48,銀色
「少し、じっとしててくれ」
「うん。お手数お掛けします…」
いつも泣いたり笑ったりと表情をくるくる変えて、よく喋っては美味しそうにお茶を飲む。
そんなソフィアが今は大人しく、借りてきた猫のようにじっと座っているのは何だか違和感があるな。
ソフィアの絡まった髪をほどきながら、エリックは思う。
…いや、それよりもさっきの方がすさまじかったか…。
彼女曰くの、「悪役令嬢ソフィア」。
ソフィアの言葉を疑ったことはない。
でも正直ソフィアが気にするほど、ティファニー・アンブローズがソフィアの嫌がらせを受けて、苦しんでいるとは思っていなかった。
田舎育ちの活発な子供ならば、口喧嘩はもちろん、取っ組み合いの喧嘩も日常茶飯事。
そんな中で育った少女なら、ソフィアの話すような嫌がらせなど、気にもとめないのではないか、と。
仔猫が小さな爪を出して威嚇するぐらいだろう。そう思っていた。
しかし。
ただの親切心でかって出た代役で思い知った。
『そのドレスお似合いね。でも、何かが足りないわ。そうだ。…これで完璧』
あの時のソフィアは美しく、思わず見惚れて動けなかった。
その後彼女が転んで、やっと我に返ったくらいだ。
あれを何度も見せられ、悪意を向けられたなら、それは恐ろしくもあるだろう。
「…髪飾りが引っ掛かってる。外すな」
「うん。お願い」
動揺を隠すために、まだ秘密にするつもりだった魔法を思わず使ってしまった。
…あれはないな。
いずれは話すつもりでいたが、今じゃない。
作業着の中にも服を着ているのだから、ただ、作業着を脱げば良かっただけだったのに、焦っていたのだろう。
「…ねぇ、エリック」
「何だ?」
「魔法使えるのって、秘密なの?」
ちょうど考えていたことを聞かれ、手が止まりそうになった。
しかし、なるべく動揺を見せないように一呼吸置いてから返事をした。
「ソフィアには、そのうち話そうかとは思ってた。その方が、イベントの手助けも出来るだろう?」
「ほかのひとは?」
さて、なんて答えようか。
髪飾りが引っ掛かっていた釘から外れた。高そうな宝石のついた髪飾りを、ソフィアに渡す。
次は、絡まった髪をほぐす。
「うーん。言わないでくれた方がありがたいかな」
「城仕えとか、研究院とかは興味ないの?」
髪飾りを渡されたソフィアは、宝石を光にかざし、傷の確認をしたようだった。
そして、何もないとわかると安心したように、ハンカチの上にのせた。
「ないな。用務員は楽しい」
やることはたくさんあるし、元気のいい生徒たちは見ていて面白い。たまに、授業を盗み聞きしたり、行事の手伝いをしたり。何年経っても飽きない。
そう答えると、ソフィアは頷いた。
「そっか。それなら良かった。…もし、ほかのことに興味が出たら、早めに言ってね。公爵令嬢の力が及ぶことなら、全力でこの権力を乱用するから!」
力強い言葉は、いつものソフィアだ。
優しくて、何事にも一生懸命な少女。
「お父様も、お兄様も、いつも味方してくれるから、大抵のお願いは通るよ!」
「…それは、それで恐ろしいな」
「あ、うん。私もちょっと恐いときはある…」
ソフィアが遠い目をした。
「でも、エリックのお陰でここまでこれたから。何か私にお礼出来ることがあったら、言ってね」
「別に。ソフィアと話すのは、楽しいからそれだけで」
「エリック、無欲…」
「うーん? それに、あれだろ。魔王を倒すのに協力するのは当たり前だろ」
「…そっか」
なぜだか、ソフィアは悲しそうな顔になった。
「後ででもいいから、何か思い付いたら言ってね」
「あぁ。そうする」
そう答えると、ソフィアは安心したように笑った。
この笑顔が一番彼女に似合う。
「よし、取れた」
「ありがとう!」
さらさらの銀色の髪はこぼれるように手から落ちて、去っていった。




