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悪役令嬢ですが、シナリオを順守することに決めました  作者: 飴屋


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44,秋薔薇の君13 モーリス・コリンズ

◈◈◈◈◈


「あーぁ。もう、寒いし眠いし…」


薄暗い中モーリスは一人、腕をさすりながら歩いていた。


「コート、着てくれば良かったなぁ」


本当は、双子の兄であるマックスも来るはずだったのだ。しかし、ベッドから出てこなかった。寒すぎる、まるで寝言のように言うと、そのまま布団をかぶってしまった。


一体誰が「朝露のおまじない」なんて流行らせたのか。


そのまじないのせいで、ここ数日間マックスは落ち着かない。

どうやら、ティファニーが誰をお茶会に誘うのかが気になるらしい。


ティファニーの好きな人は誰か?


それを確認するためだけにモーリスはこの寒い中、早起きをして薄暗い道を歩きながら、庭園に向かっている。


もう太陽は昇っている時間だが、校舎の影に隠れてしまっているようで、辺りは本当に薄暗い。おまけに今朝は霧まで出てきた。時折、姿の見えない鳥がキーキー鳴くのもまた薄気味悪く、モーリスは一気に憂鬱になった。


「…」


ティファニーもリンジーも、ただ早朝の庭園で遊んでいるだけだ。

おまじないなどと言う不確かなものに頼るのは、本気ではない証拠。


だって好きな人がいるのなら、本人に言えば良いだけじゃないか、とモーリスは思う。

「聞けないから困る」とは、マックスの言葉だが、そのマックスだっておまじないには頼っていない。


だからこれは、おままごとの延長線上の女子たちのただの遊び。


「…やっぱり、帰ろ」


誰もいない薄暗い学校を歩くのが虚しくなったモーリスは、立ち止まった。

マックスには、自分で頑張ってもらおう。

来た道を戻ろうとしたとき、朝日が顔を出した。


「…!」


校舎の上に昇った朝日が、辺りを照らし出す。

霧がその光を反射して、黄金色にキラキラと輝いていた。

そして、その光の中心にその子は立っていた。


「…リンジー?」

「!」


香り高い薔薇に囲まれて立つその姿は、まるで薔薇の妖精のよう。


「どうしたの、泣いてるの!?」


リンジーのその目は赤く潤んでいた。

モーリスが駆け寄ると、リンジーは驚いたように言った。


「…モーリス、何でここに…?」

「そんなことはいいだろ。どうして泣いてるの? 誰かと喧嘩した?」


慌ててハンカチを探す。


あぁ、こんなときに限って持ってきていない!


「あの、大丈夫。泣いてないよ…」

「じゃあ、寒い?」


リンジーの声は頼りなく掠れている。

泣いていたのではなければ、体調が悪いのかもしれない。


そこでふと、リンジーは寒がりだったのを思い出した。

いつも冬は、マフラーや手袋をして完全防備だった。それなのに、何で今日はコートを持ってきていないのか。


モーリスは自分の制服の上着を脱いで、リンジーの肩にかけた。


「えっ! モーリス! 私、大丈夫だから」

「いいから」


モーリスはなんだか、罪悪感で一杯になった。


手袋をしていては、花は摘めない。

寒いのが苦手なのに、毎朝、こんなに頑張っていたなんて…。


全然、遊びじゃないじゃないか。


「リンジー…」


モーリスがリンジーに向き合ったとき、


「あっ!!」


突然、リンジーが大声をあげた。


「ど、どうしたの?」


それは、今まで聞いたリンジーの声の中で、一番大きな声だった。


しかし、リンジーはモーリスの問いかけに答えず、ふらふらとした足取りで、薔薇の植え込みに向かう。

まるで砂漠の中でオアシスを見つけた人のようだ。


そのままリンジーがそっと手を伸ばしたのは、一輪の薔薇。

触った瞬間に壊れてしまう飴細工のように、慎重にその薄紅色の薔薇に触れる。


「は、ハサミ!」

「えっ」


リンジーは、叫んだ。

それまでの少し熱に浮かされたような様子から、急に生気が戻って一生懸命にハサミを探す。


「庭師のおじさまと約束したの。一輪だったら、持っていって良いって!」


大事そうに薔薇を手に添えたまま、キョロキョロと辺りを見回す。


何がなんだかわからないながらも、モーリスはリンジーの願いを叶えてあげたくて、一緒にハサミを探した。


「えっと、庭師を探してくるよ」

「ううん。籠に…」


ティファニーが入れてくれてたの。その呟きを、モーリスは聞き逃さなかった。


「籠?」

「う、うん!」


どこかに籠があるらしい。

リンジーの視線を辿り、モーリスも懸命に探した。


「薔薇の植え込みの下に置いたんだけど…」

「わかった。薔薇の下だね」


霧が晴れてきた庭園を見回す。


「あ! これか!」


少し離れた薔薇の根本に、大きな籠を見つけた。

モーリスは大急ぎで籠に向かって行って、ハサミを取り出した。

そのとき、籠の中に入っていた茶器にぶつかり、茶器がカシャンと音をたてた。


「…」


あぁ、そうか。

丁寧に詰められた茶器を見て、モーリスは夢から覚めたような気持ちになった。


リンジーも、あのおまじないをするために、この庭園に来たのだ。


つまりは、リンジーにも好きな人がいる。


「はい、これ」

「ありがとう!」


モーリスが手渡したハサミを嬉しそうに受け取って、リンジーは薄紅色の薔薇を一輪切った。


切った薔薇を微笑んで見つめる女の子。


まるで薔薇の妖精みたいだね。


いつもなら簡単に言える言葉が、今日に限ってなぜか言えない。

それが、こんなにも辛いなんて。


「あ、あのね。モーリス」

「うん?」


この、世界で一番かわいらしい妖精はきっと、霧が全て晴れたら儚く消えてしまうのだろう。

そして昼間の太陽の下、人間の女の子に戻った彼女は、自分の知らない誰かと楽しげに紅茶を飲むのだ。


…今さら気づいても、もう遅い。


「あのね、さ、寒いでしょ。だから、もしよかったら、一緒にお茶を飲まない?」

「えっ?」

「ああああの、ティファニーと一緒にお茶会するつもりだったの! だから…モーリスも…」


この時期のお茶の誘いはどんな意味があるか、男子生徒のほとんどが知っている。


でも、ただのリンジーの優しさかも。

ハサミと上着のお礼と、寒さ対策の。


そうモーリスが自分に言い聞かせると、寒い中、リンジーは真っ赤な顔で訊いた。


「…いや?」


その手にぎゅっと握られた薔薇の花びらの朝露が、朝日を受けてきらりと輝いた。



◈◈◈◈◈



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