45,秋薔薇の君14 ティファニー・アンブローズ
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リンジーはもう、朝露を見つけたかな…?
薔薇の茂みから、ティファニーはそっと顔を出した。
朝露が降りる条件は、日中と夜の気温の寒暖差。
その差が大きければ大きいほど良く、特にこんな寒い朝は朝露が降りやすいと、借りた本に書かれてあった。
だから今日こそは! と、気合いを入れて来たら、まさかのリンジーの諦める宣言。
借りてきた本を持ってきて説得しようかと思ったけれど、今にも泣き出しそうな強ばった顔のリンジーを見て、それだけでは彼女の心を動かせないと思った。
それに、本当に朝露が降りているかどうかは、ティファニーも自信が無かった。これで本当に朝露を見つけられなかったら、と思うとティファニーもどうすればいいかわからない。
だから色々理由をつけて、リンジーに庭園でお茶会をしたいと言ったのだ。
そして、本が正しかったと分かった。
庭園に足を踏み入れた瞬間、ティファニーは勝利を確信した。
至るところに、薔薇の花びらがキラキラと煌めいていたのだ。
やったね!
リンジーと勝利の喜びを分かち合おうと振り返るが、朝からずっと暗い目をしていたリンジーは、どうやら気付いていないようだ。
どうしようかな…?
どうせなら、自分で気付いてほしい。
欲しいものを、自らの手で見つけて手に入れるからこその喜びがある。
ティファニーはあえてリンジーから離れて、リンジーが見つけるのを待とうと決めた。
「お友達は見つけられたようだね」
ティファニーの隣で、事情をなんとなく察してくれたらしい庭師のおじいさんが言った。
白いお髭が素敵なおじいさんは、ここ数日間庭園に通いつめたため、仲良くなった庭師さんだ。
「はい。良かったぁ」
視線の先には、いつの間にか現れたモーリスがいて、二人でお茶の準備を始めている。
…私は、もう少しここにいた方がいいかも。
「お騒がせしました。作業の邪魔をしてしまって、すみません」
「いや、なかなか今回は楽しかったよ」
おじいさんはにこやかに言った。
「数年に一度は流行るおまじないだが、こんなに寒い朝にも来たのは、僕が知る限りじゃ、君たちが初めてだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。厳しい寒さを越える思いの強さを心に持つ者だけが手に入れられる褒賞だね」
そう言うと、おじいさんは薔薇を愛おしそうに眺めた。
「それで、君はどの薔薇が良いのかな?」
「えっ?」
「一輪だけなら、好きなものを持っていってもいいよ」
この前リンジーに言ったように、おじいさんは優しくティファニーに言った。
そのときは、リンジー良かったね、としか思っていなかった。
「あ、私はおまじないはしないので…」
「おや、そうなのかい?」
「はい」
全ては、恋する友人のため。
ここで初めてティファニーは、薔薇の朝露のおまじないを自分のこととして考えてみた。
一瞬だけ、誰かの顔が浮かびかけたが、目を凝らして見る前に、その姿はかき消えた。
「まぁ、僕としては朝露よりも、薔薇の花を見てほしいところだからね。部屋にでも、飾ればいいんじゃないかな」
そう言うと、おじいさんは腰に提げていた革製の道具入れに手を入れた。
「あ、しまった。研ぎに出してたんだった」
庭師のおじいさんは、どうしたものかと辺りを見回した。
「えーと。こんなときは…」
作業小屋に取りに行きましょうか。
ティファニーがそう言おうとする前に、おじいさんはパッと笑顔になった。
「あぁ。あった、あった」
大きな手を伸ばした先は、小鳥の巣箱。
「えっ」
中の掃除が出きるようにするためか、巣穴の下には郵便受けのように小さく取っ手がついていた。
「この時期はまだ、鳥たちも使っていないからね」
見覚えのある印が浮かび上がった巣箱の取っ手を、おじいさんはためらいなく開けた。
「おぉ、君は運がいい。当たりだよ」
その中には、一本の剪定バサミが入っていた。
「あの、これって…」
いつかメーテルリンクに教えてもらった、開けてはいけない扉に良く似ている。
「うん? 便利だよねぇ。たまに、変なものが出るときもあるけど」
「だ、大丈夫なんですか?」
「まぁ、美味しそうな飴だと思ったら、すごく苦い飴だったぐらいの損害しかないから、大丈夫。今度困ったことがあったなら、君も探してみるといい」
おじいさんは剪定バサミを取り出すと、一輪の薔薇を優しく切った。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
役目を終えた剪定バサミは、白い煙に包まれるようにしてゆっくりと姿を消した。
差し出されたのは、開きかけの真っ赤な薔薇だった。ティファニーがそっと薔薇に顔を近づけその甘い香りをかぐと、さっき搔き消えたはずの誰かの顔が再び浮かび上がったような気がした。
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