだ! たまたま!!」
その言葉にハーリィが頷いた。
「そうか、たまたまか。良かったな、ティファニー」
「うん。ありがとう」
「…信じてないな」
じっとりとした目で見られる。
ティファニーは綺麗なリボンを指で撫でた。
「…舞踏会、ちょっと参加するのが怖かったの。でも、勇気が出た。ありがとうございます」
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