49,未練
「マフラー、手袋…。うーん。やっぱり食べ物が無難かなぁ」
週末、公爵邸に帰った私は、部屋のなかをぐるぐる歩き回っていた。
部屋の真ん中には、届いたばかりの真っ赤なドレス。もちろん、舞踏会のためのドレスだ。
『わたくし、赤いドレスが着たいわ』
そう言っただけでドレスのデザイナーさんは、あのゲームと同じデザインのドレスを描いた。
だから、やっぱりこのまま進めば、ゲームと同じことが起こる。
魔王復活に、国外追放。
私がこの国にいられるのも、あと僅か。
そうしたら、二度とこの国には戻ってこられない。
それは覚悟の上だけど、一つだけ、未練が出来てしまった。
「…エリック」
私の話すことを真剣に聞いてくれた。
疑わないでくれた。
励ましてくれた。
エリックの前でだけ、私でいられた。
それは、この八か月間の、大きな心の支えだった。
きっとエリックがいなかったら、もっと辛くて大変だっただろう。
何も要らないと断られたけど、何かお礼をしたい。
「 国外追放された悪役令嬢」と仲良しだったと知られれば、今後のエリックの人生に悪影響を及ぼしかねないので、表だっては何も出来ない。
お兄様経由なら出来るかも知れないけど、そもそも出世とかは興味はなさそうだった。
それなら物で!
そう思ったけど、…男性に贈り物なんて、婚約者と家族以外は経験がなく、何がいいのかわからない…。
「うーん」
無欲過ぎるエリック。
さりげなく趣味を聞いても、
「掃除かな。いや、窓拭きも奥が深い…」
としか答えてくれなかった。
ならば甘いものが好きそうなのでと、新しく町に出来たお菓子屋さんの話をしてみるも、反応は薄かった。
そもそも、町に出ること自体が少ないようだ。
用務員さんの鑑!
…ゲームと同じように、ほとんどの時間を学校内で過ごしている。
「いっそのこと商品券とかがいいのかなぁ」
旧校舎のどこかに隠しておいて、私がいなくなったあとに見つかるようにしておけば、エリックは返せない。
引っ掛かってしまった髪をほどいてくれた優しい手。
私の一番の目標は、ビクター様ルートでこの一年を終えること。
でも、エリックにもちゃんとお礼がしたい。
「うーん。ん?」
そうだ!
本人に聞かなくても、私には、ゲームの知識がある!
読み込んだファンブック。
何度も繰り返して遊んだし、たまにわざと違う答えを選んだりもした。
そのときの記憶を頼りに、「みんなの用務員さん」のことを思い出せば、おのずとエリックの好みが分かるのでは?
ちょっと覗き見みたいで罪悪感はあるけど、今さらだし、ほとんどの場面が他の生徒もいるようなところでの会話だからそんなに秘密というわけではない。
私は、紙に書き出した。
「えっと、まずは出会いの場面…」
ティファニーちゃんは朝早起き。みんながいない早朝の学校内を散歩するのが日課だから、お掃除中の用務員さんとよく会う。
そして、きちんと朝の挨拶を言うとクリア。
用務員さんは、ティファニーちゃんに有力な情報を教えてくれるようになる。
とりあえず、用務員さんを見かけたら『話しかける』が鉄則。
「図書室で何か催し物があるようです」とか「庭園に行ってみては?」とか。攻略対象者がいる場所を教えてくれる。
そのうち、猫(魔王さま)と遊んでいると、声をかけてくれるようになって、ポケットから煮干しを出してくれたりもする。
「…」
エリックの膝の上でハムを食べた記憶がよみがえった。
いや、あれは夢!
エリックに聞いてはいないけど、絶対現実に起こったことじゃない!
魔法のアイテムボックスが出してくれたのは、猫になった夢を見る飴!
私は、そのときの記憶を隅っこに追いやった。
「えっと、夏休みは…」
夏休みこそ、ティファニーちゃんの自由がきくとき。なんていったって、悪役令嬢が不在。のびのびと過ごせた。
「理科部のみんなと星空観察のために、夜、許可を取って学校に残ったとき、ティファニーちゃんは迷子になって…」
みんなの居場所が分からなくて途方にくれているときも、ランタンを持った用務員さんが現れる。
◈◈◈◈◈
「夜の巡回中です。どうしましたか?」
「理科部で星空観察をする予定で、誘ってもらったんですけど、はぐれてしまって…」
「あぁ。それなら、屋上でしょう。普段は閉まっている扉なので、分かりにくい。」
「ありがとうございます!」
◈◈◈◈◈
そのあと、ワンコ先輩が探しに来てくれて、手を繋いで階段を駆け上がるのが甘酸っぱかったなぁ。
他にも生徒会室の帰り、悪役令嬢ソフィアと鉢合わせしそうになって、隠れるを選択すると、ほうきを持った用務員さんがどこからともなく現れる。
◈◈◈◈◈
「お友達とかくれんぼですか?」
「…えっと、そんな感じです」
「それなら、こちらに。用具入れで狭いですが、それでも良ければ」
「ありがとうございます!」
◈◈◈◈◈
「用務員さんは頼りになる…」
困った時に現れて、問題を解決してくれる。こうして書き出してみると、そのすごさがよく分かる。
うん。本当にかっこいい…なぁ。エリック。
用務員さんのルートは無かった。
ゲーム好きな人たちも色々探したみたいだけど、誰も見つけられなかったとあったので、そのルートは作られていなかったんだと思う。
本当にお助けキャラとしていてくれた。
…用務員さんのルートが無くて良かった。
「!」
いや、だって、ルートがあったら、私が助けて貰えなかったから!
それはすなわち国の滅亡だから!
自分に謎の釈明をしつつ、私は、紙を見た。
「…」
そこにはいかに用務員さんが素晴らしいかは書かれているけれど、彼の個人情報は全くなかった。
「お助けキャラだもんね…」
つなぎに帽子がお決まりの格好。
顔はもちろん髪の色も、名前も、この世界で初めて知った。
「何をしているのかな?」
「!?」
ぼんやりと紙を眺めていると、背後から声がした。
「お兄様!」
「ドレスが出来上がったと聞いたから見に来たよ。入っても?」
扉の近くにお兄様が立っていた。
「もちろんですわ」
私が言うと、お兄様は部屋に入ってきた。
「うん。素晴らしい出来だね。お前に良く似合うだろう」
高級素材をふんだんに使って作られた一品だ。
「えぇ。楽しみですわ」
「あれ、このドレスでいいのかい?」
「?」
意外そうなお兄様の顔。
あれ、私何か間違えただろうか。
今のソフィアっぽくなかった?
「お兄様?」
「いや、何か書き物をしていたようだったから、てっきり気に入らなくて、作り直しをさせるのかと」
「!」
いくらなんでもそんなことはしません!
いや、ソフィアだったらやりかねないかも…?
私は、首を横に振った。
「違いますわ。書いていたのは…」
机の上の紙を見る。
かなりぐちゃぐちゃなので、私しか読み取れない紙。
「…お兄様。もし、お世話になったからお礼がしたいと言われたら、何を貰ったらうれしいですか?」
お兄様は、公爵家の跡継ぎ。
地位もお金もある。
そんな人が欲しがるものは、何だろう?
それが無欲なエリックへのプレゼントのヒントに繋がらないかな、と、藁にもすがる思いで聞いてみた。
「うーん? それは、年下の女の子なのかな?」
「えぇ。そうです」
公爵家の高級な調度品を背景に腕を組むお兄様は、かなり絵になった。
「何もいらないかな」
「…」
まさかのエリックと同じ答えだった。
「困っている人を助けただけだ。その人が喜んでくれただけで、十分だよ」
百点満点の答えだった。でも!
「でも、ですね。それだと…」
言いかけて、なんとか踏みとどまった。
これは、ソフィアの言葉じゃない。
「ソフィア?」
「いえ、参考になりましたわ」
「誰かに贈り物でも、するのかい?」
「違いますわ。本の話ですの。お友達に教えて貰った本。続きはどうなるのかしらって、今日その子と話していて…」
ソフィアは本なんて読まない。
でも、それ以外に言い訳が思い付かなかった。
「そうか。ありきたりな言葉だけど、心がこもった贈り物なら、何でも嬉しいよ」
そうね。お兄様。
私もそう思う。
でもそれだと、あと半年もせずに彼の前から消える私は、すぐに忘れられてしまう。
みんなの用務員さんと、生徒の関係だから。




